見習い天使とカラオケ

「ただいま」

 扉を開けたら何やらリズミカルな音楽が聴こえてきた。

 部屋の真ん中で色音が動画に合わせて踊っている。

 楽しそうだな。


 しばらくそのまま様子を見ていたら、音楽が終わったところで色音が振り向いた。

「あれ、師匠、お帰りなさい」

「ただいま。上手だね」

「ああ、見られちゃった。恥ずかしいです。まだ覚えている途中なんです」 

 何やら振付を覚えるのに必死なようだ。

 でも、なんだろう。思いっきり動けてないような、歌えて無いような……ああ、そう言うことか。


 ご近所迷惑になると気にしているらしい。なかなか気が利くじゃないか。

 それなら! と俺はいいことを思いついた。


「なあ、色音。これからカラオケに行こうよ」

「からおけ?」

「そう。食べて歌って踊れるところ」

「え! そんなところがあるんですか!」

「ああ」

「行きたいです! でも……」

「ん?」

「師匠、お仕事帰りでお疲れですよね」

「大丈夫だよ。明日は休みだし」


 その言葉に、パアっと顔を輝かせた色音。

「やった!」

 


 二人で駅前のカラオケ店にやってきた。と言っても、俺はカラオケなんて仕事の付き合い以外で来たことがないので、良くわかっていない。

 最近は部屋の雰囲気もそれぞれコンセプトが違っていて選べるらしい。


「師匠、この部屋可愛いです。ここがいいです」

「ええ!」

 色音の指差した先には『花鳥風月ルーム』と名前が出ている。

 画像には大きな夜桜や紅葉の映像が格子の向こうに見える、艶めかしい和テイストの部屋。


 ううーん。ちょっと、なあ。しっぽりって雰囲気で落ち着かないんだが。


「こっちなんかどうかな?」

 慌てて明るいハワイアンルームを見せたが、不満気な様子。

「……いつものお部屋と変わらない感じ」


 そ、そんなはずは無い! 俺の部屋にはこんなモンステラやハイビスカスの絵は無いぞ。


「あ、これがいい!」

 そう言って次に指したのは『星空シアタールーム』。

 ほっ。

「これなら」と俺も頷いた。


 ウッディな壁に空いた天窓から、星空が降ってくる。

 開放的な空間で気持ちがいい。


「師匠、どうやったら歌えるんですか?」

 俺は操作の方法を教えてから、食べ物のメニューも渡す。

「おお、今日はお外でご飯ですね」

 そう言いながら、フライドポテトやチキンナゲットに興味深々。

 作ったこと無かったなと思う。

「食べてみるか?」

「はい!」 


 色音は思った以上に色々な歌を覚えていた。いつの間に!

 見習い天使だから讃美歌一択だと思っていたのは間違いだったらしい。


 次から次へと楽しそうに歌っていく。気持ち良さそうに踊りながら。

 細い手足をのびのびと広げて、星空の下歌い踊る天使。

 やっぱり連れて来て良かったな。

 それに、『色音』と言う名前を付けて正解だったと思う。


 予想通りとても綺麗な声。いつまででも聴いていたくなる。透明感があって癒される歌声。目を瞑って堪能する。

 

「師匠~。師匠も一緒に歌いましょう~」

「いや、俺は……」

 折角聞き入っていたのに、無理やり立たされてマイクを持たされる。 

 えっと、これは何の歌だ? ああ、『小さな恋のうた』だ。

 これならなんとか歌えそうだ。仕方がないので、小さな声で色音に合わせてみる。

 嬉しそうにくりくりと瞳を動かした色音。俺の腕に手を回してきた。


 おっと、ノリノリだな。

 一緒に体を揺らして歌う。

 

 最初は恥ずかしかったけれど、だんだん気持ちがのってくる。

 たまにはこんなのもいいもんだな。

 

「じゃあ、次! 師匠が一人で歌ってください。何歌いますか?」

「いや、一人は流石に……」

「わたしばっかりじゃ悪いですから。ね!」

「俺は色音の歌が聴けたらそれだけでいいから」

「私も師匠の歌が聴きたいです。私に歌ってくれないんですか?」

 ぷうっと頬を膨らませる。


「そんなこと言われてもなぁ。俺、色音のように歌上手くないし」

「えー! 今とっても素敵な声でしたよ。もっと聴きたい聴きたい」


「……じゃあ、一曲だけ」

 選んだのは『ひまわりの約束』。一応俺の十八番って奴だ。


 神妙な面持ちで聴いていた色音。ポロリと涙をこぼした。

 

「師匠~。スッゴク素敵です。胸にぐってきました。そうですよね。師匠と私、二人でいたら宝物みたいに楽しい日々になるんですよね」

 えっぐえっぐと本格的に泣き出した。

 

 おっと、そんなに感動するように歌えたのかな?

 ちょっと嬉しくなる。

 調子に乗って歌い終わると、今度は真正面から抱きついてきた。


「師匠。これからもずーっと一緒に笑っていましょうねー」

「お、おお」

 色音の体温を感じて、落ち着かなくなる。


 本当にずっと一緒にいられたらいいよな―――




 ……と思ったら、すーすーと小さな寝息が聞こえてきた。


 おや? 疲れて眠ってしまったのか?

 まるで子どもだな。この寝つきの良さ。

 いや、違う。何やら焼酎の匂いがする。


 むむむ! 色音の奴。いつの間にウーロンハイなんか頼んでいたんだ。

 しかも飲んで酔っ払って寝てしまうなんて。


 ま、まずい! 未成年者飲酒疑惑!

 俺の頭に警報が鳴り響いた。


 いや、色音は未成年者じゃなくて、見習い天使だけれど、なんと言っても見た目はJKだからな。

 俺は慌てて清算をして、色音をおぶってそそくさと店を後にした。


 ふう。でも、やっぱり色音は軽いな。

 見えないけれど、天使の羽で羽ばたいているみたいに軽い。

 心もとなくなって、ぎゅっと腕に力を入れた。

 

 その時、背中の色音が寝言を言った。 

 「ウーロンハイお替り~」




 




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