探偵事件と言えば館でしょ⑦

 一千万は再び煙草を咥え、息を深く吸い込む。そしてフゥーっと白い煙を吐いた後、一千万は喋り始めるのだった。


「――それがな銭形さんよ、驚いた事に、どうやら今回の件は“全て”が繋がっているみたいだ」

「繋がっている……? それは一体どういう事じゃ?」


 銭形永吉は勿論、その場にいる誰もが一千万の言う事にまだ理解を示せていなかった。


「面倒くせぇが順を追って話してやる。

銭形永吉さん……先ずここは証拠がなく、俺の推測にはなるが、恐らくアンタに届いた脅迫状、アレの差出人は“銭形康太”だ」


 予想だにしない角度から口火を切った一千万の答えに、銭形永吉は驚いた。

 永一郎や永子も驚いているが、そもそも脅迫状の事すら知らなかった二人は、余計に混乱している様子。

 しかし、そんな事はお構いなしに京蔵は話を進めていく。


「推測理由は二つ。一つ目は、アンタに実際に起こった不運な出来事。そもそも偶然ってのは重なるには限度があるからな。

度重なる偶然は偶然じゃなくなり、人の手による必然となる──それが俺の考えだ。


昼間に聞いた話から察するに、犯人はアンタの行動を把握していた可能性が高い。

大方の予測が出来るのは、同じ仕事仲間か家族、そして秘書の彼女。当然他にも可能性はあるが、俺が引っ掛かったのはその足の怪我だ。

他の出来事はある程度誰でも実行可能だが、余程アンタが邪魔だったんだろうな。この銭形家でも犯人は犯行に及んだのさ」


 聞けば聞く程不可解な話。いや、真実が紐解かれていくに従って、“まさか”という信じ難い事実が少しづつ形を成して行く事に、脳と体が素直に受け入れられないのだ。


「銭形さん。アンタが階段から落ちる前に、“何かに引っ掛かった様な気がした”と言っていたな?

それは気のせいじゃなくて、本当に引っ掛かったんだよ。この“釣り糸”にな」


 一千万はそう言いながら、自身の柄シャツの左胸ポケットから釣り糸を取り出し、銭形に見せた。


「階段を調べていたら、手摺りの下の方と、その向かいにあった棚みてぇな物に擦った様な跡が残ってた。どっちも高さは同じ、しかもあれだけ似たような跡が残ってるなら、ゴールテープの様に糸を仕掛けてあったと推測出来る。

まぁあの傷の跡が俺の推測とは全然違う、家族の思い出かも知れねぇ。俺は銭形家じゃないから分からないけどな。

でもこの釣り糸は銭形康太の部屋にあった。それにも関わらず、肝心の釣り竿がねぇんじゃ一体何に使ったんだろうな?」


 一千万は側にあったテーブルにその釣り糸をヒョイと投げ置いた。

 口に咥える煙草からは、白い煙が絶えず出ている。


「外だけなら他の奴らの犯行に見せる事も可能だったろうが、人の出入りが確認出来る、防犯カメラが付いた銭形家となりゃ、犯人は一気に絞られる。

それに、銭形康太の部屋で見つかったのはこれだけじゃねぇ。おいお嬢ちゃん、さっきの出してくれ」


 一千万に言われ、白石は先程、銭形康太の部屋で見つけたという物を、皆が見える様にテーブルに置いた。

 そこに置かれた物は“黒い手袋”と“長髪のウィッグ”。それを見た瞬間、皆の頭に真っ先に思い浮かんだは、銭形永二だった――。


「結論から言っておこう。コレは銭形永二の物じゃない。コレは犯人が、俺達の固定観念を上手く利用したフェイクだ。

手袋と長髪という特徴が、イコール銭形永二だと連想してしまう事を逆手に取ってな。

銭形康太はコレを使い、一人芝居をしていたんだ。


実際、口論してるって思ったが、思い返してみれば、聞いたのは銭形康太の声のみ。最初から銭形永二はあの部屋にいなかったんだよ。

俺達が見たのは、この手袋とウィッグを使い、奴に成りすました銭形康太だったんだ。あの状況で長髪に手袋の人間を見れば、誰もが銭形永二だと思っちまうのも無理はねぇ。犯人の思う壺だった訳さ」


