第二四話 しっぽを振るご主人様
《前回までのあらすじ》
ジャイ○ン?
あれからどうなったか、みなさん知りたいだろう。
桔梗さんはいる。
元気にいる。
笹由さんは桔梗さんの前だとどんな感じなのかと思ったが、晩飯時になってみると。
『醤油とって』
『ほれ』
思った以上に普通の夫婦だった。多分変態同士落ち着く何かがあるのだろう。
後、寝るときになったら毎回、
『さみしくなったらお義母さんのとこにいらっしゃいね』
とすごく優しい顔で言われている。
どれだけの卑しさが隠されているのだろう。
まぁそれ以外には思ったよりも何にもなく、時間というのは何気なく進んでいくものだとか悟り始めていた。
『すいません、お会いしてよろしいですか?』
そうセイラからメールが来るまでは。
考えてみると、彼女と全く会っていないことに気づいた。
まぁ会っていないと言っても一週間かそこらの話だ。
しかし問題は俺の感覚ではない。彼女がどう思っているのかということでしかないだろう。
いつも会うときのように校舎裏に向かうと、彼女はいつも通り、綺麗な正座で待っていた。
「……お久しぶりですね」
「……あ、ああ」
声に何かしらの感情が付与されていることを見逃すことはできなかった。
重圧のような。
自分から目を逸らすなと視線を固定するかのような。
「……いや、ごめんな、あんまり会えなくて」
「……私も忙しかったですし、ご主人様がそうだったのも認めます。ですが」
ですが。
「私と二人っきりで出かけたこと……今までに何回ありましたでしょうか」
「え、ええ」
数えてみる。
個室焼き肉で一回。
レストラン貸し切りで二回。
そして。
……そして?
「あれ?……こんなもんだったかな?」
「そうです。まだ二回しか、二人っきりで、出かけていないのです」
「……あ、あ〜、あ〜」
セイラがうって変わって、優しい笑みを浮かべた。
「本日……空いていらっしゃいますよね?」
「あ、ああ、はい!」
これじゃどっちが主人なのか分からんな。
昼食を終え、トイレに向かうと蛇神が影から出てきた。
「本当に情けないぞ」
「仕方がないだろう」
「まぁそれはいい……伝えないのはまたしても異変が起こっとるということじゃ」
「というと」
「……桔梗や野貴腐のような種類ではない、おそらく全く別の怪異的存在がこの町に何人か潜りこんでいる」
この町、仙台に。
みんな忘れてると思う仙台に。
「……それがなんだってんだよ」
「狙いが半妖だったとしたら?」
「あっ!」
半妖。
……桐野紫陽花。
「先日のあの気の量、奴らを呼び込むには十分すぎる。あの力を狙うものがいてもおかしくあるまい」
「……どうにかできんのかよ、俺に」
「さぁな」
「さぁって」
「言っておくがあの女は多分誰にも負けることはないじゃろう、別にあの女の心配をしとるわけじゃない、わしらじゃ、問題は」
「……奴らと屈服の際に鉢合わせする可能性があるってことか」
「そうじゃ。じゃから用心せい。わしもなるべく備えておくからの」
そう言い残すと蛇神は戻っていった。
面倒なことがダブルでやってきた気分だ。あんまし楽じゃない。
みなさん疑問に思っていることがあるだろう。
『最初の頃、紫陽花といっつも下校してたけど結局今どうなの?』
というのがあると思う。
結論から述べる。
あいつは割と忙しい。
稽古が帰ってからすぐある日とそうでない日があり、そうでない日はしつこく俺が帰るまで居残っているのだが、逆にそうである日は俺がいなくてもすぐ帰る。
つまり、俺が思っている以上に割り切ったところのある人だったのだ。
最近見直している。
思った以上に隙がない。
だからこそ屈服のしがいがあるものだ。
そんなこんなでさっさと帰って行く紫陽花を教室の窓から眺めた後、校門に向かうとセイラが立っていた。
「待ったか?」
「いえ別に。私も今来たところでしたので」
「で、これからどうすんだ」
「ふふふ、それはですね……」
「……まさかここの商店街をまわりたいとはな」
みんな大好き商店街。
あのカラオケがあったりあの金物屋があったり、完全復活した和風カフェがあったりする。
割とお世話になっている。
「あのときは、二人でいられませんでしたから」
確かに。
そう考えると、景色も新鮮なものになってくる。
人といるということは、それだけ世界を変えてくれるのだろう。
「あ、お団子食べたいです」
和菓子屋の看板が見えてきた。
団子を店の中で焼いているのが見える。
確か随分な老舗で、この辺で渡すお菓子と言えば大体あそこのものだったはずだ。
