探偵事件と言えば館でしょ⑧

 須藤明里本人からの言葉と永二の手紙によって、隠された十五年前の真実が時を経て明かされた──。


 突如明かされたこの現実を、すんなり受け入れ理解する事は、誰にでも難しいものである。


「まさか……そんな事が……」

「じゃあ何……? あなたの家を火事にしたのは康太だったって事……?」

「永二が残していたあの遺書はこの事だったのか……」


 困惑しながらも、銭形永吉、永一郎、永子は何とか目の前の現実を少しづつ理解していった。

 そして、須藤明里がまた話を始める。


「私は……永二さんと付き合い始めた頃に、彼から直接この話を聞かされたんです……。勿論、初めてそれを聞いた時はとてもショックで失望もしました。普通だったら自分の親を殺した人なんて最も憎い存在の筈なのに……なのにそれでも私は、あの火事の中助けてくれた彼を、優しくいつも私を見守ってくれる彼を心の底から好きになってしまいました。

確かに彼のした事は取り返しがつきません。でも……正直に話して誠意を示してくれている彼を私は許していました。その事もしっかり彼に伝えた筈なのに……何で……何で永二さんがッ……」


 話し終える頃には大粒の涙を流していた。座り込みながら嗚咽が止まらない彼女に問いかける様に、象橋が静かに口を開いた。


「つまり……彼が罪の意識で自ら命を絶った事が理由で銭形康太を?」

「……ええ……当然でしょ。勿論、初めは殺すつもり何てなかった……。永二さんが話してくれた事で、私の中ではそれで十分だった。

でも、永二さんの自殺をたまたま見つけてしまった私と銭形康太は、永二さんが書いたこの遺書を見て私に謝るどころか、あれは運の悪い事故だったと言い訳をする挙句、死んだ永二さんの直ぐ側で自分の身の心配をしていたんです……!

そんなあの人を見た瞬間、私の中で何かが音を出して崩れました。


その場であの人を殺してしまおうという衝動に駆られましたが、人ってあんな状況でも意外と冷静になれるものなんですね……。

私は、それでは死んでしまった永二さんが報われないと、ふと今回の事を思い付いたのです。あの時煙草を捨てたのはこの人なのに、何故私の大切な永二さんが死ななければならないんだと……。思い付きにも関わらず、あの人は簡単に私の提案に乗ってきました。


銭形康太が会長の座に就きたいと言っていたのは前々から知っていましたし、ここ数日の会長への脅迫文や脅しを行っていた事も、永二さんの死に余程困惑したのか、自ら私に自白していました。

だから私はあの人に言ったんです。ならばいっその事、会長を殺害でもしたらどうかと……そしてその罪を永二さんに擦り付ければいいんじゃないかとあの人に言いました。


勿論それは冗談ですよ。そんなことしても直ぐにバレますし、お世話になっている会長を危険な目に遭わせたくありませんから……。けれど、さっきも言った様に、あの人は私のそんな案に乗ってきたんです。そして本当にそれを実行した……人として有り得ない最低な人間です……」


 そう話す彼女の顔は、先程までの悲しみを浮かべた表情から、何時しか憎しみが籠っている様にも伺えた。彼女が話しを終えるとほぼ同時、今度は一千万が話し出した。


「あの時、銭形永二に変装した銭形康太を見た俺達は、直ぐに下の階に向かった。そして使用人が、部屋の鍵を持って来て開けるまでの僅か一分程。

その間に、奴はベランダから俺達がいた上の階に登って来ていたんだろう? アンタの提案に乗っかり銭形永吉を殺すつもりでな」

「「――!?」」

「アンタと奴が手を組んだと考えりゃ辻褄が合う。恐らくアンタらはあの時、部屋に残すのは銭形永吉だけにしよう、とでも計画していたんだろう?

