第十四話 屈服・奴隷・再出発

 《前回までのあらすじ》

 ……聖護院。帰れ。


 目が覚めたらなんかコンクリ張りの部屋にいた。

 しかもそのコンクリの床に何もなしに寝かされていた。

 何なの?

 俺なんかされるの?

 遂に聖護院家と牧田家が動いたか。

 さようならみんな。

 さようなら父さん。

 そのとき重い扉が開いた。

 「死にたくない!」

 「起きたんならはよ出てこんか」

 「蛇神!……お前何で出てんだよ!」

 「細かいことはいい。……本当に何も覚えておらんのな」

 「やっぱり何かあったんだ」


 それからことの顛末を聞いた。

 「まさか牧田家の使用人が変な気を起こして俺を指フェチにさせたなんてな」

 「それでお主が暴走したんじゃ。で食い止めるのは大変じゃった」

 「あいつに変な貸しができたな」

 「今度どっか付き合ってやれ」

 「そうすっかな」

 

 それから帰路に着いたのだが。

 

 やっぱり笹由さんは女の子のままだった。

 表向きは新種の風邪ということで通っているらしく、和室の内の一つに軟禁されていた。

 「いや、ほんとスイマセン」

 「……お前の所為でないことはわかっている!ただし、今夜はもっと激しくしてもらうからな!」

 「ありがとうございます!」

 「なんでSMが反対になるんじゃ」

 「……それで紫陽花は?」

 「台所だ」

 「一応顔見せなきゃ」


 台所には、紫陽花が一人鍋と向かい合っていた。

 調理台にはすでに刺身盛りや北京ダックなど、豪勢な料理が揃っていた。

 「お祭りかよ」

 「貴方が三日ぶりに帰ってきたんですもの。一人きりで腕を振るいもします」

 「……ああ、済まなかった」

 「珍しいですね。そんな態度」

 「一応大切な許嫁だし……」

 「嘘おっしゃい。小憎たらしく思ってるんでしょう?」

 「えぇ……」

 どっちかというと、本心がバレたよりもそれを当たり前かのように言うコイツが心配になってきた。

 「……だって、さっきの言葉は嘘じゃないってわかりますもの」

 「あ、そっか」

 「戻っておいてください。風呂も沸いていますし」

 「ああ、邪魔したな」

 ……なんか随分と穏やかだな。

 寒気がする。


         ●


 (こういうとき、とやかく言わないのが正妻というものです……)

 と彼女は内心勝ち誇っていた。

 別にあのことについて言っておいてもよかった。

 しかし、彼女はそんなこといちいち気にする人間ではない。 

 あの場にいた三人が彼の何だとしても。

 彼はおそらく自分がいたから関係があり。

 どうやったところで自分にしか帰ってこない。

 そう彼女は考えている。

 彼女は確かに『ヤンデレ』と呼ぶべき人種ではある。

 だが彼女は。

 。むしろ満ちあふれている。

 だからこそ。

 そんな人間だからこそ彼女は。

 ……

 

         ●

 

 とりあえずその夜は豪勢な食事を食べ、その後笹由さんといつもより激しいプレイをしたが笹由さんが予想外の早さでダウンしたので、割と早くベッドに入った。

 「……真一」

 そうすると、影がささやくように話しかけてきた。

 「なんだ名前で呼ぶなんて」

 「わしはな……嘘をついておる」

 「……だろうなと思ったよ」

 普段のある種いい軽さというものがなかった。

 今日一日通して重苦しい、何かを背負ったような声だったのだ。

 「……割と重大な嘘じゃ」

 「話せないってのは、何かわけがあるってことかい」

 「その人物直々に、話したいそうじゃ」

 「へー、そうかい」

 「……軽いな」

 「第一俺の記憶にないし、過ぎたことだ。気にしても何もいいことねーよ」

 「……お主は、大きい男じゃな」

 「……記憶力が悪いだけさ」

 今夜はいつもよりもどこか暗い気がした。

 

