第七膳 『夏の訪れと天ぷら』
【お詫び】
お題は春の訪れだったのですが、この物語春から始めてしまったので(;^_^A
流石にもう一年たったとも思えず(笑)
夏の訪れに変更しております。自然と野菜も夏野菜になっております。
💐 ではお題スタートです(^_-)-☆
まったくもって人生とは不思議なものだ。
料理する事、食べる事を楽しめる日がまたやってくるなんて思いもしなかった。
でも色音と出会ったあの日から、熾火だった想いははっきりと明るさと熱を取り戻した。もっとも昔のような燃え盛る炎ではない。でも、簡単には消えることのない、静かな熱量を持った炎だった。
改めて俺は自分の望みを知った。
美味しいものを作りたい、美味しいもをたべる笑顔が見たい。
それだけで良かったのだ。ただそれだけが望みだった。
だから今日はちょっと特別なごちそうにしようと思った。
「今日の晩御飯は天ぷらにしようと思うんだ。どうかな?」
色音は天ぷらの言葉に早くも目をキラキラさせている。
そう。天ぷらと言えばごちそうだ。それだけでもテンションが上がる。
しかも今回、わたしが作ろうとしているのは『揚げたて天ぷら』なのだ。
天ぷら屋さんのカウンターでしか味わえない、完璧な揚げたてを楽しめるコース。
今回は色音にそれを食べさせてあげたいと思っていた。
いや正確には違うかな。わたし自身が一緒に食べたいと思ったのだ。
「海の幸と山の幸、揚げたての天ぷらはどれも最高においしいよ!」
色音はうなずくとさっそくエコバッグを用意する。
そうそう。もちろん一緒に買い物に行く。
何が好きか、何が苦手か。何を食べたいか。そんな会話がまた楽しいのだ。
もう自己満足だけの料理に興味はない。
目の前のキミが楽しめる料理、わたしが作ることを楽しめる料理。
いつか。そう、いつか。
そんな楽しい料理を提供できるお店を開いてみたいな。
と、色音が不思議そうにわたしを見ているのに気付く。
どうやらちょっとにやけていたらしい。
こんな風ににやけた表情が出てしまうのもまた本当に久しぶりのことだ。
「天ぷらの具材を考えてたらつい、ね。夏野菜は美味しいからね。やっぱりエビとキスは外せないし、ナスとピーマン、いんげんとか、オクラなんかもいいよね」
それから二人でおなじみの散歩コースを通って、いつものスーパーに向かう。
天気は快晴。昨日までの雨が洗い流してくれたおかげで、空気も緑も清々しい。
これからもっともっと楽しい日が続いていくのだろう。
もっともっとたくさんの美味しい料理を二人で作って食べるのだろう。
そんな風に思っていた。
だからこの時のわたしは忘れかけていたんだ。
この関係は永遠には続かないってことを……
💐 💐 💐
のんびりと歩いたつもりなのに、アッと言う間にスーパーに到着してしまった。
楽しい時間というのは、二倍速なのかもしれない。
まずは入口付近に並べられた野菜から選び始めた。
「何がいいかな。ナスとピーマンはどうかな」
「つやっつやですね。美味しそう」
「人参も甘くていいよね。オクラはどう?」
「人参好き。オクラってこれですか? カクカクしていて、これ切ったらお星様ができそう」
「おお、その通りだよ。良く気づいたね」
「カボチャは秋から冬が美味しいけれど、収穫は夏なんだよね。でも今はいつでも食べられるから、これもどうかな」
「うわー、色とりどりですね。紫に緑に、黄色にオレンジ。出来上がりが楽しみです」
「後はとうもろこし、ゴーヤとか」
「ゴーヤってボツボツしていますね」
「ちょっと苦いけど試してみる?」
色音はペロリンと舌を出したけれど、「うん」と頷いた。
他には舞茸と玉ねぎも籠に入れて、お魚のコーナーへと歩みを進める。
その時、色音がパタパタと茶髪の青年に駆け寄った。
「また会いましたね!」
嬉しそうに話しかけている。
もしかして、煙草の子?
