第二九話 バカホント

《前回までのあらすじ》

・ジュリア。


 そんなこんなで再び朝が来た。

 あんなことがあったのに普通に授業するらしい。それでいいのか?

 「今日から、ドキドキだね!」

 そう腕を絡ませて朗らかに笑いかける皐月ちゃん。

 だから誰?

 昨日どうしょうもないので牧田に縋ったところ、どうにかしてくれることになった。

 制服と、そして架空の戸籍。

 牧田家の権力は俺が思っていた以上のようだった。

 「モモがムネムネしますね」

 「鶏肉の話?」

 紫陽花まで腕を引っ掛けてきた。なんだ?俺はこれからこうしないと登校できないのか?

 しかしだ。こんな状況を———顔見知りに見られたりしたらどうなってしまうのだろうか?

 牧田やセイラに見られるといい気持ちはしない。前者ならどうにか済ませてくれるかもしれないが、後者だと面倒だな。

 そんなこんなで見渡しの悪い交差点までやってきた。

 これが普通のラブコメなら美少女とぶつかってしまうところだ。

 この場合俺はリバーシみたいな結果美少女判定を喰らうのだろうか?

 じゃあそこの曲がり角からは主人公が飛んでくるというわけだ。そんなことあり得るのか?

 ということでとりあえず進んでみる。

 両脇の二人は俺のスピードに合わせているのだ。俺が進むと足を出す。なので正直少し足取りが重い。物理的に!

 

 ———そしたら何かと激突した!


 まさかこんなことが本当に起こるとは思わなかった。

 いやそれよりもまずはとっとと謝るべきである———相手がなんであれ。

 

 ———妙に真っ赤な髪の毛が見えた!


 ———暮田紅月!

 

 となるとこれはまずい!

 奴を紫陽花に接触させるわけにはいかない!

 早く学校に向かわなければ!

 「……ってぇ……あ、桐野真一」

 「お知り合いのようですけど、なにか挨拶でもしたらどうです?」

 「ほっとけ」

 「……何かあるの?」

 「いや、何も関係ない……名前を知ってるのも偶然だろう」


 「そーんなそそくさと歩こうったって、意図はバレバレだ」


 すでにかなり距離を取ったと思っていたのに、既に前方には奴が待ち伏せていた。

 曲がりなりにも神———人の常識で測れる存在ではない!

 「———今すぐ立ち去れ」

 「そう辛いこと言うなよ、既に痛手を受けてるのによ」

 「痛手?」

 「———お前が、月枝を」

 皐月ちゃんは既に察していた。

 「あぁそうさ。まぁ当初の目論見は外れちまったけどな」

 「「「当初?」」」

 というかもう無理そうだな。

 そもそも隠し通そうと言うのが無理な話のようにも思える。

 

 「元は桐野真一、お前を性転換させるつもりだったんだが———まさか桐野笹由が引っかかるとはな」


 「……なんの目的で?」

 どんどんと奴に距離を詰めていく紫陽花!

 特に表情を変えていないものの、圧のようなものが確かに感じられる!

 「下がれ紫陽花!」

 しかし止まる気配はない!

 これはまずいことになったぞ……一体どうすればいいんだ……?

 

 「———決まってることさ———ギザ歯女の需要は想定された以上に高い。それを使ってこいつを魔性の女に仕立て、そして心も体も男に戻れなくするのさ」


 ……ん?

 あ、これ俺の方がやばかったやつ?

 「……なるほど」

 足を止める紫陽花。

 「わからんでもありませんね」

 「私もそうだもの」

 「だろ?」

 なぜか意気投合する三人!完全に孤立するからやめてくれ!

 「てなわけさ……まぁしかし男としての筋力を奪ったってのは、お前らにとっちゃ大きな痛手じゃないかな?どちらにせよ、ってことさ」

 「くっ……許せ!」

 「喜んでんじゃないよ」

 「……今は見逃してあげましょう」

 紫陽花の目を見ると、どうにも余裕のようなものが感じられる。

 てか鼻息も荒い!割と傲慢!

 「いずれお迎えに上がりますよ、お姫様」

 「虫ケラが何を言う」

 「こりゃ手厳しいや!とっとと立ち去るに限るな!ハハハ!」

 そうおどけながら、暮田は瞬時に消えた。

 しかし何やら残念そうに皐月ちゃんは見つめていた。

 浮気か?

 「礼を言い忘れた」

 「おい」


 「飯部皐月です、よろしくお願いします」

 そう頭を下げる皐月ちゃん。

 やはり武道に生きていた人間。

 立っているだけで様になる。

 「かわいいな」

 「胸が疼く」

 「食べたい。脚とか」

 クラスの男子たちも彼女に釘付けのようだった——比喩じゃないのか⁈

 「……結局どういう関係なの」

 藤崎がこそこそ聞いてきた。

 「……遠い親戚」

 「そっかぁ」

 目の下にはしっかりと隈がある。そんなことで悩むな!将来に悩め!

