2つの太陽②
車がガードレールを突き破り、海へと転落してから数十秒。ブクブクと大量の空気を漏らしながら、車はどんどん海の中へと沈んでいく。
車が完全に海の中へと姿が消えたとほぼ同時、20m上から飛び込んだ京蔵は見事な入水で海へ潜ると、そのまま沈んでいく車を急いで追った。
事態を察知した海水浴場の客やライフセーバーも数名車へと向かっている様であるが、まだ数十メートルはある。誰よりも早く車の元に辿り着いた京蔵が中を確認すると、その衝撃を物語るかの様にフロントガラスは大きくひび割れ、海水と共に揺らめく血痕も見られた。運転席と助手席には2人の男が座っており動く気配がまるで無かった。見た瞬間から“思っていた”京蔵だが、一応確認尾為に男達の脈を確かめたが、やはりもう動いてはいなかった。
何とか車の扉を開け、京蔵は男達を担ぎ出しながら車を調べた。
(犯人は3人に筈だか1人足りねぇ……この2人はシートベルトをしていなかったみたいだな……それに後部座席にあるこの鞄は……やはりな。ご丁寧に値札が付いたままの時計が大量……強盗はコイツ等で間違いなさそうだ……ん?……後ろの片側だけ窓が全開……。成程……残ったもう1人は運良く助かった挙句に、ここから脱出した様だな……)
呼吸が限界に近づいてきた京蔵は最後の力を振り絞り、もう助からないであろう男2人と鞄を抱えて水面へと姿を現した。
「……ブハッー! ゲホッ……ゲホッ!」
「大丈夫ですか!」
ビーチから助けに向かっていたライフセーバーの1人が京蔵に声を掛けた。
「おお、助かったぜ兄ちゃん。悪いがコイツ等運んでくれ。もう助からねぇと思うがな」
担いでいた男達をライフセーバーに任せた京蔵は、上で心配そうに見ていた鶴田に向かって大声で叫んだ。
「坊主! 直ぐに海にいる奴ら全員を足止めしろ! 中に1人犯人が逃げ込んだかもしれねぇ! もし誰かが通報したなら真吾に取り次ぐんだ! 急げッ!!」
「分かりましたッ!」
鶴田は言われるがままに猛スピードで海水浴場に戻ると、駐車場の警備員達やライフセーバー達にお客さんを返さない様にと急いで指示を出した。
より一層慌ただし雰囲気となった海水浴場。海から戻った京蔵は直ぐにまた鶴田へと指示を出した。
「客は止めたか?」
「はい一応。警察が来るまで警備員さん達に協力してもらっています」
「流石にこれだけ人がいたら通報しちまってるか……。そこら辺で電話掛けているもんな。仕方ねぇ、取り敢えずお前は海の家行ってこい」
「え? 何でですか?」
「車が落下してから俺が浜に着くまでの10分程度、その間にそこで服とか水着買った奴がいねぇか聞いて来い。強盗を水着でやる馬鹿はいねぇ。海水浴場に紛れたならそこで何か買ってるかもしれねぇ」
「分かりました! 直ぐに聞き込み行ってきます!」
京蔵の指示に従い、鶴田は海の家に聞き込みに行った。そこへ通報を聞きつけた刑事やパトカーが次々現れ、辺りは更に騒然とし始めた。
現場に来た警官達の誘導で一時的に海水浴場への出入りが禁止され、車の落下や中に乗っていた男達の身元や死因等、警察の捜査が始まった。周辺にいた海水浴客数名は勿論、ライフセーバーや京蔵も警察から事情聴取を受けた。
「――つまり、上の通りから車が落下し、乗っていた彼等を助けたと」
「はい、そうです。助けたと言っても、沈んでいく車から救出したのはあの方ですけど……」
聴取を受けていたライフセーバーは京蔵の方を見ながら言った。その本人はまた別の刑事から色々と話を聞かれている様子。
「――じゃあアナタが車から救い出した時にはもう既に亡くなっていたと?」
「ああ。フロントガラスはひび割れ、そこに血痕も残っていた。それに2人共頭から出血していたし、1人は明らかに首の骨が折れてる。シートベルトを装着していなかったから、ぶつかった衝撃でそのままフロントガラスに強打して死んだんだろう」
「成程ね……被害者を助け出してくれたことは感謝しますが、あの高さから飛び込んだり、水中とはいえ成人男性2人を担ぎ出したり……アナタ何者ですか……?」
「そんな事はどうでもいい。それよりもアンタらん所の象橋に連絡しろ。亀山からって言えば分かるからよ」
「象橋って……。え⁉ まさか象橋警視長の事ですか……⁉」
「そうだよ早くしろ。グダグダしてるともう1人に逃げられるぞ」
聴取をしていた刑事は色々と驚いてる。インパクトあるスキンヘッドの風貌にも、人間離れした行動にも、見た目に反して観察力や分析力がある事にも、そしてそんな謎の男が警視長を知っていると言う事にも。情報量が多すぎて明らかに困惑していた刑事だが、それよりも気になったのは最後の言葉だった。
「逃げられるって……誰にですか?」
「強盗犯だよ。さっき2ブロック先の時計店で強盗があったろ」
