第四話  煮ても焼いても笑ってる

 《前回までのあらすじ》

 悪鬼!


 

 なんかよくわからん聖護院さんがぶっ倒れた。

 そしてそれを後ろから攻められ続けているというのが現在の状況である。

 にしても何でそんなことになってしまったのか。

 改めて聖護院セイラを見てみた。

 顔のパーツの派手さに驚く。割と紫陽花が薄い顔だから余計に。そして胸が!胸が大きい!

 Fくらいはあるのではないか。

 いいなぁ。許婚だったらこんな風がいい。

 このまんま屈服させられないだろうか。

 試してみよう。

 「……愛人にしてやってもいいんだぜ?」

 

 そしたら俺は、次の瞬間中に浮いていた。


 そして落ちる。いや普通に痛い。

 へたり込んだ姿勢で何事かと確認すると紫陽花がこちらを見下ろしていた。

 投げられた?

 なんかすごい圧を感じる。

 顔は変わっていないのに。


 「……私、言いましたよね。貴方の罰として許婚にしていると」

 「……そうでした」

 「……罰を拒否するのは万死に値しますよ」

 「…………」

 なんだなんだ、なんだなんだよ。

 たかが冗談じゃないか。そんな重く捉えなくたっていいじゃないか。

 そもそもそんなことさせる状況の原因はアンタじゃないか。

 ふざけるのも大概にしろよ。

 彼女がかがんできた。

 「わかりましたか?では早く向かいましょう」


 俺は彼女の頬を思いっきりひっぱたいた。

 

 「殺してやろうかクソ女」


 不思議そうに頬を押さえたのち。 

 彼女が笑ったような気がした。

 顔自体は笑ってなかったが。

 

 笑みの裏にとてつもなく邪悪なものが見えた。

 たぶん彼女は俺に見られるのなら何だっていいのだ。

 無論俺がなにをしたとしても。

 たぶん俺がさっき、どんなにひどいことをしても喜んでいたのだろう。

 恐ろしい。背筋に力も入らない。

 立ち上がれるはずもない。

 もしかして、完全敗北?

 

 クラスに入ると、やはり育ちの良さそうな坊ちゃん嬢ちゃんであふれていた。

 しかし無論俺は浮く。

 隣になんか気弱そうな男が座っていたので話しかけようとすると、得体の知れない表情をした紫陽花が振り返ってきた。

 そしてその表情のまま前を向いた。

 確認していたのだろう。女かもしれないと。

 勝手にしろ。

 お前にいちいちかまっていられもしない。

 「なぁ、俺ってどんな顔してる?」

 「……僕のことをゴミとかいって踏みつぶしてきそうな顔」

 「そんなに?」

 

 入学式が始まるまでまだ時間があったのでトイレに行って鏡を見てみた。

 何の変哲もない顔だと思う。

 でもそうでないのかもしれない。

 「困っていらっしゃいますね」

 後ろに何故か紫陽花がいた。

 「いや男子トイレだけど」

 「誰かに見られなければいいことです」

 「……なぁ、頼むから学校くらいは普通にできないか」

 「三年間お互いに気まずそうに過ごせと?」

 「なんで肉体関係持っちまった上司と部下みたくなるんだよ!ってか普通高校生で結婚してたらさすがに気まずいわ!」

 「……そう……世間体を気にしていらっしゃるのですね」

 「気にしてない自覚はあるんだな」

 「とにかく」

 彼女は俺の首に後ろから手を回し、覆い被さるような体制になった。

 そして耳元でささやいた。

 「貴方は私のモノ。死ぬまで、ずーっと」


 なんかすごい最悪の気分で入学式に望むことになってしまった。

 絶望を突きつけられるとこんなことになるのか。

 やたら広い体育館のあたりは、なんか偉そうな人たちで埋め尽くされていた。さすが白樺高校。

 そして始まった。

 最初は生徒挨拶らしい。多分俺は裏口入学だから何もわからんが、多分この高校なので試験はよほど難しいのだろう。じゃあ主席はどんな奴なんだろうか。

 「牧田光さん、お願いします」

 出てきた瞬間圧倒された。

 銀髪に誰もがうらやむような美貌。背も十分あり正に王子様といった感じだった。

 「主席の牧田光です。我々新入生は歴史ある本校の名を背負うに恥じない生徒になれるよう……」

 それ以降は寝ていたので覚えていない。

 疲れすぎていたのだ。しょうがないと思う。

 

 「桐野くん」

 目を開けて誰かと思えば先ほどの気弱そうな男だった。

 「……もしかして終わった?」

 「もうみんな戻っちゃったよ」

 「そういうお前はどうなんだよ」

 「君を起こそうか悩んでたら十分くらい経ってた」

 「お前もお前だろ」

 「確かに」

 互いに少し笑った。

 「お前名前は?」

 「藤崎聡」

 「そっか。さっさと行こうぜ藤崎」

 「うん」

 少し良い気分だった。

 だからといって帳消しにはならない。


 しかし戻っても眠たいのは変わらず、半ば寝ぼけながらホームルームを終えてしまった。

 しかし終わった途端目が覚めた。

 無論彼女……紫陽花から逃げ出すためである。

 終わりのチャイムが鳴った瞬間、俺は真っ先に教室のドアを開き正門に向かった。

 あのやたら長い正門までの道を行く!

