第六話 聖護院 堕つ
《前回までのあらすじ》
ッ……32……
「楽しみですか?」
登校途中、紫陽花がこちらの顔をのぞき込んできた。
「いや、何が?」
「新しい行事!新しい部活!そして新しい校歌!新生活はよいものです」
「そういうお前は」
「別に何とも」
「じゃ言うな」
クラスに入ると既に新しいグループが構築されていた。このまんまだと置いてかれるかもしれない。
しかしその点については心配なかった。
「桐野くん、おはよう」
「ああ、おはよう」
相変わらず気弱そうな藤崎聡。
一人つるむのがいればそんなに浮くことはないだろう。
隣に凄まじい形相をしている許婚がいる以外は。
「き……桐野さん……?あれ……そういえば同じ名字……」
「赤の他人だ」
「ええ」
「何でそんな冷や汗かいてるの……?」
紫陽花に男子トイレにぶちこまれた。
「なんですかあの男は……ぱっと見女の子にみえましたよ」
確かに藤崎は小柄で目が大きくて華奢で声も高い。
「それだけで?」
「ギリギリアウトです」
「ストライクゾーン狭すぎね?」
「じゃあ証明してみてくださいよ」
「えぇ……」
「だ……大丈夫だよね……」
「心配するな……多分」
「多分?」
仕方なく、俺は藤崎を男子トイレに連れ込んだのだった。
そして覇王の如く佇む紫陽花。
「桐野さん?……やっぱり二人は……」
「だまらっしゃい」
「だまらっしゃい⁈」
「……藤崎聡、貴方が一番男らしいと思うところをここで見せなさい」
「えぇ?」
「これができないとお前は転校させられる」
「えぇぇ⁈」
「やってみせろ藤崎聡!」
「……ええっと……えぇーと……」
「何股間を押さえてもじもじしている」
ここで俺は何かを察した。
「まさか!」
「……よく……下の方が大きいと……言われます……」
「よし見せろ」
「桐野さん?」
すごく自然に桐野さん呼びをしてしまった。
「うわぁぁぁぁぁ!」
紫陽花の体捌きはその辺の格闘家と比べられるものではない。
そして下が一気に落とされた!
輝いていた。
これほど太く長く、神々しささえ覚えるものは見たことがなかった。
「……グングニル……」
「でもお前毛は一切ないのな」
「……仕方ないじゃん……」
顔を真っ赤にする様子は確かに女の子みたいに見えた。
いや、目覚めないけどね?
「……よろしい。合格だ藤崎聡。これから私の……私の……親戚の友人として精進なさい」
紫陽花はやたら堂々とした足取りで去っていった。
「桐野くぅん……」
「今度スタバ奢ってやるから……うん……」
「……やっぱり親戚なんだね……だからあのときの形相……」
「いや……うん……確かに従兄弟とは結婚できるけどさぁ……」
その後藤崎に先に戻ってもらって、個室でまた考えた。
関係性の暴露。
強行突破のセクハラ。
それを可能にする威圧的な態度。
紫陽花はやっぱり危険だということがわかった。
やはり彼女を追いつめるためには監視網が必要だ。
「蛇神」
「……何じゃ」
影が声の波で揺れた。
「もうその呼び方でいい気がしてきたわ」
「それでなんだが」
「うむ」
「他人を監視する道具はあるか」
「あるにはある。ただし」
「ただし?」
「一人に付いて監視するタイプのものは紛失してしまった」
「なんと」
「そのためあるのは、『多数の人間をこちらの監視網とする』ものじゃ」
「つまりなんだ、複数人を改造して警備ロボみたいにするのか」
「そこまで非人道的ではない。ただその人間の視界を一方的に共有することができる、というだけじゃ」
十分プライバシー的には非人道的な気がする。
「……それしかないならそうするしかないな」
「じゃが、これが面倒なのは」
「うん」
彼女が影の中から手を出してきてブツを見せた。
植物の種だ。禍々しくて毒々しい見た目をしている。
「これを飲んでもらわんといけない、ということじゃ」
「うぅーむショッキング」
割と難題にぶち当たっている。
教室に戻っても、ひたすらに机で下を向いて頭を抱え続ける他なかった。
「大丈夫?……もしかして僕の……」
「いや……大丈夫だ……家庭の問題だ……」
「弁護士奢るよ?」
「金持ちめ……」
「セイラ様!」
「大丈夫でしたの?」
「ああ、お労しい……」
途端に教室が騒がしくなった。
前を見てみると見覚えのあるタッパのでかい金髪縦ロール。
表情は疲れ切っていて、やたらとふらついている。
取り巻き数人に支えてもらっている状態だ。
「聖護院セイラか」
「うん。多分この学年で一番じゃないのかな」
「何が」
「権力。生徒はもちろん、先生だって部下の人間が何人もいるとか」
「何!それは本当か?」
「うっ……うん……え……狙ってるの?」
「あぁ……そうだなァ……ちょうどいいさ……」
「
●●●
聖護院セイラは、一日寝込んでいた。
あの入学式……前日の出来事からすぐに自宅に搬送され、今日このときまで寝込んでいた。
理由は簡単、桐野真一である。
これまで彼女の元に現れる男性は、母の意向から爽やかな、優しそうな容姿の者ばかりであった。
しかし強面の男性をテレビや雑誌で見たことはあった。
だが桐野真一の外見は、生で見るには凶悪さが過ぎた。
彼女を襲ったのは、恐怖。そしてもう一つ。
(……あのような殿方……初めてお目にかかりましたわ……あのような歯……目つき……何故……何故……私は胸の高鳴りが止まらないんですの!)