それを聞いた刑事は目を見開かせて驚いた。それもその筈。通報を受けた警察が今まさに携わっている事件だからだ。しかもまだ公に発表されていない、一般人が知る由もない情報。なのにも関わらず、何故自分の目の前にいるこのスキンヘッドの男は知っているんだと。
「何でその事を……? まだ一般には公表されていない事なのに。本当に何者ですか……?」
「車の後ろにあった鞄に時計が大量に入っている。値札付きでな。しかも沈んだ車の中には顔隠すマスクもあったし、急いで逃げていたと考えりゃシートベルトしていなかった事も頷ける。極めつけはもう1人の逃走。後ろの片側だけ窓が全開になっていやがった。水に落ちると水圧でドアが滅茶苦茶重くなるからな。窓から脱出したんだろうが、逆にそれが3人組の強盗犯だって証拠にもなる。未だに見つかってねぇって事は紛れてんのさ……大勢が賑わうこの海水浴客の中にな」
「もしかして探偵とかです?」
「違ぇよ」
「そもそも何で強盗の事や犯人が3人組だって知っているんです?」
何処か怪し気に聞いてくる刑事。勿論、正直に依頼の事を話す訳もない京蔵は上手く刑事を納得させた。
「今は何でもネットに載るのが早ぇ。“ここ”にしっかり映ってるだろ?」
京蔵はそう言って携帯の画面を刑事に見せる。そこには強盗があった時計店の近くにいた者が撮影したであろう動画がアップされていた。そこに写る一部始終。時計店から走って出て来た3人組が黒い車に乗り込む所。その内の1人は京蔵が見つけた鞄と非常に似た物を持っていた。
「本当だ……」
「ただの事故なら逃げる必要はねぇ。あんな状況でそれを選ぶなんて余程の理由があるとしか思えねぇだろ。強盗とかな」
聞いていた刑事はただただ驚く事しか出来なかった。
「凄い推理力……やっぱり探偵さんなんですね」
「だから違ぇって言ってんだろ。そんな事より、犯人達の情報は何かねぇのか」
「それはまだ入ってないですね。正直、死体を確認するまで性別も分かっていませんでしたから」
「京蔵さーん!」
京蔵達が色々話をしていると、遠くから鶴田の呼ぶ声がした。
「京蔵さん、大丈夫ですか?」
「お前の心配には及ばん。それより……」
「あ、はい。京蔵さんに言われた通り探し出してきましたよ」
軽く息を切らしながら向かって来た鶴田と警官達。そしてその後ろを続く様に、4人の男女が姿を現した。
「何の騒ぎですか一体」
「私これからまだ予定があるんですけど……」
連れてこられた4人はいまいち状況が理解出来ていない様子。京蔵と話していた刑事も同様だ。多くの人が疑問を抱いている中、突如刑事の携帯が鳴った。電話に出たその刑事は急に驚いた様な声を上げると、緊張した面持ちで携帯を京蔵に渡した。
「あの~、象橋警視長がアナタに代わってくれと……」
「やっとか」
渡された携帯を手に取る京蔵。電話の相手は象橋真吾である。
<――面倒な事に巻き込まれたみたいだな>
「全くだ。実は依頼でこの強盗犯を追っててな……」
<そんな事だろうと思ったよ。状況は?>
「まず強盗の入った店の持ち主が依頼人だ。名義は違うがな。時計の中にブツを隠していたもんだから強盗が入るや否や、なりふり構わず俺のとこに緊急依頼が入った。かなりの額でな」
<成程。で、そのブツは?>
「俺のポケットの中」
<やる事が早いな相変わらず……。分かった。警察としては犯人と盗まれた物さえ戻れば話は付く。一応被害者である店の責任者がお前の依頼人ならそこで話は終わりだな。その依頼人も事をデカくしたくないだろ?>
「ああ。取り敢えず目的の物もあるからな。後は残った強盗犯見つけるだけだ」
<手掛かりは?>
「無い。これから炙り出す所だ。まぁ状況から考えて十中八九、海水浴客の中に逃げ込んだな。それにもう4人に絞ってるから直ぐに終わるさ」
<それなら大丈夫そうだな。鶴田君は元気にやってるか?>
「気になるなら自分で確かめに来い。なぁに、死んではねぇさ。運が良くか悪くか生き延びてる」
<ハハハ。次会うのが楽しみだ>
「それよりも如何せん場所が悪い。便利なネット時代だがそれも厄介なもんだ。あちこちで携帯使ってる奴らがいるから早く止めるに越したことはねぇぞ」
<間違いないな。出来る限り早急に対応するよ。後は頼んだぞ京蔵。着る前にさっきの刑事に代わってくれ>
京蔵は手にしていた携帯を刑事に返す。そして強盗犯最後の1人を炙り出す為動くのであった。
「――関係ない者達は先に詫びを入れておく。すまねぇ。今しがたこの海水浴場に強盗犯が逃げ込んだ為、犯人逮捕に協力してほしい」
真夏の日差しが照り付ける中、何よりも暑苦しい強面なスキンヘッド男の願い出により、4人は自然と頷いていた。
「よし。暑いし面倒な事はさっさと済ませようか。アンタから順に、この海で何をして何を買ったのか教えてくれ」
言われるがまま、少し戸惑いながらも4人の容疑者の1人が話し始めた。
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