イリーガル探偵事務所③
「もう17年も経った。甚平の事件……やはり奴ら新興創会が関わっていたよ」
「成程。お前の真の目的はそっちか」
「私情を挟んでいるのは自分でも分かっている。だが、俺はやはり甚平の殺した奴をこの手で捕まえたい……。それが唯一俺達に出来る事だろ京蔵。でもだからと言って、今回の件は当然俺の私情だけで決まった訳じゃない。元から警察はいつか新興創会を捕まえようと水面下で捜査はしていたんだ。そして本格的に動く時が来た」
「アイツを殺ったのが誰かって事まで特定してるんだろうな?」
「当たり前だ。当時起こった刑事殺害事件、あれは警察内部と新興創会の奴が裏で繋がっていた。表向きはただの殺人事件として取り上げられたが、あの事件は不自然な点が幾つもあったのにも関わらず捜査は打ち切られ、マスコミや報道にも突然規制が掛けられた。“あの時”に感じた違和感はお前も覚えているだろ?」
「ああ。忘れる訳ねぇ。根深い闇も甚平の事もな。俺が“FBI”になったのもそんな日本の警察に関わりたくなかった事がきっかけであるし、駆け出しだった自分の不甲斐なさに鞭打つ為だった」
深く深呼吸した象橋は、今一度真剣な眼差しで京蔵に言った。
「手貸してくれるだろ京蔵」
聞かれた京蔵は吸い終えた煙草を灰皿で潰しながら答えた。
「仕方ねぇ。この上なく面倒だが、人生終わらす前に全て綺麗に清算するのも悪くねぇ」
「決まりだな」
「やるからには命懸けだ。後はこの坊主が何処まで着いてこられるかだ。最後にもう1度確認しておくが、本当にコイツでいいのか? 選んだ理由が拳銃の腕前だけってマジで正気とは思えないぞ」
「鶴田君ならやり切ってくれるよ。誰よりも真面目で正義感が強いからね。1番意外性があるだろ? それに彼を選んだ決定的な実績は他にもある」
「……?」
「警察学校から晴れて警官となる子達の中で、何故か彼は“存在感が圧倒的に薄かった”」
「は?」
「身体能力や頭脳もまさに平均点ど真ん中。悪くなければ決して良くもない。その証拠に、彼と同じ歳に警察学校に通っていた同期にアンケートを取った所、彼が1番印象に残っていないと言う結果が出たんだ! それも圧倒的に!
つまり何が言いたいのかと言うと、鶴田君の存在感がそれだけ薄かったお陰で、今回の超トップシークレット任務を誰よりも軽やかにスタート出来るのさ! 印象に残りやすい子や存在感のある子が急に異動で消えたりしたら、不思議に思う者が現れる可能性が十分ある。だがその点、鶴田君には全くその心配がない。明日直ぐに消えたとしても誰も気にならないんだ。
唯一、彼と同期で仲の良い子が捜査一課に配属されているんだが、彼の母親は病気でね……ずっと入退院を繰り返していると聞いたから、彼に今回の鶴田君の件は絶対に口外しない事と、母親に掛かる医療費は全額警察がサポートして且つ、今よりも医療施設が整った病院を手配するよと言ったら一切の迷いなく二つ返事で快諾してくれたんだ。彼も良い子だったね。将来が楽しみな人材の1人だよ」
悪気はない。
京蔵が真っ先に思ったのはそれだった。
ただ少しだけ、象橋真吾という男はストレート過ぎてしまうだけだと。古くからの付き合いである京蔵はよく分かっていた。
「真吾……もう十分理由は分かったからよ、本当に坊主の事を思う上司なら、今のだけは絶対に本人に言うんじゃねぇぞ」
「ん? 何かマズかったか?」
1番マズいのはお前だよ、と心の中で静かにツッコむ京蔵であった。
「坊主はまだ刑事成り立てだろ。期待すればするほどそれがプレッシャーにもなる。これ以上余計な事は教えず、まずは目の前の事に集中させてやれ」
「そう言う事か。確かにお前の言う通りだ。若手は勢いあるからつい応援したくなっちゃうんだよな。歳を取ったよ俺も」
「まさに年寄り発言だ。兎も角、そろそろ坊主を正常に戻すか。今後について話さねぇと」
そう言って京蔵は、完全にフリーズしていた鶴田の背中をドンッと勢いよく叩いた。
「はっ……⁉」
「戻ったか? 意識飛んでたぞ」