俺の頭に警報が鳴り響く。色音の横へと急いだ。
「あん? あ、お前あの時の」
洗いざらしの寄れたTシャツ。七分丈のズボンに素足にスリッポン。袖際に引かれた日焼けの境界線。浅黒い顔だち。
片手をポケットに入れたまま振り返った青年は、迷惑そうに顔をしかめた。
「声かけてくんなって言っただろう」
「そうなんですけれど、でもやっぱり気になって」
真剣な顔の色音を奇異の目で見た後、俺の方へ視線を移してきた。
「二人は一緒に住んでいるんだ。ふーん」
どんな想像をされているのかと思うと胸糞が悪くなってくる。
だが、色音を守らなければと俺は体を固くした。
「そうだ!」
彼の意味深な視線には気づかない様子で、色音がパアっと顔をほころばせた。
「師匠のご飯美味しいんですよ。食べたら幸せな気持ちになって、きっとあなたの悩みも解決しますよ。これから食べに来ませんか? 今日は天ぷらの日なんです」
「「はあ?」」
俺と青年の声がシンクロする。
「お前、馬鹿か?」
「いや、色音、それは……」
二人で同時に困惑の声をあげた。
「悩みがある時に美味しいご飯を食べると幸せになれますからね。いい案だと思うんですけれど」
「なんでお前んちに食いに行かなきゃいけないんだよ。それに、俺はこれから……」
そこで青年が言葉を切った。
むすっと口を引き結ぶと、続きを言わずに背を向けて歩き去って行った。
「えー。美味しいのに~」
色音は残念そうだが、俺は正直胸を撫でおろした。彼が来るなんて言ったらどうしようかと思ったよ。
ただ―――彼の言葉の続きを予想したら、案外いい子かもしれないと思った。
なぜなら、彼の買い物籠の中には、豚こま肉にジャガイモ、にんじん、玉ねぎが入っていたから。
具材から想像すれば、カレーとか肉じゃがとかかな。
出来合いの総菜を買っているわけでは無くて、食材をちゃんと買っている。
もしかしたら、誰かに作ってあげるために買ったのかもしれない。
誰かのために料理をしている人に、悪い人はいないからな。
そう思ったら、ちょっと心が軽くなった。ぽんと色音の頭に手を乗せる。
「残念だったな。まあ、また機会は訪れるかもしれないから。がっかりするなよ」
「師匠~」
ちょっとうるっとしながら見上げてきた。
「やっぱり師匠は地上の天使です。流石です」
頭の上の俺の手を取ると、ついっと身を寄せてくる。
電流が全身をかけ巡って、買い物籠がピクリと跳ねた。
帰ってからは大忙しだ。
野菜を洗って切り分けて、水気をしっかりと拭き取る。それは色音に任せておいて、薄皮一枚残したトウモロコシを電子レンジで蒸す。
ゴーヤのワタと種を丁寧に取って、苦みを軽減させるのも忘れてはいけない。
最後にエビとキスの下準備。こちらは脱水シートで包んでおくといい。
材料が揃ったら、卵と冷水を合わせて、小麦粉を加える。
この時、ダマが残っても気にしなくていい。サクッとした衣にするためには、グルグルとかき混ぜないで箸で突くように合わせていくのがコツだ。
油の温度を調整したら、いよいよメインイベントの始まりだ。
「色音。まずは野菜からいこうか。食べたい物を、食べたい順に言ってみて」
「えーっと、人参とオクラ、それからナス、ピーマン、ゴーヤ。カボチャ」
「了解」
言われた食材を取り分けて、軽く打ち粉をした上に衣をつけて油に落とす。
その瞬間、ジュワジュワ、パチパチと波紋のように広がる油と衣。
食材は順番に少しずつ。一度に入れ過ぎてしまうと油の温度が下がってカラリと揚がらなくなってしまうので要注意だ。
出来上がりを見極めることこそ、職人の腕の見せ所。
食材と会話をするように、良く観察してタイミングを探る。
後少し―――今だ!
すかさず菜箸でオクラを、次いで人参を取り出した。
油を切ってから色音の皿に乗せる。天つゆと塩、大根おろし。好みでどうぞとテーブルに並べると、色音が「いただきます」と手を合わせた。
まず最初に人参を箸でつまみ上げる。デコボコとした淡黄色の衣の形を、興味深げに眺めてから、ハムっと口の中へ入れた。
シャクッと軽い音がして、続けてサクサクっと口の中で砕ける衣。
「中はしっとり。甘いです」
ふわっと広がる人参の甘みを堪能している。
続けてオクラをパクリ。舌に絡みつくオクラの粘りに目を丸くする。
「ネパっとコロコロの不思議な食感」
「ああ、オクラは丸い種があるからね」
「面白い~」
淡白なナスの柔らかさ、ピーマンの香りとゴーヤの苦み。ほくほくしたカボチャ。色音は次々と野菜の美味しさを再確認していく。
丸く成型したトウモロコシと玉ねぎのかき揚げ、手を広げたような形の舞茸にかぶりつき、次はいよいよ海の幸。
「この海老ぷりっぷりです。ぷりっぷり」
目をクリクリさせながら説明してくる色音の表情の方が面白いんだけれど。
俺は笑いをかみ殺しながら頷く。
「キスも柔らかいだろ」
「こっちはふわっふわです」
揚げたてはやっぱり最高だよね。
色音が一通り食べ終わったら、今度は俺も一緒に食べよう。
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