 開いた口が塞がらないとはこの事だろうか。話を聞いていた誰もが唖然とした様子であった。


「そして理由二つ目は……メリット。アンタに聞いた話だと、長男の銭形永一郎は自分の会社があるから跡継ぎはしないと言ったそうだな。

って事は、もし銭形グループを継ぐとなりゃ、残るのは銭形永二と銭形康太の二人となるのが自然だ。まぁこの流れなら、継ぐのは銭形永二が妥当。

当然、銭形康太も家族ではあるが、実の息子が継いでくれるならその方が良いよな。


だが銭形永二がそういうタイプではない事に加え、婿養子である銭形康太は、数年前から会長の座を継ぎたいと言っていたそうじゃねぇか。

どうだ? この時点で俺には"金"の匂いがプンプンするがな。

損得勘定で考えりゃ、アンタが会長の座を降り、一番得する可能性があるのは銭形康太だろうよ」


 ここまで静かに話を聞いていた銭形永吉が徐に口を開いた。


「まさか……あの脅迫所や私の身に起こった事は康太だと……」

「それは分からねぇぜ。決定的な証拠がある訳じゃないからな。あくまで俺の推測に過ぎない」

「でも待ってくれ……仮に康太が私を狙っていたとして、何故彼はそんな芝居をしたんじゃ? 永二じゃなければ一体誰に殺された……?」

「康太がそんな事する訳ないでしょッ!」


 食い気味に怒鳴り声を上げたのは銭形永子。彼女は康太の犯行を否定したが、銭形永吉はそれに耳も傾けず、真っ直ぐ一千万に問いかけていた。

 対する一千万は、最後の一口を吸い終え煙草を消した。そして一呼吸した後、銭形永吉を見ながら静かに話し始めた。


「ああ、それはな……銭形康太を殺した真犯人は、アンタだよな? “須藤明里”」

「「――!?」」


 一千万の言葉で、皆が一斉に須藤明里を見た。


「嘘でしょ……」

「須藤君が……まさか……」

「な、何を言ってるんだ彼は……! なぁ真吾。彼女が何故康太を……!?」


 皆が一気に動揺を見せる。永一郎は動揺したまま象橋に問いた。だが、聞かれた象橋も、ただただ視線を合わせる事しか出来なかった。


「……」


 名を呼ばれた須藤明里は、下を向いたまま何も言葉を発しない。


「コレを見てくれ銭形さん」


 一千万は再び自身の左胸ポケットに手を入れると、中からくしゃくしゃの封筒を取り出し、銭形永吉に渡した。


「俺の筋書きはこうだ。殺害された銭形康太は、会長であるアンタから次期会長の座を渡してもらうべく脅迫文で脅し、実際に殺しはしない程度の犯行に及んだ。

更に話をややこしくしているのがこの問題。アンタに依頼されてた人探しの件から、とんだ情報を得ちまった」


 語る一千万の横で、封筒の中に入っていた紙を読んだ銭形永吉は、より一層驚愕しているのであった。


「須藤明里が銭形康太を殺害した動機は……十五年前の火事が原因だろう」

「「――!?」」


 難解で、決して繋がりを見せていなかった、真相という名の結びが紐解かれてゆく。

 皆が困惑した驚きの表情を浮かべる中、須藤明里だけは、ずっと下を向いたまま黙って聞いていた。


「十五年前の火事って……」

「確か永二と康太が、たまたま近くにいて子供を助けたんじゃ……「――違うわよッ!!」


 遠い記憶を探りながら話す永子の言葉を遮る様に、今まで黙っていた須藤明里が、急に大声を上げた。

 そして、彼女は“当時”の事を静かに語り始めるのだった。


「十五年前……火事から私を救ってくれたのが永二さんだと思っていたわ……」


 須藤明里の言葉を聞いた銭形永吉は、まさかと言わんばかりの表情をしながら、バッと彼女の方を見た。

 十五年前、自身の命を救ってくれた恩人である少女。そして今回、金無一千万に依頼した人探しのまさに張本人。

