第二六話 赤い月を見たか

 《前回までのあらすじ》

 ・そっか、じゃあ教えてやるよ。


 あれからなんだかんだで北極からその日のうちに帰ってくることができた。

 理屈?

 愛だよ愛!

 「はいこれ土産」

 「氷」

 紫陽花にクーラーボックスを渡す。

 中を開けると、そこには大きな氷があった。

 「北極でとってきたんだ」

 「はぁ……よくわからないですけど、ありがたいです」

 相変わらず無表情だが。

 なんかこう———眼差しが熱を帯びていた。

 いつも通りだ!

 「それより、今日私ベトナム人と戦ったんですけど」

 「ギク」

 「……問い詰める前にボロを出さないでくれませんか」

 「いや、その人の自転車にちょっとぶつかって、揉めたんだよ」

 「ふぅん、にしては妙な術を使っていましたが」

 「そういう部族の人なんだよ」

 「本当ですかね」

 なんかジトっと見つめてくる!

 まずいことになった!

 「まぁ、いいじゃないか!別に何もなかったんだから!」

 「まぁそれはそうですけど……でもその人、すぐに消えちゃいましたよ」

 「へ?」

 「私も揉めたんです」

 つい肩を掴んでしまった!

 「それを先に言えよ!」

 「……珍しいですね、そんな顔で見つめるなんて」

 「……いや、なんでもない」

 「いけずぅ〜」

 無表情で指だけツンツンしてくる。

 何この人⁈

 「まぁあの程度では、私に敵対していようが、問題ないので。ご安心を」

 「何の安心だよ」

 「私が欲しくなった時に」

 「やめなさいよ……」


 そんなこんなで自室で寝ることになる。

 しかし当然寝られはしない。

 紫陽花を狙ってきた刺客。

 それは初めてだ———それに、彼女を狙うということは、者ということだ。

 まぁ当の本人はぐーすか寝ているんだが。

 こんな状態で———過ごせるのか⁈


 するとその時、窓から何やら紙が飛んでくる!

 怪盗の予告状のように、くるくるくると飛んできて、サクッと床に突き刺さる!


 クソッ!窓を開けとくんじゃなかった!


 「んあ、だめ、しんいちさんっ」

 「何でもかんでもそれに変換するんじゃないよ!」

 全く起きる気配のない本人に一応毒づきつつ、その紙を確認する。

 

 しかし恐ろしいことに、全く何が書いてあるのかわからない。


 真っ赤な墨で書かれていることはわかる。漢字で書かれていることもわかる。しかし———脳が理解することを拒絶している!

 何だコレ?ミステリー!

 

 「———神の文字、じゃな」

 「何か知ってるのか?」

 影から蛇神が全身を出してきた。

 ということはつまり、それほど重い事態、ということだ。

 胃が荒れそう。

 蛇神は飛んできた紙を拾って、読む。

 するとだんだんと表情を歪めていき、そして最終的に紙を握りつぶし始めた。

 「待て待て待て」

 「———こんなふざけた真似、許しておけん」

 「何なんだ、何が書かれてたんだ!」

 

 「———案内じゃよ、お主に今すぐとあるバーに来い、とな」


 「———ってことは、なんだよ」

 「お前に宛てた手紙じゃ」

 「なんだよ、じゃ何でグシャグシャにすんだよ」

 

 「———はぐれ神の文字じゃ」


 「はぐれ神?」

 「土地を持たぬ代わりに、自由な行動が可能になっておる。ただし、より人間に近い存在と化しておるがの。そしてその結果、本人の神性の証明となる文字が読みづらいものになるんじゃ。まぁ簡単に言えば、わしらの中のろくでなしが手紙をよこしてきた———というわけじゃ」

 「はぁ、それが?」

 「あいつらはな、倫理的なことが行えるとは思わん方がいいぞ」

 「———思ったよりもろくでなしっぽいな」

 「じゃから関わらん方がいい。さっさと寝ろ」

 「———だが待てよ、こいつがだったらどうする」

 「———!」

 頭にあの少女がよぎる。

 まるで俺を狙っているかのようだった。

 

