第二五話 ワンコロリン

 《前回までのあらすじ》

 このお菓子うまいな……


 いよいよ前が見えなくなってきた。

 ここまで唾液で顔をぬらしたのは初めてなのだ。

 「ハッ!ハッ!」

 目が普段よりも煌めいていたのは言うまでもない。 

 犬だから。

 「おい、どうするんじゃ」

 影から声がする。

 「いやぁ……」

 「まぁこれでよーくわかったわ」

 「何が」

 「ということじゃ」

 「えぇ?」

 何か俺したか?

 「お前を人質に取れば紫陽花はどうしようもないじゃろう」

 「あぁ……」

 そういえばそうだ。

 桔梗さんに襲われそうになったとき、即座に土下座をした。

 恐れている存在に対して一発蹴りを入れた上で、である。

 「……まずいな」

 俺次第、というわけか。

 しかしそれはそれとして。

 「キャウ〜ン」

 この大型犬をどうするかだ。

 

 「何で僕が呼ばれたんだ?」

 そう牧田が不機嫌そうに言う。

 場所は近くの市民公園だ。妙に広いが遊具らしい遊具は全くないので子供は見えない。

 「俺がセイラが犬になったって言っても聖護院は動いてくれないだろ?」

 「……なるほどね。即座に動かせるのは僕だけってわけだ」

 公園を封鎖しないと、周りの目が問題になる。

 聖護院家の一人娘がこんなことになっている、と言う事実。

 しかし一匹の人懐っこい犬であることも変わらない。

 そのためちゃんと遊んでやらねばなるまい。

 じゃあなんで石吹間にいないのかという話なのだが。

 連れて行った途端に全身を逆立てるように拒絶したので無理だった。

 動物虐待はいけない。


 牧田に頼んで公園を実質閉鎖してもらった。

 「……本当にお前が催眠したんじゃないよな?」

 「誰がこんなことするんだ」

 「いや……奴隷だし……」

 「それはそうかもしれないけども」

 未だに怪しまれる。

 なんでだろう。

 「ハッ!ハッ!」

 当の本人は行儀よく待ての姿勢でそこにいる。

 何かをもらえると期待していることを隠そうともしない見上げる瞳で。

 「……さてどうしたものか」

 「とりあえずボールでも投げてみたらどうだ」

 「そうだな」

 蛇神、と呼ぼうと思ったが違和感に気づいた。

 「お前何で出てこないんだよ」

 影が小さくふるえる。

 「……面倒だからの」

 そう言うと、ボールを影から投げてよこしてきた。

 「なんでだよ」

 「さ、さぁ、ね」

 牧田が眉間にしわを寄せていた。

 この二人が一対一で会ったことはなかったはずだけども。

 「ほら、投げてやれよ!」

 とりあえず遠くに向かって投げてみる。

 するとセイラは器用に四足歩行で走り出した。

 かなりのスピードだ。

 筋肉の使い方も催眠で変わっているのかもしれない。

 そして口でくわえて戻ってきた。

 瞳からはもう一回してほしいという気持ちか光りとしてにじみ出ていた。

 そしてそれを何回か繰り返す。

 そろそろ手が痺れてきた。

 こんなことして何が楽しいのだろう、と動物好きを敵に回すような思考に至る。

 「なぁ、これをずっと繰り返すのか?」

 「そろそろ肩疲れてきた」

 セイラはまた戻ってくる。

 懲りずに例の輝きを目から放ち続けている。

 「どうしようこっちがきついばっかりだ」

 すると影から何かが飛んできた。

 骨を模したような、にしては妙に弾力を感じる変な物体。

 「……犬用ガムか!」

 セイラに向かって投げる。

 案の定セイラは飛びついて食いついたまま離れない!

 「これでしばらく休めるな」

 「さてと夜どうするかを考えないと」

 「……よく考えたらそりゃそうだな」

 桐野家は使えるわけがない。

 かといって石吹間も不可能なのだ。

 「あ、あ、あぁ〜〜〜〜〜〜ッ!」

 「……ないんだな」  

 「ペットホテルでもとるか」

 「無理だろ」

 「さてどうしたもんか」

 「……なんなら僕が匿っても……」

 「本当か!!!」

 「別に一人だし……」

 牧田の手をとった。

 「ありだとう、ありがとう……」

 「そんな感謝されるようなことじゃ……」


 「おい!!!見ろ!!!」


 そう影からけたたましい声。

 

 「「どこを?」」

 そうふたりして言って周りを見渡す。

 するとすぐに異変に気づけた。


 


        ●


 ホアン・テイ・リエンはベトナムからやってきた少女である。頭こそ良かったものの経済的な事情により早くから働かざるを得なかった。

 しかしその点でも彼女にはアドバンテージがあった。

 生まれつきある目の存在である。

 彼女の目は特殊な虹彩の関係により、暗示をかけることができた。

 その力で彼女は数多くの裏の仕事をこなし家族を養っていたのだが。

 現在彼女はアクシデントに見舞われていた。

 

 (なぜだ……なぜ姿を見せない?)