 そして朝がやってくる。

 袖を通す制服も、やたら長い校舎への道も、随分と久し振りな気がした。

 「桐野くん!大丈夫?」

 藤崎が駆け寄ってきた。目がどこか潤んでいる。

 「あぁ、なんともねーよ」

 「そっか……いや罪がバレて拷問にあってたって噂になってて」

 「オアー!」

 「……何それ?変な声」

 「……忘れてたな。口癖なんだ。昔っからの」

 「へー。やっぱり変わってるね」

 「それで何で噂なんて広まるんだよ」

 「最近、牧田会長とつながりがあるでしょ?だから主に女子から凶悪な男としての評判が高まってて」

 「何その評判」

 「割といいらしいよ。近寄れないけどかっこいいかもしれないって」

 「特殊なモテ方だなぁ」

 「まぁあんま違和感ないけど」

 「えぇ……」


 その後時間があったんでトイレに行ってみると。

 メールが届いた。

 セイラからだ。

 『この三日間、何もできなかったので何かしてあげたいと思って精進料理を持って参りました。また閉鎖いたしますので、校舎裏においでください』

 とのことらしい。

 あいつに会いたかったところだが、まぁよしとしよう。

 好意にはちゃんと応えるのが誠実な人間だ。

 俺はそうありたい。

 

 昼休み、校舎裏に行ってみると彼女はすでにいた。

 「……あのときと、逆になってしまいましたね」

 「そうだな」

 「……ご主人様、その……お呼びしたのは、そういった用件ではございません」


 え?

 どゆこと?


 「嘘の話です」

 「嘘!」

 

 いやそんなまさか!そんなことが!


 「私……ご主人様が暴走したとき、あの場所にいて、解決も手伝いました。そこで蛇神さんから、その、あの……」


 「俺が君を求めた理由を全部聞いたって言うのか?」


 「えぇ。何もかも聞きました。権力を一番に欲しがっていたこと。おもてなしが肌に合わなかったこと。そして……許嫁のこと」


 ……そうか。

 そうなると、もう俺は、ただ。

 「……どうにでもしてくれ。俺は君にそうされる罪がある」

 「でも……私おかしいんですね」

 「へ?」

 「あれだけ利用されてたってのに、ちっとも憎しみが湧かないんです。……なんでだと思います?」

 「俺に答える権利もないよ」

 「……同時に私のこと、大切にしてくれたからですよ」

 「そんな馬鹿な!」

 「だって、聞いたらそもそも屈服させるのに何も用いていないし、呼んだらいつでも来てくれましたし、あのチョーカーだって本当にそういった気持ちでやってくれたものだって気づいてました」

 「それは……」

 「そして同時に突き放してくれた。本当に奴隷として手玉に取るつもりなら、全部にそういった俺様っぽい返事をしてご機嫌をとるでしょう?」

 「まぁそうかも……」

 「でも、本当に私が駄目な返事をしているときは無視してくれた。そういうことはして欲しくないって、無意識のサインですよ。それは」

 「……そう、だったんだな」

 「本当に、無自覚ですよ。でも。だからこそ、貴方は」

 

 「私の、ご主人様なんです」


 そういった彼女の笑みは。

 いつも見せていた、あの優しさに満ちたものだった。


 「ゼイラァァァァァ……」

 セイラが俺を抱きしめた。

 「泣いてどうするんですか。もっと強そうにいてくださいよ。私が、イヤなんです」

 「……済まんな、真一」

 影が震えた声でそう言った。

 「おばえもぁるくねぇよぉぉぉ……」

 「じんいじぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……」

 「貴方まで泣いてどうするんですか。ずっと側にいたんでしょう?」

 「「おあーんあんあんあん……」」

 