 それはつまり———紫陽花を狙っている、ということだ。


 「———行くつもりか」

 「あぁ、とにかく理由を聞かなきゃならねぇ」

 「相手はろくでなしじゃぞ!」

 「お前がいるから大丈夫だ」

 「ったく———戦うことは避けろ。やばくなったら逃げの一手だけじゃ」

 「わかってるさ」

 ということで———そのバーまで向かうことになったのだ。


 そして駅前の辺りで、そのバーを見つける。

 赤煉瓦造りの、小さな小綺麗な建物だ。

 「———今思ったんだけどさ」

 「なんじゃ」

 「俺大丈夫?」

 「———お前、鏡で顔を見てみろ」

 「え?」

 手鏡を用意して、自分の顔を見てみる。


 ———そこにいたのは、爬虫類みたいな顔した、強面の男だった!

 年齢も二十歳は余裕で超えているように思われる。


 「ははは何だこいつ、岡本信彦の声がしそうだ」

 「お前じゃぞ」

 「マジかよー……まぁいいや入れるからな」

 「———それさえ見越していたんじゃないのかの」

 「———中々の曲者と見た」


 店のドアを開けると、シックな空間が広がっていた。

 カウンター席に、テーブル席が二つ。


 ———そしてその奥には、何やらピアノが置いてある。

 そしてそこでは、演奏が行われている最中であった。

 ジャズのメロディーだ。

 かなり即興で演奏しているようなイメージだが———そのひとつひとつは丁寧に繋げられており、元々一つの曲であったかのように錯覚させられる。

 弾いている男は、真っ赤な髪の毛を長めに伸ばしている。

 顔は演奏中前屈みになっているため、うまく確認できない。

 ———だが、もうすでに彼が何者かはわかったようなものだ。


 「お客さん、何頼む?」

 しまった!席に座るのを忘れていた!

 俺は急いでカウンター席に座った。

 「おまかせで」

 「———そんなに暮田さんが気になるかい」

 「くれたさん?」

 「あのピアニストの人だよ、暮田紅月くれたこうげつさん」

 「えぇ———見事な演奏なので」

 「あの人あんな上手いのに、飲み屋の流ししかしないんだよ。まぁジャズバーとかで引っ張りだこだから稼げてはいるらしいんだけど」

 「———自由人気質、なんですかね」

 「かもねぇ」


 ———そのとき演奏が終わる。

 男は客に一礼したのち、俺の隣に座った。


 「よぉ———桐野真一。いや、、というべきかな?」

 顔も見ずに、俺に向かって、さも前から知り合いだったかのような図々しさで話しかけてきた。

 ———コイツ!

 「初めまして暮田紅月———あんた、何でそのことを知っている?」


 「———知りたいよなぁ?」


 頬骨がこけた、真っ白な顔だ。

 しかし顔のパーツひとつひとつはしっかりと整っており———特に真っ赤な瞳がよく目立つ。

 

 「聞かせてもらおうか」

 「お前の同級生に聞いたんだよ、夜の仕事をバイトでしてるらしくてな」

 「———中学の!」

 「あぁ、お前有名だったらしいな———割とモテる強面くん」

 「———そんなことはこの際どうでもいい。なぜ俺をここに呼んだ」

 「せっかちさんだ———じゃあ単刀直入に言わせてもらおう」

 「———なんだ」


 「———紫陽花を貸して欲しいんだ」


 「貸す⁈」

 なんだ?