 彼女は昨日催眠にかけた和菓子屋の周りをうろついていた。

 桐野真一は自分が誰から頼まれたのかを最優先で知りたがっているはずだ。

 しかし姿が見えない。

 時間も放課後の五時。

 交渉のイメトレを二時間みっちりやった上でのこの仕打ちであった。

 (どういうことだ?……まさかトラブルがあったのか?やはり犬は少し元気すぎたか……)

 そうひたすら思考を続けていると。

 

 「変な人がいますね、大将。注意しますか?」

 

 着物姿の、小さな体躯の少女。

 その声はさんざん聞かされた。

 匂いも姿も、全て熟知した、今回の仕事の最大の危険分子……桐野紫陽花であった。

 (クッッッッソッ!!!)

 「昨日もいたんですよ。なんか真一君ともめてた感じで」

 「なん……です……と?」

 背中しか見えなかったが、何か気迫を纏っていっていることだけは分かった。

 (や……やるしかない!やらないとやられる!)

 案の定、というべきか紫陽花は振り向いてホアンに向かっていく。

 その瞬間を、極限状態の彼女は逃さなかった。

 妖しい光が紫陽花を照らした。

 「なっ……」

 そのまま紫陽花はその場に倒れる。

 (やった……やったぞ……ククク……おびき出して脅す手間が省けたぞ!後はこいつを紅月こうげつさんに引き渡せば……)

 と思った矢先。


 紫陽花が飛びかかっていた。


 油断しきっていたホアンは対応できない。

 そのまま紫陽花の蹴りにより、ホアンはぶっ飛ばされた。

 その威力、ぶつかった壁に埋まってしまうほどであった。

 (やはり……ダチョウは逆に頭が悪すぎたか……畜生……)

 そしてホアンは失神した。


 「はっ!私は何を!」

 紫陽花はしばらくくるくる回っていたが、そのうち目が覚めたようだった。

 ホアンの暗示の解除条件は、彼女が気を失うことだったのである。

 ということでこの瞬間必然的に解決するのだが。

 一方はこのとき……。


        ●


 俺は今北極にいた。

 セイラが逃げ出して、その後痕跡を追っていくと、海を犬掻きで渡り、北極にまで行っていることがわかったのだ。

 牧田家の全面協力の下、俺は船により、宇宙よりも遠い場所に降り立ったのだ……。

 「寒っっっっっっ!!!!!」

 牧田が何重にもコートを着て着ぐるみめいた姿でふるえている。

 「俺は……行かなくちゃいけないんだ」

 「わかったよついてくよ!」

 地面が氷のため足取りが不安だ。安全靴でも少し滑りかける。

 そしてひたすらに変わり映えのしない白銀の世界を歩き続けること三時間。

 明らかに人によって開けられたであろう穴を発見した。

 「おい……まさか餌の魚を求めて……」

 「いや、そんなはずはない!呼べば来てくれるはずだ!」

 大きく息を吸う。 


 「セイラァァァァァァァァ!」


 すると穴から何かの人影が迫る!


 「キャウ〜ン!」


 セイラが、一糸纏わぬ姿で穴から飛び出した!

 大きなバストがよく揺れる。

 「ハハハ!ほらな!」

 飛びついてきて、そして俺にじゃれつく。

 「そんな……こんなこと……ありえるのか!」

 「愛だよ」

 「愛……」

 「愛が熱になって、命をつないだんだ」

 「あったかい、愛……」

 すると、牧田が妙に恥ずかしそうにし始めた。

 「……わからないよ」

 「何が?」

 「受けたことが、ないからかな」

 「そっか、じゃあ教えてやるよ」

 「えっ」

 俺は牧田を抱き抱えた。


        ● 


 「……あれ?私は何を?」

 セイラはついに目を覚ました。

 そしてやがて異変に気づく。

 「さ、寒い……で何で裸?」

 すると、前方が妙に熱気を持っていることに気がついた。

 そして見てみると。


 真一と牧田が、熱くキスを交わしていた。


 「ふ……ふ……二人っきりって、言ったじゃないですかーーーーーーッ!!!」

 

 桐野桔梗は自室で茶を飲んでいた。

 すると何かの勘が走る!

 「……真一君からエッチの波動を感じる」 

 

 

 

  

 

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