2つの太陽①
雲一つない晴天。この日の最高気温は35度にまで上った。ただ立っているだけでも焼ける様な日差しが降り注ぎ、流れる汗が止まらない。
「――京蔵さん。今日は一体何をしに……?」
「あぁ? 何か言ったか?」
――ブォォォンッ!
鶴田の声は、乗っていたハーレーダビッドソンの豪快なエンジン音によって遮られた。
運転している京蔵は何やら急いでいる様子。赤信号で止まったのを見計らい、後ろに載っていた鶴田が先程よりも大きな声で京蔵に聞いた。
「何か緊急ですか!」
「まぁな。ちょっと面倒くせぇ事が起こったらしい」
「え? ひょっとして、“遂に”象橋警視長から連絡が?」
「いつもの如く別件だ」
「何だ……そうですか」
晴れて象橋から極秘捜査官と任命されてから早3ヶ月が経っていた。
新興創会の動きが分かり次第連絡をすると言っていたが、あれからまるで音沙汰無し。特別任務を任された鶴田は特別気合いが入っていたが、そんなモチベーションも徐々に薄れ始めている。
一方、亀山京蔵はなんのその。まるで新興創会の件が無かったかの様に、今までと何ら変わらない日々を送っている。強いて変化があったとすれば、この3ヶ月間鶴田金一という青年と行動を共にしている事ぐらいだ。
象橋からの連絡が全く無いまま、気が付けば鶴田は立派な京蔵の補佐に成長していた。そしてそんな2人は今日もまた、突如京蔵の元へと届いた以来の為、何やら急いだ様子でハーレーダビッドソンを走らせているのだった――。
♢♦♢
~とある海水浴場~
「――ここだな」
京蔵はそう言ってハーレーダビッドソンを止めた。
「ここって……海ですよね? 泳ぎに来たんですか?」
目の前に広がる青い海とそこに訪れている多くの人々。海に入ったりビーチで日焼けしたり海の家でご飯を食べたり……。鶴田の目にはまさに夏と言った光景が映っていた。
「“そろそろ”だな」
徐に呟いた京蔵はバイクのエンジンは付けたままに、後方のタイヤ横に提げていたバッグから突如ライフルを取り出し、慣れた手つきで素早く組み立てた。
「ちょッ……⁉ またいきなり何しようとしてるんですか京蔵さん⁉」
「エンジン付けておいた方が銃声が目立たねぇだろ」
「いやそんな事聞いてるんじゃないですよ!」
鶴田の言う事はごもっともである。突如バイクを止めたかと思いきや、白昼堂々と、しかも海水浴客で賑わっているこんな場所で何故この男はライフルを取り出しているのだろうか。しかも鶴田が驚いているのを他所に、京蔵はライフル上部のスコープを除きながら早くも撃つ体勢に入っていた。
「いやいや何狙ってるんですか⁉ っていうか今何が起きてるんです⁉」
慌てふためく鶴田を無視し、ライフルを構えていた京蔵は軽く頷くと、何やら納得した表情でライフルを下ろした。そしてその手にしていたライフルを鶴田に渡す。
「やれ」
「……はい??」
親指を立てクイクイっと手の動きで促す京蔵。その視線と雰囲気で鶴田は察知した。“後はお前がやれ”という京蔵からのメッセージだと。
「僕に何をさせようと?」
「ライフルなんて撃つ意外に選択肢ねぇだろ。それ浮き輪代わりに泳げるとでも思ってんのか?」
「だからそんな事聞いてるんじゃないですよさっきから! いきなり連れ出されてライフル撃てなんて意味分かんないでしょッ!」
「ブツブツと面倒くせぇな。これは緊急で入った依頼だ。今さっき、とある時計店に強盗が入ったらしい」
「時計店?」
「ああ。そこは依頼人が裏で違法取引している店でな、普通の店に見せかける為商品に紛れて“ブツ”を隠していたらしい」
「ブツって……?」
「この仕事に深入りは禁物だ。面倒くせぇことになるからな。それに依頼人が頼んできたのはその強盗犯を捕まえる事。それ以外の事情は俺に関係ねぇ」
「また何とも物騒な依頼だな……」
「逃げた強盗犯のルートから推測すりゃ、恐らく“あそこ”を通る筈だ」
「あそこって?」
鶴田はそう呟きながら、京蔵が指差す方向を確認した。
すると、多くの人で賑わう海水浴場のビーチのもっと奥。距離にしてやく500m程だろうか。高さ20m弱の崖の上は道路になっており、そこを数台の車が走っていた。