「あ、はい、大丈夫です! え~と……何の話でしたっけ……?」
「よし。今後について詳しく説明するよ2人共」
象橋は仕切り直す様に京蔵と鶴田に言った。
「いいかい2人共。これから、新興創会が関わっていそうな事件等が起こったら直ぐにこちらから連絡する。それ以外は……まぁ普段と同じ様に過ごしてくれ。ああ京蔵、明日からはこの件以外の仕事をする時は必ず鶴田君も連れていってくれよ」
「あぁ? 何でだよ。こんなのがいたんじゃ足手まといだろ」
「最初はそうかもしれないが、信頼出来るパートナーに変える為の訓練さ」
「なんだそれ」
「象橋警視長ッ! 本当に僕がやるんですか⁉」
「ああ。君にしか頼めないんだ鶴田君。警察と新興創会の繋がりは、俺達が思っている以上に厄介だ。信頼出来る、正義感の強い君だからこそ今回の件を託した。急で驚く事も多いだろうが、どうか全国の市民やそれ以上の人達を守る為、私に力を貸してくれないだろうか……鶴田金一“極秘”捜査官」
象橋は真剣な面持ちで鶴田に敬礼をした。
それを見た鶴田も自ずと体が反応し、気が付けば自分も敬礼を返していた。
この瞬間、深く真っ暗な闇を相手に、誰にも気づかれない程小さく弱いものであったが、確かに一筋の光が新たに生まれたのであった。
そしてこの瞬間、真吾に上手く乗せられたなぁ~と不憫そうな目で、京蔵は鶴田を見ながらささやかに拝んでいるのであった――。
「じゃあ後は頼む! 私は別件で急いで警視庁に戻らなければならない」
象橋はそう言って速やかにビルを後にした。
「「……」」
流れる微妙な空気。
京蔵なりの気遣いだろうか、彼は徐に動き出だしながら口を開いた。
「大分面倒くせぇ事になったが、やるからには真剣にやらないと命が幾つあっても足りねぇ。もう分かってると思うが、俺の名前は亀山京蔵。精々足手まといにならねぇ様やる事だな」
「何とも恐ろしいですが……象橋警視長から直々に指名されたとなれば、こんな光栄なことはありません。職務を全うするのみです! あ、紹介が遅れましたが、僕の前は鶴田
鶴田は再び敬礼しながら堂々と言った。色々とツッコみたい京蔵であったが、どっと疲れが押し寄せた為そのままスルー。途中で食べるのを忘れたカップラーメンを名残惜しくも捨てさり、棚から新たなカップラーメンを出した。
「坊主、お前も食うか?」
「あ、では……お言葉に甘えて……」
京蔵は2人分のカップラーメンにお湯を注ぎテーブルに置いた。そしてグラスをもう1つ取り出しウイスキーを入れ鶴田に渡す。
「昼間からお酒飲むんですか……? あの~お仕事は……」
「これも仕事の内だ。暇な時は飲む。いいか、お前はもう警官じゃねぇ。言われた通りじゃなく自分で動け」
「急にそんな事言われましても、僕お酒飲めないですし」
「何だよ飲めねぇのか。だったら食うだけにしろ。水ならそこに入ってるから好きに飲め」
「あ、ありがとうございます。(怖いけど案外優しい所もあるんだな……)」
「それにしても、名前が鶴田金一とは……お前のその感じじゃ学生時代はパシリとかにされてたんじゃねぇか? “
この時京蔵は勿論冗談で言った。
冗談で言ったつもりだが、まさかそれが本当に当たっていたなんて事は、少なからず誰しもに経験があるのではないだろうか。
「……」
「ん? どうした?」
「……」
「え、まさか本当にそうだったとか言うんじゃねぇよな?」
「……」
「おいおい、冗談だろうがよ。何で俺を軽蔑した目で見てやがる」
「……」
「言っとくが、俺はイジメみたいなダサい事はしてねぇからな」
「……僕をパシリに使ってたイジメっ子たちと“同じ発想”ですけどね」
「なッ……!」
サラッと毒を吐かれた京蔵は度肝を抜かれた。
「いただきます」
その後、鶴田は何事もなかったかの様にカップラーメンを食べ、飲めないお酒をグイっと飲み干したと言う。
(コイツが1番面倒くせぇ~……)
今日の京蔵の感想はこれに尽きた――。
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