 あたりには誰もいない!

 やった!

 

 「はしゃぎすぎですよ」


 と思ったら後ろから声が聞こえた。

 声色がまだ穏やかだったので、振り向くのは簡単だった。

 「紫陽花」

 「妻を置いて一人で行くなんて。残された者の気持ちにもなってください」

 「未亡人みたいなこというなよ」

 「それくらい寂しかったということです」

 「……頼む。どうしても一人になりたいんだ」

 俺は頭を深々と下げた。

 「仕方ないですね。ご飯は七時ですよ」

 「わかった。ありがとう」

 俺は正門を通り、一人で歩き始めた。

 行き先は決めていなかった。


 改めてみても心身のダメージが大きい一日だった。

 未だに体は痛むし胸はずっと苦しい。

 田んぼ以外何もない外れの道をそんな風にふらついていると、やけにボロボロな神社があった。

 鳥居の赤色は剥げかけ、石段も所々崩れていた。

 しかしそんな現状が自分を落ち着かせてくれるような気がした。

 石段を登る。いちいちこけそうになった。

 登り切った先には草に囲まれた御神体があった。

 一応神様はいるのだなぁと感心した。

 凹んだ賽銭箱もあったのでもうやけくそで財布に入っていた五万円をポンと出して手を合わせた。

 

 「お願いします!俺に、彼女に対抗する術をお与えください!」


 すると空が曇り始め雷まで鳴り始めた。しかし雨は降っていない。

 正に神業。

 神業?

 

 「……気に入ったぞ……そなたの心意気……」

 「誰?誰なの?」


 隣を見てみるとなんかいた。

 着物姿の少女。いや幼女。

 髪は真っ白で、肌も真っ白。やたら美しい。

 だが唇は青白いし、何より瞳は人間というよりか爬虫類に近かった。

 ワニ?トカゲ?……


 「……もしかして……神様?」

 「左様。お主のお布施で数十年ぶりに実体化できたわ」

 「へぇ……それは良かったです」

 まさか賽銭のパワーで何ができるのか決まるのか。神なのに現物主義。

 「……それで……」

 「……ああ……願いを叶えてやろうぞ……」 

 「マジすか」

 「……わしの腹の中でのぉ!」

 襲いかかってきた。

 のでけっ飛ばした。

 「な……なぜこのような力を……」

 「知らねぇよ。それよりなんだよ腹の中で願いを叶えるって」

 「わしの腹の中は特殊な空間になっておる。その中で人の精神のみを抽出し、人の思うがままの空間を作り出せる」

 「でも本物じゃねーじゃんかよ」

 腹が立ったので胸ぐらを掴む。

 「……それは……うぐっ」

 腹パンをかましてやった。

 「ぐっおっ……おっ……おえぇぇぇ……」

 「神だから大丈夫かと思ったらそうでもないんだな」

 「おぶえっ」

 彼女が何かを吐き出した。

 杖のようなものに見える。

 「なんだよこれは」

 「っ……やめろ!それは人間が扱って良いものではない!」

 「そ」

 振りかざしてみた。

 背後で雷が落っこちた。

 「ふーんこういうもんか」

 「返せ!返せっ!」

 「なんか腹立つなぁ。頭下げろよ」

 「無礼なっ!誰が人間になど……」

 「また殴ろうか」

 「っ……」

 彼女はとても綺麗な土下座をした。

 返してやろう。可愛そうになってきたし。

 

 と思ったら、彼女の指先がだんだん消えていっていた。


 「あ……あああ……」

 「どういうことなんだよ、おい」

 「信仰がなくなって……お供えもなくなり……そうした神は最後は……」

 「消えてなくなると?」

 「たっ……頼む!身を……どこでもよい!身を……」

 「身を捧げずにお前を助ける方法はないのかよ」

 「……」

 目をそらした。

 「……あるんだな」

 「……」

 「俺はそうじゃなきゃお前を平気で見殺しにするぞ」

 「……人の影の中に入れば……力はだいぶ減少するがその人間の信仰と少しの供えで足りる……」

 「ふーん、じゃあ迷ってる暇はないんじゃないかな」

 「っ……わかったわ!」

 「ただし条件がある」

 「……まだ言うか……」

 「お前の持つその不思議な道具、他にもあるのか?」

 「……ある」

 「ならばそれを自由に使わせろ。そうしたら許可してやる」

 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」

 顔を真っ赤にしながら、彼女は俺の影に飛び込んだ。

 波紋が広がり、やがて落ち着いた。

 交渉成立。

 俺の口角は、今までにないほど上がっていた。

 

 

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