第七話  隷動バトル VS許婚

 《前回までのあらすじ》

 ないすぷれい。


 いきなりだが俺は肉を焼いている。

 それも個室で、霜が振り切って真っ白にも見える肉を。

 それも全て、目の前でうつむき続ける彼女が原因であった。

 十分すぎるタッパに金髪縦ロール、ハーフであることによる派手な容姿。

 聖護院セイラ。

 俺の奴隷……いや、恋人……なのかもしれない。この状況下だと。


 あの後個室で話せる場所に行きたい、と彼女に申すと彼女が電話を取り出しどこかを貸し切りにした。

 その後、彼女が呼び出したリムジンに乗せられて到着したのが、この焼き肉屋であった。

 メニュー表を見てみると、目ん玉が飛び出るくらいの金額だったが、彼女が『好きに頼んでください』と言わんばかりに献身的な表情を浮かべたので、最早頼まざるを得ない状況だった。

 「……いかが……ですか?」

 上目遣いで見つめてくる。

 忘れそうになるが、彼女はモデルや女優と言っても差し支えない見た目をしている。

 そんな美少女が、子犬のように見つめてくるのだ。

 よく恥ずかしがらずに彼女にあんなことができたものだ、俺は。

 「……悪くない」

 「ありがたきお言葉……」

 なんか彼女随分ノリノリな気がする。こういうプレイだと思っているのだろうか。

 まぁ俺の計画に何かしらの障害はない。

 「それで、本題なんだが」

 「はい」

 「人材を借りたい」

 「……いかなる人材でしょうか」

 「白樺高校の女子生徒、学年もまばらになるように、だ」

 「……いかなる用途でしょうか……」

 「試したい薬がある。女学生に対して売りさばくつもりだ。俺の力では被験体、そして売人を集められない」

 「そ……その薬は……」

 「東南アジアの方から取り寄せた精力剤だ。疲れがよく取れるというからな」

 「……なら……」

 「何だ」

 「なら私を一番最初に実験台に!」

 「待て待て待て」

 「しかし!」

 「それが偽物の可能性もある。何より、お前には健康でいて欲しい。俺のただ一人の奴隷だからな」

 「……ありがたき……お言葉……」

 献身が過ぎる。

 どうしたものか。割と身に余るものを手にしてしまったような気がする。

 

 バレるとまずいので途中まで送ってもらって。

 玄関を開けると紫陽花が仁王立ちしていた。

 「一体……何をなさっていたのです?」

 まずい。忘れていた。

 彼女なら追いかけてきていても間違いない……。

 でもそうなら焼き肉屋に突撃してきてもおかしくないな。

 どういうことだ?

 「……昔の友達から焼き肉に誘われて……」

 「ふぅん……そう……でも私に何か一言あってもよろしいのでは?」

 と、ここで気づいた。

 「携帯忘れてた!」

 「それが理由になりますか!」 

 「……なりません……」

 「まったく……帰りに校舎がなぜだか聖護院に閉鎖されてて校門まで行くのも一苦労だったというのに……」

 なるほど!

 道理で裏口から出て行ったわけだ!