京蔵が指差す方向と今の発言から察するに、時計店を襲った強盗犯と言うのが500m離れたあの道を通るからそれを狙撃しろという事だろう。
鶴田は妙に冷静に判断することが出来た。それはこの3ヶ月に起こったささやかな変化なのだろうか。だが幾ら察したとしても、リアルタイムで起こっている現状に困惑を隠せない
「強盗犯は3人。全員マスクで顔を覆っていた為性別不明。入った情報によると奴らは黒のセダンに乗って逃走したらしい」
「黒のセダンって情報だけでは特定出来ませんよ。同様の車が通ったらどうするんですか」
「いいから早く構えろ! そろそろ通る頃だ」
京蔵はバッグから取り出した双眼鏡で通りを確認しながら鶴田を煽った。困惑しながらも、鶴田は渋々ライフル構えスコープを除き狙いを定めるのだった。
「殺すなよ。車を止めて確保するのが今回の目的だからな」
「殺す訳ないでしょうがッ! 何考えてるんですか⁉」
「おい、来たぞ!」
双眼鏡を覗きながら突如京蔵が声を張った。推測通り、強盗犯が乗っている黒のセダンが1台……2……3……。
「え、え? どれですか⁉」
「チッ、よりによってこんな時に」
鶴田がテンパるのも無理はない。1台だと思っていた黒のセダンがなんと、偶然にも似た車が3台連続で続いていたのだ。
「そもそもあの3台の中に強盗犯がいるんですよね⁉」
そう。これはあくまで京蔵の推測。これが逃走中の犯人の車だと言い切れる証拠は無い。しかし次の瞬間、双眼鏡で3台の車を確認した京蔵が再び声を大にして言った。
「坊主! 1番後ろ走ってる3台目の車が強盗犯だ! 狙え!」
「え……⁉ どうしてそんな事分かるんですか⁉ って、しかもこれ本当に撃つの⁉ 僕が⁉」
「そうだよ早くしろ。タイヤ撃って動きを止めるんだ。俺が合図したら撃て」
「そんな無茶苦茶な……!」
本当に撃たなければいけないのかと迷いつつ、一刻を争うこの状況に、鶴田は半ば投げやり気味にスコープで車を捉えた。周囲が夏の賑わいを見せている中、京蔵と鶴田だけに一瞬の静寂が訪れていた。トリガーに人差し指を掛けた鶴田は何時でも狙撃が出来る状態。タイミングを見計らい、京蔵が鶴田に指示を出した。
「次のカーブで撃て。曲がりが急だから絶対にスピードが落ちる。入り口じゃなくカーブの出口でな」
「ふぅ……分かりました。もうどうなっても知りませんからね」
黒いセダンが3台続く。1台、2台、スピードを落としながら急カーブ抜けていった。奥からずっと続いていた道。1番奥こそ500m程離れた距離であったが、京蔵と鶴田が狙った最後のカーブに差し掛かる場所は約200m程まで縮まっていた。
そして、鶴田が捉えた強盗犯が乗っているであろう3台目。その車が急カーブに備え徐々にスピードを落として……いく筈が、何故が余りスピードを落とす様子が見られない。
「おいおい、あのスピードのまま曲がり切れるッ……『――キキッー……ガンッ……!』
「あッ……⁉」
京蔵が心配したのも束の間。直後、強盗犯が乗っていたと思われる車がカーブを曲がり切れずガードレールに激しく衝突。それと同時にそのガードレールをも突き破り、20m以上下にある海へと転落してしまった。
――バシャァァンッ……!!
「マズい、早く乗れ坊主!」
「は、はい!」
予想外の出来事。
京蔵と鶴田の場所からは約200m程であったが、海水浴場やビーチからはもっと距離が近い。響き渡る様な衝突音により、ビーチにいた大勢の海水浴客達もそれに気付いた。
「なんだ……⁉」
「車が落ちたわよ!」
「何だよ今の音?」
「事故だッ! 誰か救急車を呼んでくれ!」
娯楽で賑わっていた海水浴場は一転、慌ただしい事態となった。
勢いよくハーレーダビッドソンを走らせた京蔵と鶴田はほんの数秒で車が落ちた急カーブまで辿り着いた。そして何の躊躇もなく、京蔵は20m下の海へと飛び込むのであった。
「えぇぇぇ⁉ 京蔵さーーんッ!!」
――ドボォンッ……!
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