第四膳 『餃子と共同作業』
自分が好きだからと言って、相手が好きとは限らない。
いや別に、恋の話でも人間関係の話でもなくて。
そんな大それた話ではなくて、食べ物の話。
今になって気づかされる。
自分がおいしいと思ったものを人に食べさせたい。
自分が作った料理でおいしいかったと感動させたい。
俺が考えていたのはそればかりだったのではないだろうかと。
結局は自分の価値観を押し付けるばかりで、相手に対する真の思いやりが欠けていたのだろう。
食べ物はその人を形づくる大切なモノ。
だからこそ、相手の気持ちに寄り添った料理を生み出すことが大切だったのに。
そんなことにも気づけなかったから、俺は料理人としても、一人の男としても中途半端だったんだ―――
本当に今さらだと思う。それでもこうして色音に出会えて、それに気づけて良かったと思った。
だから、今日はやり直しの料理を作りたいんだ。
そんな俺の心の事情は知らない色音。
手招きしたらキョトンと自分のことを指さしている。ここには二人しかいないってのに。
「今日はさ、餃子を作ろうと思って。ちょっと手伝いをお願いしたいんだよね。どうかな? 手伝ってくれる?」
その言葉に、パアァっと顔をほころばせた。
「なに、簡単だよ。餃子の具を皮に包むのを手伝ってほしいんだ」
「任せてください、師匠! お手伝いがんばります」
キッチンに並んで立った色音の後ろから、黒いカフェエプロンを巻き付ける。
恥ずかしそうに、くすぐったそうにしていた色音だったが、きゅっと紐を締め終わると嬉しそうに目を輝かせた。
「師匠、これカッコいいです」
シンプルな黒いカフェエプロンでも喜んでくれてありがたい。今度は色音の好きなエプロンを買ってあげようと思いながら俺も頷いた。
「うん。似合ってるよ」
さあ、一緒に作りながら、たくさん話そう。
何が好きとか嫌いとか。
どうしたいとか、したくないとか、なんでもいい。
そうやって、少しずつ少しずつ、色音のことを知っていきたい。
「餃子はね、いろんなアレンジができるんだよ。餡はもちろん、タレだっていろいろ。今日は二人で究極の餃子をつくろうな」
💐 💐 💐
「キャベツとニラとニンニク、ショウガと豚肉。餃子の中身は色々だけれど、今日はこれで作っていこうと思っているんだ。苦手なものあるかな?」
俺の問いにジーっと食材たちを見つめた色音。不思議そうな顔のまま俺に視線を戻した。
「料理って不思議です。今目の前に並んでいるこれが、形を変えて混ざり合って、師匠の美味しい料理になるんだなって思ったら、面白いです」
「確かに。組み合わせで引き立て合ったり消し合ったりするね。切り方一つでも食感が変わってくるし、幾通りもの方法があるから楽しいよ」
「師匠は、本当にお料理が好きなんですね」
その言葉に、ハッとさせられた。
そうだった。始めは純粋に楽しかったんだ。
上手く作ろうとか、誰かに褒められたいとかじゃ無くて、ただただ、作ることが楽しかった。
「ああ。好きだよ」
久しぶりに―——本当に久しぶりに、俺は素直な笑顔で食材に向き合った。
いつの間に忘れてしまっていたんだろうな。料理は楽しいってことを。
「今日は私も仲間に入れてもらえるんですね。嬉しいです」
もう一度、心がトクンと跳ねた。
そうだ。一緒に作ることは楽しいことだったんだ!