案の定、奴の猿芝居に引っ掛かった俺達は皆部屋を出て下に向かったが、足の悪い銭形永吉とアンタだけが上に残った。ごく自然な流れでな。ここまでは上等だった。


だが、肝心の銭形永吉が一人だと思っていた銭形康太は驚いただろう。部屋にいる筈の銭形永吉の姿が無い上に、まさか共犯のアンタに裏切られるとは思ってもいなかった。

そしてアンタは、上に登ってきた銭形康太をそのまま突き落とし殺害。犯行の動機は勿論十五年前の火事と銭形永二の死――」


 一千万がそう言い終えると、場に一瞬の沈黙が流れた。

 そして、須藤明里は付き物が落ちたかの如く、最後にフッと笑みを浮かべると、言い訳する事もなく、全ての事実を認めるのであった。


「そうよ……。あなたの言う通り。永二さんが死んで直ぐに、私はあの人とこの計画を練った。初めからあの人を裏切るつもりでね……。

突き落そうとした時、彼は最後にこう言ったわ……“早まるな、金ならちゃんとお前にもやる”と……。その後の事はぼんやりとしている……気が付くと、彼はもう落ちていたから」


 話し終えた瞬間、突如須藤明里は部屋の奥の方へと走って行った。

 一千万と象橋は彼女が逃亡したかと直ぐに追おうとしたが、予想外な事に、彼女は再び戻ってきた。走り去った時と同様、勢いよく戻ってきた彼女の手には灯油タンクとライターが握られていた。


「須藤さんッ……!」

「来ないでッ!」


 近づこうとした象橋へライターを向け、それ以上近づくなと言わんばかりに彼女は目で訴え掛けていた。


 自分と一千万を区切る様に、彼女は乱暴にタンクに入っていた灯油を床一面にばら撒く。部屋は一気に灯油の臭いが充満し、須藤明里は空になったタンクを放り投げると同時、手にしていたライターの火を付けた。


「ま、待つんじゃ須藤君!」

「早まらないで下さい須藤さん!」


 その場にいた者達が何とか彼女を止めようとするが、きっと初めからこうしようと考えていた須藤明里の方が、主導権を握っていた。

 灯油まみれの床と手にはライター。彼女が手を離せば、辺りは一瞬にして火の海となってしまうだろう。


「皆さんを巻き込みたくありません! 早く離れて下さい! 私は永二さんの元へ行きます!」

「馬鹿な真似は止めるんじゃ! 永二達の事で君まで死ぬ必要はない!」


 彼女は今にも手からライターを話しそうな雰囲気であった。そんな彼女を助けようと必死に引き留める銭形永吉。


「永二さんがいなければ生きる意味なんてないッ! 放っておいて下さい。どうせ私もあの時、一度は死ぬ運命だったんだからッ!」


 銭形永吉の思いとは裏腹に、もう誰の言葉にも耳を傾けない彼女は遂に持っていたライターを手放した――。


 無情にも、火を纏ったライターが灯油まみれの床へ落下すると、その場にいた者全員の視界は一瞬で火の海に包まれる。

 それとほぼ同時、壁や天井など辺りへ一斉に燃え広がる中、その豪炎が捉えたのは須藤明里。火だるまとなって燃える彼女は、とても苦しそうに藻掻き絶命した──。




 ……と、彼女がライターを手から離した瞬間に、誰もがそんな最悪の光景が脳裏を駆け巡ったが、現実はそれとは全く異なった。


 ――バンッ!……カァンッ!