 「……俺も何であんなんなったか知らないんだけど」

 「私も知りませんよ。興味ないし」

 ……そうか、こいつは周りに何があろうと興味がないんだ。

 俺が関わらない限りは。

 「……今日はお茶漬けにしてくれないか」

 「まったく、しょうがないですねぇ」


 夜。

 「あっ……そこっ❤︎……」

 俺は笹由さんを慰めていた。

 よくよく考えたら俺は何をやってるんだ。

 「笹由さん、ひとつ聞きたいんですけど」

 「んっ……なんっ……だぁ❤︎」

 「紫陽花は、昔っからあんな風に周りに興味なかったんですか?」

 「そうだな……んっ❤︎……友人を連れてきたことは……あっ❤︎……一度もない……んっ❤︎」

 どうやら筋金入りのようだった。

 「……笹由さん」

 「……なんだ……あっ❤︎」

 「手伝って欲しいことがあるんです」


 翌日。そしてまたしても四限終わりの放課後。

 便所の周りを閉鎖してもらい、男子トイレで俺はセイラと二人っきりになっていた。

 実際は三人いるのだが。

 「どうだ?」

 「一年から三年、計二十人に飲んでもらいました。例の……植物の種のようなもの」

 「よくやった」

 頭を反射的になでてしまった。

 「……えへへ……」

 可愛い。

 がそんなこと思ってる場合ではない。

 「頼みがある」

 「はっ……なんでしょう……」

 「……あるカフェを今から貸し切れ。そしてその辺りの女学生以外を追い出し、例の女子生徒たちを放て」

 「例の薬を、売り捌くのですか」

 「ああ。できるだけ多くの人間に広めておきたい。複数人で個人に詰め寄ってもらう」

 「わっ……私は……」

 「お前は外で見張っていろ。警察が感づいたら面倒だからな」

 「……はい……」

 ずいぶんと落ち込んでいる。

 申し訳ないと思ってしまう。

 いや、やばいな。

 俺、情が移りすぎている。


 「なんですなんです?昨日を申し訳なく思ったんですか?」

 「まぁーね」

 数時間後。

 俺は紫陽花と和風カフェにいた。抹茶を贅沢に使ったメニューで有名な人気店だ。

 壁際の席にあえて座る。

 「……でも人がいなさすぎませんか」

 「ラッキーと思おうぜ」

 無論、貸し切っている。

 なぜなら理由は簡単、ここで彼女を捕らえるためである。

 そのために……。


 瞬間、壁が破壊される。 

 それが木刀を持った少女の仕業だと数秒後にわかる。

 もちろんその正体は……性転換した桐野笹由その人である。


 木造でないと俺が危ないので古民家を改造したこのカフェを選んだわけである。

 桐野笹由はそのまま彼女に第二刃を振るう。

 しかし紫陽花は化け物だ。瞬間移動のようにその場から移動し、壁際からもっとも遠い入り口の前に立った。

 「貴方を抱えて逃げるのは不可能です!なのでそこで待っていてください!」

 「紫陽花!」

 そのまま彼女は外に逃げる。

 「……鈴木真一、これから……」

 「俺が指示します。とりあえず追ってください」

 「種を飲めば大丈夫なのよな」

 「ええ。信じてください蛇神を」

 うむ、と言って笹由さんは入り口から出て行った。

 さぁて、ゲーム開始と行こうぜ、許婚さんよ。


 『種』は大きく黒ずんだ『親』と小ぶりで色が鮮やかな『子』がある。

 親を飲んだ者が、子を飲んだ者の視界を強制的に共有できる。

 俺はその辺の抹茶で親を流し込んだ。

 次々に視界が流れ込んでくる。

 さて。


 件の女子生徒たちには子を広めるようセイラから命令してもらっている。

 しかしそれは第二目標。第一目標は紫陽花を見てもらうことにある。

 

 笹由さんの視界を集中的にみる。

 様々な視界で目の前が混濁したようになるが、これと選択するとそれしか見えなくなる便利な仕様だ。

 紫陽花はどうやら屋根の上を飛び回っていた。

 それは無理しているのではないことがパルクールより遙かに俊敏な動作からわかった。

 そして紫陽花が視界から消えた。

 「鈴木真一!」

 通信機に声が届く。

 笹由さんに付けてもらっていた。

 「ええ。大丈夫です」

 視界を再び混濁させる。

 そうすると彼女にフォーカスした視界が見つかる。

 そりゃそうだ、屋根の上を走り回る人間がいたら凝視する。

 そのためにスマホも没収してもらったのだ。

 そしてまた消える。

 そしてまた別の視界に……。


 紫陽花の姿を消すような動き。あれは高速での遠回りである。

 あえて外側を瞬時に移動し、消えたように見せる。

 普通であれば馬鹿の所行である。

 だが彼女の馬鹿けた身体能力、体力がそれを可能にする。

 じゃあ追うにはどうしたらいいか?

 遠回りを先回り、である。


 「そこから西に飛んでください」

 「うむ」

 彼女の足は右利きである。よって右回り。

 ならば左から先に潰す!

 視界を笹由さんから移す。

 彼女は下に降り、何かを探しているように見える。

 工事現場から何かを拾った。

 鉄パイプ。

 武器には武器を。

 そして再びその女子生徒の前から姿を消した。

 飛んだのだ。

 まぁその程度。

 こっちには関係ない……。


 彼女は右回りに笹由さんを狙う。

 「紫陽花を見つけた!」

 「一旦見つかってください」

 「何?」

 「いいから!」

 そして笹由さんの視界に。紫陽花が鬼のような形相で笹由さんにつっこんできた。

 「はい!降りる!」

 笹由さんが屋根の上から落ちる!

 「そこから右回りに紫陽花の背後に!」

 「了解した!」

 そして二つの視界を同時に見る。

 最も近い女子生徒と笹由さん。

 「今!そこの薬局!」

 背後から笹由さんが現れる!

 「よし!」

 そう思った瞬間。


 紫陽花が回転して笹由さんをすくい上げ、宙を舞わせた。


 「なっ……」

 「笹由さん!」

 身動きが取れない状態にさせられた!

 そして視界がガタンと揺れる。

 おそらく紫陽花が飛び上がって脳天をぶっ叩いたのだろう。

 やがて視界は真っ白になった。

 屋根に落ちたか。

 

 ……完全な敗北だ。

 

 「ごめんなさい、時間がかかりました」

 「いやいや」 

 通信機をとっさに隠し終えたらすぐに彼女が現れた。

 よーくわかった。

 こいつはこの程度じゃあ抑えきれやしない。


 用事が入ったと彼女を帰らせて、裏路地でセイラと合流する。

 「どうだ」

 「……あまりさばけなかったようです……何しろ宙を舞う白樺高生がいたとかで、それどころじゃなかったと……」

 「失敗、だな」

 セイラの顔がみるみる青ざめていく。

 「もっ……申し訳……ありま……」

 うつむく彼女の背後に回る。

 「っ……これは……」

 チョーカーを彼女の首にかけた。

 封鎖した地区内のショップで、代金と書き置きをおいて頂戴したものだ。

 「失敗したんだ、もっと奴隷らしくしてもらう」

 「はっ……はい!」

 「おい、喜ぶところじゃないんだぞ」

 「はい……私は……貴方の奴隷です……!」

 満面の笑みで彼女はそう言った。

 夕日に照らされた彼女は……ひどく、魅力的だった。

 

 


 

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