 あの時の少女がまさか見つかった挙句に、こんなにも近くにいた事に、更にその真実が繋がった事に、銭形永吉はただただ驚いていた。


 しかし、銭形永吉が思い描いていた理想の再会と現実は、あまりにかけ離れたものとなってしまった。


「でもそうじゃなかった……。確かに彼は、私をあの火事から助けてくれた。けれど、その火事が起こった原因が、他ならないあの二人だったのよ」


 思いがけない真実の連続に、最早誰も声が出なかった。


「火事の後、出火原因は外に落ちていた煙草の不始末だったと警察が言っていたわ。でも分かったのはそれだけ……全てが焼けてしまって、その煙草を捨てた犯人が分からなかった。

結局その後も犯人が申し出る事もなく、不慮の事故として終わったわ。

思い返せば……子供心ながら、私はこの時から永二さんの事が好きになっていたのかもしれない。自分の両親を殺した人達なのに……でも、私は彼を本気で好きになったんですッ……!」


 話す彼女の声は少し震え、いつの間にか目にもうっすらと涙が浮かんでいた。


「そんな……火事の原因があの二人って……? 噓でしょ……」


 未だに信じられない永子。受け入れ難い真実に、彼女も困惑している様だ。

 そんな永子を納得させるかの如く、今度は銭形永吉が口を開いた。


「どうやら本当の様じゃ……。この紙に真実が書かれておる。永二の筆跡でな……」


 そう。

 封筒の中の紙に書かれていたのは、十五年前の火事についての真実──。

 永二からの懺悔の内容を記すものであった。あの火事の原因となった煙草をポイ捨てした犯人が、銭形康太であったのだ。


 当時、まだ若かった銭形永二と、後に結婚して婿養子となる康太は、二人で吞んでいた。

 夜もすっかり更けた帰り道、歩き煙草をしていた康太が何気なく煙草をポイ捨て。その捨てた場所こそが、須藤明里の家の直ぐ側であった。

 火の不始末に加え、庭から無造作に生えた雑草と、その日の乾燥した天気により、不運にもそれは起こってしまった。


 火が回り始めた頃、そんな事を知る由もない永二と康太は近くの自動販売機で飲み物を買っていたそうだ。そして飲み物片手に、どうでもいい話をしていた時、ふと辺りを見渡さすと、二人の目に飛び込んできたのは、真っ暗な夜に一際映える、業火の炎だった。

 瞬く間に燃え上がる炎は、その時まだ少女だった須藤明里と両親が暮らしていた家。


 ユラユラと揺らめく炎はどんどん大きくなり、家は焼かれて黒い灰が風に靡かれ煙と共に飛んで行く。

 目の前の光景に茫然としていた永二と康太であったが、何とか正気を保ち直ぐに消防や警察に通報した。どうしていいか分からない二人はただただ戸惑いながら、消防や警察が来るのを待った。


 そんな中、激しく燃える炎の中で、永二は子供らしき影を見つけた。止める康太を他所に、永二はその子供を助けるべく燃え盛る家の中へと飛び込んで行き、子供を助けた。

 無事炎の中から戻った永二であったが、彼の頭や両手には、見るに耐えない痛々しい火傷の跡が残っていた。


 その後、駆けつけた消防により炎は鎮火され、家の中からは二人の焼けた遺体が発見された。

 警察の調べによって、その遺体の死因は焼死と結果が出た。そして出火原因は、家の直ぐ側に落ちていた煙草の不始末という事が分かったのだ。


 現場にいた永二と康太は、警察から事情聴取をされたが、二人共煙草の事は言えなかった上、煙草がほぼ焼け散ってしまった事もあり、DNA鑑定等の調べもする事が出来なかったという。

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