見習い天使と茶髪青年
休日の朝は目覚ましを掛けずに寝たいだけ寝ていたい。
「師匠、修行に行ってまいります!」
そんな色音の声を遠くに聞きながら、俺はまた眠りに落ちていった。
がばりと起き上がって辺りを見回す。
あの声は夢では無くて、色音は出かけているようだ。
時計を見れば、もう十時を回っていた。慌てて身支度を整えて、ブランチの用意に取り掛かった。今日はサンドイッチにでもしようかな。
と言っても、手元にあるのはロールパンだったから、真ん中を切ってウインナーやマヨ卵やシーチキンマヨを乗せて出来上がり。サラダと果物とヨーグルト。絞りたてオレンジジュースを添えたら、ちょっとホテルの朝食のような雰囲気になった。
お昼までには帰ってくるだろうとのんびり構えていたら、一時を過ぎても帰って来ない。心配になって探しに行こうと玄関に向かったところへ、ガチャリと扉が開く音がして、明るい色音の声が飛び込んできた。
「師匠、師匠! 弟子を連れてきました!」
「え! 弟子?」
色音に引っ張られるようにして、扉の陰から現れ出たのは、先日のスーパーで会った茶髪の青年。
「えっと。昼食に招待したってことかな?」
「違います。弟子にしてあげてください」
「……いや、その……弟子とかって話じゃ無くて……ただ、その」
茶髪青年、今までの勢いはどこへやら。大きな体を縮こまらせて俯きながら言葉を継ぐ。
「誕生日にぴったりな料理を教えて欲しいんだ。格安で作れるやつ」
「誕生日の料理?」
ポカンとしている俺に向かって、色音が楽しそうに言ってきた。
「お願いします! 師匠。
「お願いします!」
茶髪が深々と下げられた。
ひとまず上がってもらって話を聞く。要約するとこう言うことらしい。
茶髪の青年の名は
母子家庭、三人兄弟の長男。弟と妹がいる。高校を中退して左官屋に弟子入りして三年がんばっていたが、親方を殴ってクビになったばかりとのこと。
「なんで親方を殴ったんだい?」
「だって、アイツひでえんだよ。仕事のやり方なんか何にも教えてくれないくせして、下手にやると直ぐに罵倒するは手をあげるは。でも俺、ずっと我慢していたんだ。働かなきゃいけないからな。手に職もつけたかったし。でも、この春入ったばかりのベトナム人の奴にはさらに酷くてさ。俺、もう我慢がならなくて思わず殴っちまったんだよ。後からヤバいと思って謝ったけど、もう手遅れで……」
「うーん。そうか」
「師匠、奏斗君はそのお友達のために怒ったんだから優しい人ですよね」
色音が真剣な顔をして奏斗の肩をもった。
「うーん、まあ、そうだな。殴ったことはやっぱり良いこととは言えないけれど、同僚のために怒ったんだったら、仲間思いでもあるし、悪いと言い切れないな」
驚いたように顔を上げた奏斗。
「……ありがとうございます!」
思いのほか礼儀正しい奏斗に、俺は好感を持った。
「で、誕生日パーティーの料理だっけ?」
「小学三年生の妹が今日誕生日で。お祝いしてやりたいけどうちは貧乏だから、ケーキ買ったら金が足りなくなりそうで。どうしようかなって悩んでいたらこの人に会って」
奏斗がちょいっと色音を指差した。
「そうしたら、師匠に聞けばいいって言ってくれて。今まで散々キョヒっていたくせに、虫が良すぎるってわかってるんだけど。でも
膝を正して頭を下げた。
「そういうことならいいよ。まずは昼を食べてからでもいいかな。色音もまだだよね。奏斗君も一緒に食べよう」
奏斗が嬉しそうに顔を上げた。素直な笑顔にはまだまだ幼さが残っている。ゴツイ印象を与えていたのは、左官屋の仕事で日々鍛えてきたから。茶髪も染めたわけでは無くて、日焼けしたからのようだ。
働いてきた証が、体に刻まれているのだ。
まだまだ若いから、血気盛んで危なっかしいけれど、心根は優しい芯の一本通った子だなと見直した。
用意してあったロールパンを見て、奏斗は目を丸くする。
「そっか。こんなのも食べやすいな。でも、ロールパンって一袋にたくさんは入ってねえな」
ぶつぶつと金の計算をしている。堅実でもあるんだなと思った。
「食べ終わったら買い出しに行こうか」
「わーい。三人でお買い物!」
色音は大喜び。奏斗はもう一度頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
我が家も同じものを買って、見本を見せてあげた。
メニューはチキンナゲットとミニウィンナーのポテト包み。スープとちらし寿司ケーキだ。
まずは洗ったジャガイモを電子レンジで蒸す。潰して牛乳と片栗粉と塩を混ぜる。
楊枝を差したウィンナーを包んで小麦粉をまぶす。
次に、ビニール袋に鶏ひき肉と卵やマヨネーズなどの具を全部入れてよく揉んでから成形する。
両方とも揚げたら出来上がり。
今度は簡単ちらし寿司ケーキだ。
フライパンでいり卵を作ってから、豚ひき肉を甘しょっぱく炒める。
ケーキ型に酢飯とひき肉と桜でんぶを順番に入れて、最後に入り卵を乗せて型から外せば完成だ。イチゴの代わりにミニトマトを飾ったら彩が綺麗だ。
最後に冷蔵庫に余っている野菜をサイコロ状に切って、コンソメスープで煮込んだら終わり。
どれも安い食材で、作り方も簡易化してある。ケーキ型と野菜の型抜きを貸してあげればハート型のにんじんもできるし、喜んでくれるんじゃないかな。
「すげえ。いつもの食材なのに、なんか特別に見える」
奏斗が感嘆の声をあげた。
「どうかな。奏斗君は普段から料理をしているんだよね。だったら作れそうかな」
コクリと頷いて、また頭を下げた。
「ありがとうございました! これなら香里も喜ぶはず」
横で一緒に手伝っていた色音。真面目な顔で奏斗に念を押していた。
「奏斗君、師匠の一番弟子は私ですからね。奏斗君は二番目ですよ」
奏斗は思った以上に手先が器用で、覚えも悪くない。
本人にその気があるなら、将来楽しみな人材だなと思った。
だが、色音と二人で仲良く話している様子を見ていると、どうしても心にモヤモヤが沸き上がってくる。年が近いからお似合いに見えるんだよな。
嫉妬しているのかな、俺。
慌てて打ち消した。
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