 「それじゃあどの辺に座ってもらおうかな」

 先生が彼女を案内する。

 代理の先生はやたらムキムキ七三分けの男である。

 これまで一切触れてなかったので触れておいた。そんなタイミングではない。 

 「私、あの目つきの悪い人の隣がいいなって」

 あたかも初対面かのように俺を指差す。

 怖いので紫陽花を見る。

 ——まるで姉みたいな瞳!育ててもらった恩はどうしたんだ⁈

 「そっか、桐野、大丈夫か?」

 「あ、あぁ、はい」

 「よろしくね!桐野くん!」

 「あ、うん……」

 第一話を始めるみたいに寄るな!次回で三十話なんだぞ!

 

 「——そしてそれは私のリスタート!」

 

 ガラスを割って人影が飛んできた!

 ——ジャージ姿の真っ青な侍!

 「やはり!仕切り直しにきましたか!」

 「そりゃそうでござるよ、なんとかして桐野紫陽花を奪わねばなりません」

 刀を携える月枝さん。佳境だ!ただただ収拾つかなくなってるだけの気はするが!

 「私を男に変えるおつもりで?」

 「それでも暮田さんはいいと言ってましたが」

 「器の大きさには感嘆しますね」

 月枝さんは刀を教室でぶんぶん振るう!

 逃げ惑う生徒!まさに無敵の人。

 「神聖な学び舎に!なんてこと!」

 そして飛び回る紫陽花!お前もお前だよ!

 「どうしよう桐野くん!早く逃げなきゃ!」

 「中盤も中盤だよ?」

 全体のストーリーラインができているかどうかは別として。

 「こいつ……できる!」

 紫陽花が珍しく押されている……そんな強かったのか?精神的なデバフが強すぎるだろ!

 「とにかくあなたの全てを、いただくでござる!」

 どうすればいいんだ?

 ———今俺にできること。

 ———あのひとつしかない。

 「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 「真一さん⁈」

 俺は月枝さんに向かって行った!

 「な⁈なんでござるか⁈気でも狂った⁈」

 無謀でしかないことなんてわかっている。

 だが!

 こうでもしなければ、紫陽花を守ることなどできない!


 ——ん⁈

 ——あれ⁈

 ——やはり、守る⁈


 そんなこと考えてると。

 何やら腹に激痛が走る!

 「ガッ……」

 見てみると、月枝さんの刀が突き刺さっていた。

 想定はしていたが、やはり痛い!

 「だから言ったじゃん!」

 月枝さんはやはりというべきか、怯えている。この人こういう仕事向いてないのでは?

 「——消す」

 そう呟くと紫陽花は月枝さんに向かっていく!

 だが駄目だ!

 「いい!紫陽花!」

 「しかし!」

 「——お前を傷つけさせるわけにはいかない」

 「えっ……」

 即座に止まる紫陽花!お前もお前でちょっとなんか丸くなってないか⁈

 

 ——ここからだ。目的は——!


 俺の身体が変化を迎えていることはすぐにわかった——だんだんと全く別種の肉付きが起こっていく。

 

 「——き、桐野くん……」

 そして相変わらずヒロイン面の皐月ちゃん。

 第一話じゃないんだから!もう一冊の本になるレベルだから!

 「「わ、わぁ……」」

 言葉を失う月枝さんと紫陽花。


 ——やはり。想像通りだ。


 俺の身体は——ギザ歯巨乳褐色お姉さんになっていた!


 「な、なんでござるか!そんなもの!」

 月枝さんは気丈に振る舞うものの、しかし何やら興奮しているのが見てとれた。

 「だったらなんでそんなに頬が赤いんだ?」

 俺は近づいて顎をクイっと動かした。

 「そ、それは……」

 「可愛い顔をしている……」

 「そ、そんな……」

 「紫陽花!」

 「承知!」


 紫陽花のかかと落としが月枝さんの頭を襲う!


 「——ガッ……まぁ……ラッキー……」

 そのまんま月枝さんはバッタリ倒れた。

 俺の身体も元に戻る。

 「流石ですね、真一さん」

 「いや、あいつのおかげだよ」

 「だろ」


 ——え⁈


 気づけば側に暮田が立っていた!

 「お前!なんで!」

 「神様舐めないでほしいな、別にやろうと思えば好きにできるのさ」

 「——なんだ、なんの意味が」

 「単純なことだよ」

 「なんだと⁈」


 「——よくよく考えたら、紫陽花攻撃したらアレだからよ——まぁお前を誘導できていいオカズを手に入れられたから良かったぜ」


 ——なるほど。

 ——ん⁈

 ——ちょっと待て⁈


 「お前!俺で今晩シコるつもりか⁈」

 「ん?うん」

 「軽い!」

 「「やはり……同類か」」

 やたら息の合った二人!

 「それじゃ俺は彼女を送って帰るぜ」

 「おい待て!おい!待てって!」

 「また会おう、褐色お姉様」

 暮田は月枝さんを持ち上げて消えた。


 ——やはり。


 ——悪人ではない。

 ——ど変態ではある。

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