 しかし———彼女を求める理由はわかる。

 彼女は貴重な半妖だ。その力で何かを成し遂げようとしても、何もおかしくはない。

 「———なんの理由だ」


 「決まってんだろ———夜の相手だよ」


 ———次の瞬間。


 ———俺は奴の顔面をぶん殴っていた。


 奴はカウンター席から倒れ———その場に転んだ。

 「お前、もういっぺん言ってみろ」

 「ってぇな———わかるぜ?その気持ち。でもよぉ、俺だって悲痛な理由があるんだわ」

 「———なんだと?」

 暮田はスマホを操作して、俺に見せてきた。


 ———それは———行ってしまえば残骸だった。

 女性が裸で膝を立てて寝転んで、尻を見せるように向けている写真、と言えばわかるだろうか。

 だが———は正しくなかった。


 ———二つの穴は———ぽっかりと、もはや元々閉じていないほどに、蹂躙され尽くしていたのだ。


 「うっぷ」

 流石に吐き気がしてきた。

 もはや人を人でなくさせてしまっている。

 「お前……こういう趣味なのか」

 「いぃや、そんなはずがないだろ」

 「じゃあなんで……」

 「———俺だって人間に近い存在ではある、性欲だって湧くさ。そんで俺、このルックスだろ?女の子は寄ってきてくれるわけさ」

 なんかイライラするな。

 もう一発殴ってやりたい。

 「みんな俺のこと満足させようと頑張ってくれるわけじゃないか———だから俺もそれに応えて、全力でお互いに気持ちよくなろうってするわけさ」

 ———まさか。

 「———だがどれだけそういうのを魅力として持っている女でさえ、最終的にはみんなこうなる。互いに限界まで行った結果、彼女たちだけぶっ壊れて、もう二度と人前で身体晒せなくなっちまった」


 「———つまり、お前は壊れない夜の相手として、紫陽花を求めている、ってわけか」

 

 「あぁそうさ———お前が反論するのもわかってたさ。だが安心しな、お前の夜の相手も俺がしっかり———」


 ———二発目が、奴の顔面を捉えていた。


 より遠くに吹っ飛んでいく。


 「ちょ、ちょお客さん?」

 「痴情のもつれです」

 「そうか……なら仕方ないな……」

 そんなに寛容でいいのか、とも思ったが。

 だが、この怒りは収まるところがない。


 「———次しゃべれば、道具を出すぞ」

 「道具ねぇ———三流の神に何ができんのさ?」

 

 「なんじゃと⁈」


 蛇神が顔を影から出した。

 「蛇神!引っ込め!」

 「よぉ御業流命、相変わらずみすぼらしい」

 「失礼な!!!こいつ———ん⁈まさか貴様、血濡凝神主ちぬれこごりかみぬしか⁈」

 「なんだ?知ってんのか?」

 「血の神———主神に近い存在のはずなのに、なぜこのようなことに⁈」


 「飽きたのさ」


 「「何⁈」」

 「神として生きることにな———人として生きる方が刺激的でいい、今みたいにな」

 「お前、殴られてもなんとも思ってなさそうだな」

 「あぁ———俺には思春期なんてなかったからな、それを味わえるのはいいもんだぜ」

 「———何しても、お前にとっちゃ楽しいゲームってことか?」

 「あぁそうさ、勝とうが負けようが、俺には楽しいことでしかない」

 すごく乾いた笑みを見せる。

 俺が何をしようが、こいつを楽しませることにしかならない。

 そんな、全能的な笑み。


 「———じゃあ俺は、一旦ここで帰ることにするよ」

 「真一!」

 「変わらず刺客は送ってくるんだろ?」

 「あぁ———あれは駒だ。変則的な動きしかできない奴らだがな」

 「———お前を楽しませないよう頑張るよ」

 「何ゲームに本気になってんだよ」

 「うるさい!元はと言えばお前が———」


 「———じゃあなんで、あんなに拘るんだよ」


 「———何?」




 「そもそもお前はあいつに諸々奪われて、今や軟禁されてるみたいなもんだ———なのになんでお前は、あいつのために、そんな真似をしてるんだ?」




 「———そ、それは———」

 

 「答えられないなら、お前はとっくにあいつに対して、何かしらの甘〜い感情を持ってることになるけどな?」


 

 俺にとっての、紫陽花———!

 俺の、許嫁———屈服相手———だが、その屈服って、なんなんだ?

 

 俺にとって、彼女は、なんなんだ———⁈


 俺は咄嗟に、置かれていたカクテルを見る!

 真っ赤な、短いグラスに少量のカクテル。

 「安心しな———俺の奢りさ」

 そうケラケラと暮田は笑ってみせる。


 グラスをつかむ。

 俺はそれを飲み干した!


 「真一!」

 「失礼しました、こんな夜間に」

 「あ、あぁ……またどうぞ……」


 考えても仕方のないこと。

 ———こっちが考えるべきは、あいつのことだけだ。紫陽花のことじゃない。


 ———なんだろうが、守るのが今の俺の考えだ。それを貫いた後、色々考えればいい。


 ———できることを、やるだけだ。


 ———てかあんまり店驚いてないな……?

 ———元々そういう店⁈

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