最近主人が変わって店先で焼きたての団子を売るようになったいうな。
「俺おごるよ」
「いいんですか」
「埋め合わせとはならないけどさ」
「ほんとですよ」
「ごめんて」
見てみると、別に団子は並んでいない。どうやら注文してから焼いてくれるようだ。
がたいのいいあんちゃんが店先にいた。
「すいません、みたらし二本ください」
「毎度」
声は小さかった。
やがて手際よく団子が焼かれたれを塗られ、そしてこちらに手渡される。
香ばしい香りがたまらない。
「わぁ、美味しそう」
「熱い内に食べた方が良さそうだ」
食べてみる。
思った以上に団子はもちもちしていて、それにたれは甘さが控えめだった。
思った以上に好きな味だ。
「やっぱり上品ですね、和菓子は」
「なんだその全く食べてないような口振りは」
「いえ。私母がアメリカ人でして、あんこが苦手なんです」
「はぁ」
「それで和菓子はみんなあんこだって決めつけて、一切家では出さなくしたんです」
「それはひどい」
「私からしたら、お前が出すお菓子の方が甘すぎて耐えられないって感じなんですけどね」
「それもひどい」
「……本当ありがとうございます、おごってもらっちゃって」
「いや、あれだけしてもらったのにこれだけしか返せないってのもあれなんだけど……」
「……じゃあ、もう三本ずつ、違う味で、お願いできますか?」
彼女は綺麗な長い指で三を作って見せた。
「もちろん」
再びがたいのいいあんちゃんの元に向かう。
「あんこと醤油ときなこ、全部二本ずつ」
「まいど」
すこし大きくなっている気がした。
やがて手渡される。さっきよりむしろ速い気がする。そういうもんなのか?
「……さっきより速いですよね」
「どういうことなんだろ」
「とにかくいただきましょう」
「ああ」
「美味そうだなぁー、それ」
妙にしゃがれているのだが、その上で甲高い声だった。
異質なのを声だけで与えてくる。
声のする方を向くと、そこには少女がいた。
しかし少女という割に身につけているのは大きすぎるコートだった。フードまでかぶっているため顔も分からない。
少女と判断したのも、声からそう見ただけだ。
「三本ずつあるしよぉ、分けてくれよ」
「……どうする?」
「私あげますよ」
「いや俺があげるよ」
「わかりました」
「どれがいいお前」
団子をその少女に見せる。
「その粉がくっついたやつ」
「きなこ知らないのか」
「日本出身じゃないんだ」
「へぇ」
団子を手渡そうと彼女に近づく。
するとフードを急に上げた。
「こんな目持ってるのが一番の証拠さ!」
色黒だった。それに目元は割と彫りが深く、確かに日本人のそれではなかった。
瞬間、彼女の目が怪しく光った。
「ご主人様!」
セイラが俺を押しとばした。
激しい光がセイラを貫く。
「せ……セイラ!」
セイラはその場にぐったりと倒れた。
俺はセイラに駆け寄った。
脈などは正常なようだったが、気を失っている。
「なんだと……やばいな……ミスっちまった……どうしよう……このお菓子うまいな……」
例の少女は団子を食いながら焦っているようだった。
「お前!一体何を!」
「呪いの一種さ。暗示のようなものを、私は生まれつきの目で行える。まぁ負担かかるから今日はもうやらないよ」
「……暗示」
「まぁあんたならなんとかできるだろうね。影でわかる」
影……!
こいつが!例の!
「……セイラは、無事なのか……?」
「まぁ健康ではあるよ、暗示なんだし。今日はももうずらかるけど、また来るから。そのとき反撃でもなんでもしてくれよな」
この外人少女、早口でまくし立てる癖があるようだった。
にしても達者な日本語だ。
にしても妙にさっぱりとしている。
「おい、最後にいいか」
「なんだよ」
「…………お前、誰かに雇われてるな」
「……だったらどうする」
「後日反撃して聞き出すまでさ」
「おもしれぇ、せいぜい頑張れよ」
そういうと団子を食いながら少女は去っていった。
どうやら俺は初めて、大事に巻き込まれているようだ。
「う、ううん……」
やがて奴が見えなくなると、セイラが目を覚ました。
「セイラ!」
その途端、俺に飛びついてきた。
「どうした⁈」
「ハッ、ハッ、キャウ〜ン」
犬の真似にしてはかわいげがなさすぎる。
暗示といっていたが……暗示?
おいまさか!
セイラは俺に覆い被さる体制のまま、顔を舐め始めた。
犬になる暗示だったか!!
周囲の目線が一番怖い。
がたいのいいあんちゃんは感動していた。
何で?
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