 と、十分泣いて。

 放課後になった。

 あいつに会わねば、と思ったが、しかしいつもの連絡がない。あいつならいくらでも自慢してきそうなものなのだが。

 「行ってやれ」

 と影が言うので初めて!自分から!行くことにした。

 放送がないので随分とスムーズな移動だった。

 いつもの立派なドアの前で立ち止まる。

 ノックをし。

 喉を振るわせてこう言った。

 「体育委員長の津田です」

 「入りたまえ」

 ドアを開けると、そこには目を真ん丸にした銀髪の美男子……牧田光がいた。

 「……やぁ友人。今日もいい表情だ」

 「せめてうつむかないで言って?」

 「日光が苦手で……」

 「太陽を背に座ってんだろ……でなんだよ、水くさいじゃんか」

 「気分で……」

 「お前がいつもそうだから、気分で俺も来たんだろーが」

 「んんんんん……」

 やたら大人しい。

 紫陽花と同じように。

 ……何か病気してんのかな。

 

         ●


 あの時。あのコンクリ部屋に監禁された際の三日目。

 実験を終え、鎖も外から解いておき、後は二人して目覚めるのを待っていたとき。

 蛇神はずっと扉の外で待っていたが。

 

 扉がなぜかひとりでに開かれた。


 そして……マイクロビキニ姿の銀髪ロングの女性が出てきた。

 ウィッグであろうが、髪は荒れ。瞳はくまだらけ、頬もこけていた。

 「僕を……舐めるなよ」

 「さすがは牧田家の女、というところかの」

 「ははは、その通りだよ。今回の件でよーくわかった」

 「復讐する気か?早めに教えてくれ」

 「……こんな風の作戦じゃ、駄目だってことがね」

 「……!」

 「彼は……桐野真一は潜在能力の固まりだ。僕がわかるんだからよっぽどさ。鍛えれば何にでも才能を発揮するだろう」

 「でもあやつは割と平凡じゃぞ」

 「じゃない。もっと

 蛇神は、何となく理解した。

 「……そうかもな」

 「といえる。今回のような風にしたら邪悪に染まってしまったさ」

 「そうじゃな」

 「……そういったところも彼の魅力って気づけたさ」

 「勝手な人間じゃな」

 「そりゃそうさ。だって僕は牧田家のになる人間なんだから」

 「そうか」

 「ま、戯れ言になるんだろうけどね」

 「……そこまで言うとは思わんかった。お前を見直したわ」

 「死刑囚に何言っても嫌味だと思うんだけど」

 「今回に懲りて、見逃してやる。お前のことは全部言い換えて『あやつの恩人』、というところに納めてやろう」

 「ハッ!今更何を!」

 「影にいたわしにはわかる。あやつもうすぐ起きるぞ」

 「ッ……!」

 「性別もバラさんでおいてやる」

 「……何なんだよ……ほんっとに今更……」

 「家に招かれる日を待っておるよ、

 「覚えてろッ!」

 そう吐き捨てて……涙を流しながら、彼女は去っていった。

 (思ったよりも素直な奴じゃな)

 そして……割とガチで見直されていた。


 のようなことがあったので……顔も合わせられない状況だったのだ。


         ●     

 

 「……体調がよくない。今日はいい。……帰ってくれ」

 そう言われた。

 まぁ仕方ない。

 「今日までフルーツパーラーで限定のパフェがあったんだけどな。奢ってやりたかったんだけどいいか」

 と言って部屋を出ようとすると。


 何か制服の裾を掴まれた。


 「……じゃあわかった。行く」

 「休めよ」

 「元気になった」

 「じゃあ顔上げろよ」

 「……今日は……」

 「何?」


 「今日は……君が僕をエスコートしたまえ」


 「なんかお前声の色気がすごいぞ……え……何……怖……」

 「仕方ないだろう!疲れてるんだ!ほら早く案内しろ!」

 めんどくさい奴だ。

 それはそれとして。

 俺このまんま行くの?

 

 まぁいいか。

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