「「ッ!?」」


 刹那、落下していったライターが突如、“何か”によって瞬く間に弾き飛んだ。

 館中に響いたのは銃声。反射的にそれが銃声だと分かったのは、一千万と象橋であった。

 その場にいた者達は全員、須藤明里から突如響いたその音の方へと振り向いた。するとそこには、発砲したであろう人物──白石が須藤明里の方へ銃口を向け構えている所だった。


 弾き飛んだライターは、火が消え遠くの床に転がる。それに反応した一千万と象橋が次の瞬間、ほぼ同時に動き出し、須藤明里を取り押さえた。


「ハァ……ハァ……」

「離してッ……! 私も永二さんの所に行くんだからッ!」

「観念しなさい。須藤明里、君を銭形康太殺害の容疑で逮捕する」


 泣き暴れる彼女を象橋は手錠で拘束し、直ぐに他の捜査員達を呼びよせ、彼女を連行させるのであった。


 一瞬の幕切れ。余りに唐突なその事件の終わりに、銭形永吉、永一郎、永子もただただ戸惑っている様子である。

 銃を撃った白石も緊張の糸が切れたのか、深く息を吐きながら項垂れる様にその場へ座り込んだ。


「危なかったぁ……」


 そんな白石の少し離れた所で、一千万と象橋はこんな会話をしていた。


「何とか面倒くせぇ事態は免れたな」

「ああ。流石に彼女がライターを離した時は終わりだと思ったけどね」

「それより、偶然か? あのお嬢ちゃん……」


 一千万は訝しい表情で白石を見ながら、象橋に尋ねた。

 その質問に、象橋はどこか嬉しそうに、自信ありげにこう返した。


「ハハハ。少しは彼女に興味を持ってくれたか?

白石君の射撃の腕は“警視庁でもNo.1”の腕前でね。今のは流石に私も驚いたが、あれが彼女の真骨頂さ。それに、実力はまだあの程度じゃないよ」

「ふん、どうだかな。確かに今のを狙ったのなら非凡ではあるが、ちょっと銃が使えるからって買い被り過ぎだろ。年取ったなお前」

「その言葉そっくり返すよ。白石君が本当に使えるか使えないかは“これから”お前が判断してくれ」


 象橋の言葉に、白石はフリーズした。聞き間違いでなければ、確かに今“これから”というワードを耳で受け止めた一千万。

 だが受け止めたはいいものの、その言葉の真意が全く理解出来ていない。


「そうか、悪い悪い。肝心な話がまだだったなよな。実はな……」


 この時の事を、後に金無一千万という男はこう語る。


 “俺はあの時、アイツの口から出る言葉が絶対面倒くせぇ事だと……初めて予知能力を使えた”と――。


「一千万、実は白石君を暫くお前に預ける事にしたから。って事で宜しくな!」



「……………………は?」



 ひょいっと、片手を一千万に向けながら軽く言う象橋。

 そして一千万は、その一言を返すの精一杯だった。


 こうして、満月の夜に銭形家で起こった悲劇は、静かぬ幕を下ろした──。


















「――おい! こんな訳分かんねぇ状態でめでたしめでたしとはいかねぇぞコラッ!」

「ハハハ。いくらお前でもやっぱりそうだよな」

「当り前だ。舐めてんのかテメェ」

「ちょっとからかっただけでしょ。そんなムキになるなって。初めに言っただろ? 白石君を連れてきた件については、おいおい話すって」

「じゃあ早く話せよ」


 これまで終始、余裕さを醸し出して常に己のペースを保っていた金無一千万が、ここぞとばかりに象橋を捲し立てる。


「本当にせっかちだな。今しがた殺人事件が起こったばかりだぞ。私も些か疲れが溜まった事だし、今日の所は早く帰って皆休もうじゃないか。話はまたにしよう一千万」

「アホか。ふざけんじゃねぇ」

「休むのも大事な事だぞ一千万。警察でもより良い職場環境改善の為に、今は働き方を見直しているからな。私も警視長として、若い白石君に十分な休みを与える義務がある」


 微塵も納得していない様子の一千万であったが、こうなった象橋と話しても時間の無駄だと判断し、今日の所は大人しく引き下がる事にしたらしい。


 その後須藤明里はパトカーで連行され、疲労困憊の永一郎と永子も静かに部屋へと戻って行くのだった。

 一千万、象橋、白石の三人も銭形永吉と話を済ませ、そのまま帰路につくのであった──。

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