恐怖からきたのか、それとも見た瞬間在ったのか。
恋心………であった。
●●●
「……ねぇ、さっきからチラチラこっち見てない?」
「まーなァ、かましてやったからな、あいつには」
「喧嘩売ったの……?」
「そうなるな。んじゃ」
「んじゃ?」
「ツーラウンド目といきますか」
「ちょっ……桐野くん!」
「なんですの貴方……ッ!」
取り巻きの固まりを割って入る。
「よぉ、随分お疲れのようだ」
「桐野……真一」
「……お前に伝えたいことがある。放課後すぐに校舎裏に来い」
「……何の魂胆が……」
「さぁ?来てみたら全部わかるさ。じゃあな、お嬢様」
俺はとっとと自分の席に戻った。
「よくやるよ……」
「ああ、確かに恥ずいわこれ」
「……少し作ったでしょ、態度とか」
「……はい」
●●●
「……セイラ様!あの男……我々が後で制裁を……」
「礼儀のかけらもない猿め……」
「お疲れのところを狙うなど……」
セイラはそのような心配の声が全く聞こえていなかった。
自分がすごく情けないことを考えてしまっていることはわかっている。
しかし『告白される』……そう思わずにはいられなかった。
「……わかっていますわ……あの男には私から言います」
「しかし!」
「私は聖護院家の次期当主!あんな下賤の者から一方的に引くなどあってはなりませんの!」
「セイラ様……」
「わかりました。御武運を」
「ッ……」
(緊張してしまいますわ……身だしなみも整えないと……)
彼女は建前の裏で、今までにない特別な恐怖感と幸せに包まれていた。
●●●
入学一日目なので正午終わり、そしてその直後の校舎裏。
「……大丈夫なのか?」
蛇神がやたら心配そうな声で影からささやいた。
「ああ。むしろ俺一人の力でやらねーとだめだ」
「……予備に惚れ薬でも……」
「ハンカチみたいな感覚で言うんじゃねぇ。あいつはそういったもんには反抗するだろうよ。相手にしているのは誇りの固まりみたいな奴なんだから」
「そうか……頼んだぞ」
俺は焼きそばパンの封を切りなるべく態度悪く座り、くちゃくちゃ言わせながら食べた。
そうすると聖護院がやってきた。
今朝の様子はどこへやら、姿勢はピンとなり、顔つきもいつもの自信あふれるものになっていた。
「……来ましたわよ」
俺は焼きそばパンの袋を放り投げた。
「随分と早いお色直しだな」
「貴方の前で情けなくいるのは恥ですもの」
「そりゃどういう意味だい?」
「それは……」
途端にもじもじし始めた。
……あれ?
ちょっと予定外のような気が……。
ええいままよと俺は壁にセイラを押しつけた。
「なっ……」
「お前……」
俺はじっと彼女の目を見つめる。
彼女は必死に目を逸らす。
だがその目のつぶり方は恐怖ではなかった。
キスを待つような目のつぶり方だった。
え待って?
しかし引くに引けない。
「んっ……」
唇を重ねる。
舌を入れる。
昨日の経験をここで活かす。
これは俺の全てをぶつける屈服なのだ。
舌で暴れ回った後、とっとと離れる。
彼女の顔はとろけきっていた。
「……俺の奴隷になれ」
「……どっ、奴隷?」
「そうだ。俺はお前の全てが欲しい。権力も、財力も、無論おまえ自身も」
「……わかりました……私は全てを捧げた奴隷になります……」
あれ?
なんか随分とあっさりしてるな。
まさか!おい!
こいつは俺に惚れている……!
●●●
聖護院セイラは、初めての感覚にあった。
初めての恋。そしてその相手から初めての隷属を命じられる。
彼女にとってそれは苦痛なのかもしれない。本来ならば許せないのかもしれない。
しかし彼女は否応なしに受け入れてしまっている自分がいることをわかっていた。
(私は……確実に落ちぶれている……でも……これを拒否できない……これが私……本当の……私……?)
明確にできるのは、ただ彼を上目遣いで見つめ続けることだけであった。
●●●
なんかアドリブをしまくったら何とかなったが。
まずい。
とにかくまずい。
「ないすぷれい」
影からの小声の励ましに、心を休ませるほかなかった。
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