第十膳 『とっておきのデザートをキミに』
【作者より】
ラストまでお付き合いくださいましてありがとうございます。
最終問題は3話構成になっております。どうぞ、ご都合に合わせてゆっくりと読んでいただけたらと思います。
お勧めBGMはこちら 手嶌葵「ただいま」です(#^.^#)
↓
https://www.youtube.com/watch?v=0IueDUcDmRY
💐 ラスト問題始まり☆
こんにちは。
さようなら。
俺たちの未来がどちらになるかは、最初からわかっていた。
それが変えられない未来であることも。
それでも、その結末を少しでも温かい思い出にするために、できることを全てやりきりたい。
ふっつりと途切れてしまった桜子との別れのように、持て余した想い、やり場を失った心を抱えて生きていくのは、もう嫌だから―――
色音と出会ってから俺は、ずっとそう思ってきたんだ。
色音が今日、俺のために自分一人でお好み焼きを作ってくれたのだって、きっと同じ気持ちだったんだろう。
色音の想いを俺に残してくれようとしたんだと思った。
すごくおいしかった。
俺のためを思って作ってくれたのがちゃんと伝わってきて嬉しかったんだ。
『ただいま』と『おかえり』を言える場所があったこと。
『いただきます』と『ごちそうさま』がある食卓と料理があったこと。
そして―――心のありったけを詰め込んで伝えた想い。
伝えてくれた想い。
遠く離れて長い年月が過ぎて、一つ一つの出来事が記憶の彼方に去ってしまったとしても。
魂に刻まれた優しくて温かい想いだけは消えないように。
そんなものが、色音の心に残ってくれたら。
きっと、色音は立派な天使になれるし、俺もこの先、一人でも生きていかれる。
そう思ったんだ。
そんなことを考えながら、デザートの仕上げに取りかかる。
最後を締めくくるデザート。カロリーなんて気にしない、とにかく甘くて、優しい味のする、ほっぺたが落ちそうになる、そんなとびっきりのデザートだ。
デザートのことは色音にはナイショ。
サプライズを仕掛けたいのは、俺の悪い癖だ。
さて。これで準備は完了。
エプロンを外して、小さな皿にきれいに盛り付ける。
「色音。今日はご馳走様。色音が作ってくれたお好み焼き。すごく美味しかった。色音の心が詰まっていて優しい味だったよ。ありがとう」
ほっとしたように頷いた色音。
「実は俺からもサプライズがあるんだよね」
「え、なんですか?」
期待を込めた瞳。
「デザートを作ったんだ。一緒に食べよう!」
思った通り。色音はびっくりした顔でデザートを見つめている。
「今日は特別な日になりそうだからさ。そういう日にはデザートがぴったりだと思わない?」
こんにちは。
さようなら。
その結末はデザートのあとで十分。
今は一緒にこの甘くておいしいデザートをたっぷり堪能しよう。
待ちきれないように、俺たちのお腹がぐぅと鳴った。
「「いただきます!」」
💐 💐 💐
俺がとっておきのデザートに選んだのは、艶やかな焼き色とクリーム色のコントラストが絶妙なベイクドチーズケーキ。
砕いたクラッカーと溶かしバターを混ぜてケーキ型の底に敷き詰める。
クリームチーズとサワークリーム、卵や砂糖を混ぜ合わせて上へ流し入れてオーブンへ。焼きあがったら冷蔵庫で冷やしておくとコクが増す。
生クリームとカラフルなフレッシュフルーツ、ブルーベリーソースを添えて出せば宝石箱のように可愛らしい見た目に変身。
口に含めばしっとりと濃厚なチーズの味とレモンの爽やかな香りが堪らない。
とっておきの一品だ。
「凄く綺麗。食べちゃうのがもったいないくらい」
「お代わりもできるからどんどん食べていいんだよ」
「お代わり……」
俺の言葉を繰り返した色音。目に焼き付けるようにケーキを見つめてから、覚悟を決めたようにゆっくりとフォークを入れた。
小さく切り取って口へ運ぶ。
「おい……しい……」
そう呟くと、ポロポロと涙を零し始めた。
「色音……」
心のどこかで、この結末は見えていたような気がした。
今日は色音との最後の日。でも、それだけじゃ無いと言う予感があったから。
このケーキに俺が込めた想いは、好きと言う気持ちと真実に向き合う覚悟。
あの時は向き合えず投げ出したままの過去に。
「師匠。美味しい。スッゴク美味しいよ」
そう言って、バクバクと続きを食べ始めた色音。
「そうか。良かった」
泣きながら頬張る色音の姿がだんだんと揺らめいて―――俺の目にも涙が膜を作っているようだ。慌てて拳で拭っていると、聞きなれた声が俺の名を呼んだ。
「二尋さん……」
予想していたのに、俺はやっぱり動揺してしまう。
懐かしい声。ずっと待ちわびていた声。
そうであって欲しいと言う気持ちと、違った方が良かったと言う気持ち。
自分の中で相反する気持ちが鬩ぎ合っていて、今、どんな顔をして顔を上げたらいいのかわからない。
「し……ううん。二尋さん。ありがとう」
色音の代わりに座っていたのは、紛れもなく桜子だった。懐かしい少し陰の残る瞳が、俺を見上げていた。
「ずっと会いたかった」
そう言って、また泣く桜子。
「さ……くら……こ」
俺は掠れた声をあげたまま、彼女を見つめ返すことしかできなかった。
色音と桜子は、全然違うタイプだ。
桜子はいつも寂し気で不安そうな笑顔が抜けきらなかった。
目の前にある幸せを噛みしめながら、幸せになることを恐れているような、そんな陰が付きまとっていた。
でも色音は天真爛漫で。真っ直ぐで恐れ知らずで一生懸命で。
印象が百八十度違うのに、俺はなぜか桜子のことを思い出して戸惑っていたんだ。だから今、目の前の桜子を見て、すとんと納得したような合点がいったような気持ちになる。
桜子―――やっぱりお前だったんだな。でもそうすると……
「色音は桜子だったんだな」
桜子が無言で頷く。
「ってことは、桜子はもう……」
またコクリと頷いた。
もう、この世にはいないってことか―――
彼女が売上金と共に消えた日。一体彼女に何があったのか。
俺はずっとそれが知りたかった。でも、桜子と言う名が偽名だと知った時、辿るのを止めた。
その先にあるモノが、もし俺の思っていたような姿じゃ無かったら、心がずたずたになると思った。それに耐えられる自信が無かった。だから俺は追うのをやめてしまったんだ。
真実に向き合うのが怖くて、心に蓋をした。
自分に都合のいいように考えて、無理やり前を向こうとしたんだ。
でも―――結局できなくて。ここに
死んでしまっていたなんて……
それじゃ、帰って来れるわけないよな。
もう一度己に活を入れる。桜子をちゃんと知らなければ。
こんな形で俺に会いに来てくれたのは、伝えたいことがあったからだろう。
ちゃんと受け止めて、彼女に安心してもらいたい。
「桜子。会いたかったよ」
俺は桜子を抱きしめた。
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