「じゃあ、まずはキャベツとニラを細かく切るからな。色音もやってみるか?」
コクコクと頷くので、ある程度切り終えたところで包丁を渡す。ザクザクっと鳴るキャベツの感覚が面白いらしく、いつまでもやっているので、ずいぶん小さな切れ端が出来上がった。料理人としては、柔らかい中にも食感が残るように……なんてことまで考えて切っていたけれど、今の色音は刻むこと自体を楽しんでいる。
それでもいいんだよな。
「次は肉を練り混ぜるよ」
豚ミンチに塩コショウをして、すりおろしたニンニクと生姜を混ぜ込む。そこへ更に酒と味噌を加えてまんべんなく混ぜていく。この味噌を入れるのが俺流。肉の臭みを消して旨味を引き立ててくれるんだ。
「色音も練ってみるか?」
恐る恐る手を突っ込んだ色音。最初のぐちゃっという感触に一瞬手を引っ込めたが、最後はご満悦で混ぜ混ぜこねこね。
水気を切ったキャベツとニラを入れて、更に混ぜ混ぜこねこね。
いよいよ本日のメインイベント。餃子の具を皮で包み込む作業だ。
まずは見本を見せる。皮の淵に水をつけて、細かなひだを寄せながら閉じていく。
目をまん丸くして見ていた色音。張り切ってやろうとしたら、中身の具がコロンと下に飛び落ちた。
「あ~あ」
しょぼんとして落ち込んでいる。いきなりは難しかったかな。
後ろから色音の手を取って俺の手で包み込んだ。
「まずは、一緒にやってみようか」
顎の下で嬉しそうに頷いた色音。今度は一緒に手を添えながらやり方を伝授した。
「わー、上手くいきました! こうやればいいんですね」
「まあ、最初の内はひだを寄せるのが難しかったら、そのままぺたんと閉じてしまえばいいよ」
「いやです。面白くないもん」
ブンブンと首を振って真剣な顔で再チャレンジしている。
意外と負けず嫌いなのかもしれないと見守ることにした。
だんだんコツがつかめてきたようで、形も綺麗に、スピードもアップしてきた。
「ね、これ上手くいったでしょ。師匠。見てください」
最後の一つが一番会心の出来だったようで、嬉しそうに見せてきた。
「凄いな。アッと言う間に上手になったね」
「師匠の教え方が上手なんですよー」
無邪気な笑顔を炸裂させた。
その笑顔が見れただけで、俺は幸せな気持ちになれた。
一緒にやって良かったな。
油を引いたフライパンに餃子の腹を並べて、焼き目がついたら湯をひとまわし。
ジュワーっという大きな音と一気に沸き上がる湯気の塊。
うわーっと色音が驚いたように目を見開いて後ずさったが、ガラス蓋で塞いだら、戻ってきて、今度は沸々と踊る皮の様子をじーっと眺めていた。
水気が無くなったところへ再度油を投入。カリっとするまで焼き上げたら出来上がりだ。
ほかほかの餃子をテーブルに並べたら、いつの間にか箸と器を用意してくれていた色音が、もう座って準備万端だ。
「何もつけなくても美味しいと思うけれど、さっぱりと酢醤油もいいよ。ラー油を入れると辛くなるから入れ過ぎに注意して」
「師匠も早く座ってください!」
待ちきれない様子でウキウキしている。エプロンくらい外したらいいのに。
「じゃあ、食べようか」
「はい」
「「いただきます!」」
カリっと音をたてて、色音がかぶりついた。破れた皮の隙間から湯気と肉汁がふわっと口の中に広がって「あっつっつ」と言いながらハフハフしている。
「ひひょう~。おいひいれす~」
ほっぺたを抑えながらゆっくり噛んで味わい尽くしている。
「これは色音が包んでくれたのだな」
そう言いながら俺も頬張る。ちょっと
「わーい。初めて作った餃子。師匠に食べてもらえた。どうですか? 美味しいですか?」
「うん。美味しいよ」
「やった!」
素直に喜ぶ色音が眩しくて、俺の舌も心も満たされた。
やっぱり、料理は楽しい。
そして、一緒に作ることはもっと楽しい。
「師匠、楽しかったです。また作りましょう!」
「ああ。またやろうな」
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