見習い天使と買い物
カレーを食べ終わったら、もうお店の閉店時間が迫っていた。
俺は慌ててぶかぶかトレーナーにジャージ姿の色音を連れて、〇クロへと急いだ。ここなら、下着から靴まで全てが一気に揃う。男性物もあるから、一緒に歩いていても違和感ないと思う。多分。
色音は嬉しそうに洋服の並んだ無数の通路を飛び跳ねるように巡っていく。ちょっと目を離したら迷子になりそうな勢いで、俺は慌てて後ろをついていく。閉店間際でお客さんの数が減っていたからいいものの、俺たちは傍から見たらどんな風に見えるのだろうとちょっと心配になる。
色音は年齢不詳だけれど、若く見える。パッと見JKに見えてしまう。
いいおじさんがJKに洋服を買ってあげているなんて思われたら困るな。パパ活とか言ったっけ? まずい。それは絶対にまずい!
いや、寧ろ父親って線の方がありか。でも……世のJKお父さんが娘の洋服の買い物にいちいち付き合うなんてことは……ないだろうな。
なんか嫌な汗をかいてきたぞ。心臓がバクバクする。
そんな俺の気苦労も知らぬ様子で、色音は花柄のワンピースの前でピタリと動きを止めた。
「これ、可愛い」
「ああ、いいんじゃないか。でもそれだけじゃ無くて、着替え用にいくつか買わないと」
コクリと頷いた色音。嬉しそうに続きも選んでいった。お財布はとっても痛いけれど、自分で言い出してしまったんだから仕方ないよな。
俺はそうっとため息をついた。
洋服の後に布団を一式そろえたら、とうとうショッピングモール内に閉店音楽が流れ始めた。
しかたがない。歯ブラシとかはコンビニでも寄って買うか。
それに、俺の仕事の間は色音が一人になってしまう。買い物の仕方とか、世の中のことを教えておかないといけないよな。これはドキドキしている場合では無いぞ。
そう思い至ったら、覚悟は決まった。
見るもの全てを、色音に説明するようにした。
色音はというと……俺の話を真剣に聞いているようで、良かったよ。
早く人間社会に慣れるといいな。
コンビニで買い物の仕方を教えて店の外に出ると、煙草を吸っている若い男が数人屯して大声でしゃべっていた。
なるべく目立たないように車に向かって歩いていると、後ろの気配が消えた。
「なんだよ。なんか用か?」
男たちの声。
「その煙、臭いです」
「ああん?」
「でも、吸うと美味しいんですか?」
「お前も吸いたいのかよ」
何やら女の子の声も混ざり始めて……なんてことだ!
色音がぶかぶかジャージ姿のまま、男たちに話しかけている。男たちは興味深々な様子で色音と俺を交互に見ていた。
気まずい。こういう連中とはなるべく関わり合いになりたくないし、色音の警戒心の無さにもがっくりとする。
絡まれずに切り抜けられるといいんだが……。
俺は無言で色音の腕を掴むと、無理やり車へ引っ張っていく。
ヒュー、ヒュー
背中に冷やかすような声がかけられたが、振り向かずにそのまま車を発進させた。
「色音。世の中には危ない人もいるんだよ。今の君は若い人間の女の子だから、そういう人に酷い目に合う可能性もあるんだ。だから、やたらに声はかけないほうがいい」
色音にもう少し気をつけてもらいたくて、ついつい厳しい口調になる。
命の危険だってあるんだぞ。
ところが、色音は珍しく不満そうな顔になった。
「天使の国で教えてもらいました。魂はみな美しく清らかだって。でも、人間は生きていく間に色々なことが起こって、一人でその清らかさを保つのが難しいから、素敵な出会いを作って清らかさを取り戻すお手つだいをするのが天使のお仕事だって。だから、彼らも元々は清らかな魂の持ち主ですし、私がお手伝いすれば大丈夫ですよ」
そう言ってにっこりと笑った。
あまりにも純粋な言葉に、俺は一瞬言葉を失う。
「それが、天使の仕事……かもしれないけれど、今は色音は天使じゃ無くて人間の姿だからな。そんなに簡単な話じゃないんだよ。危険の方が大きいと思う」
「……」
あまり納得したような顔はしていないが、今これ以上言っても気まずくなるだけだな。俺が仕事に行っている間、本当に大丈夫なのだろうか。
頭が痛いな。
いや、それよりももっと頭が痛いのは……1Kルームの俺の部屋で、どうやって色音と過ごすのかということだった。とりあえず色音に俺のベッドを使ってもらって、俺は床に布団を広げて寝ればいいな。だが、部屋を区切るのは難しいから、着替えたりするのは、キッチンで扉を閉めてにするしかないな。
ところが色音はベッドに寝ることを嫌がった。遠慮しているのかな。
それでも、なんとか新しい布団をベッドに敷いて中に入った色音。
疲れていたらしくアッと言う間に眠りについた。
安らかな寝顔を見ていると、素直に可愛いなと思う。
知らない地上で、きっとずっと緊張していたんだろうな。
俺は……ドキドキして眠れない……かと思いきや、ベッド横に敷いた布団に入った途端、直ぐに眠りに落ちてしまった。俺も緊張して疲れていたらしい。
昨日の雨が嘘のように晴れ渡った翌日。
朝日が部屋に差し込んで、心地良い温かさに包まれる。いや、違う。この温もりはなんだ?
俺はガバリと起き上がった。
横には気持ち良さそうな色音の寝顔。ぬくぬくと俺の布団にくるまって幸せそうに寝ている。
「え! なんで!」
思わず上げた俺の掠れた声に、ようやく色音が目を開けた。
もにょもにょと目をこすりながら俺を見上げる。
「おはようございます」
「お、おはよう。それより、なんでここに? ベッドは?」
「ん?」
慌てふためいている俺の顔を不思議そうに見てから、直ぐ横のベッドを振り返り、納得したように頷く。
「てへ。落っこちちゃった。師匠の布団が下にあって助かりました~」
可愛い笑顔で言われたら、何にも言えなくなるだろうが。
ベッドを辞退していたのは、寝相が悪かったからか!
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