015 王都でまさかの接触


 夕暮れの王都に入る二頭のティスクレッガたちだったが一方は乗り手に配慮してゆっくり徐行停止し、もう一方は「おら、とっとと降りやがれ!」とばかりに振り落とす。


 王都の入口で旅人たちのティスクレッガを小屋に預かっていた王宮に仕えている兵士たちがその光景に目を真ん丸くして驚いた。振り落とされたのは見た目から異国の者。


 なのに、着ているのはまあまあ上等。王家の者が纏うものほどではない。であっても二級品の中でも上等な部類に入るものだ。そして、一緒に来た者を見て兵士たちは口をあんぐり開けてしまう。恐れ多さにおののくまま跪こうとしたが、それを彼女が止める。


「おやめください。特に今は」


「し、しかしっ、あとその男は」


「頼みますから民の為に控えなさい。こちらの御仁はわたくしの恩人でございます」


 彼女――シファーに止められてもなおこの国の偉大な王女殿下に礼を払わないわけにいかないと頑なになりそうな兵士たち。これにシファーは民の為に控えよ、と言ってレィオのことを紹介してくれた。こちらの御仁は恩人だと。暗に丁重に遇するように言う。


 王女シファーの命に兵士たちは異国の民であれレィオに感謝の意を示して頭をさげてくる。レィオはティスクレッガと喧嘩中だ。頭を齧られているし、相手の胴をべしべし叩いて応酬しているのは非常になんというか気の抜ける光景だったのでシファーも笑う。


「先に伝令に走ってくださいませんか?」


「は、はいっ、なんなりとお申しつけを」


「第一王子トエレネア殿下に――」


 シファーがひそひそと言伝の内容を兵に教えている間にレィオとティスクレッガは勝負あった。うぃなー、ティスクレッガ! 敗者レィオには「動物以下」の称号がつく。


 まーったく嬉しくもないどころか悲しすぎるテロップがさらーっと流れていく間にシファーは伝言を終えて兵をひとり走らせた。そして、制止しようとする兵たちを躱してレィオに目で合図。兵たちはしきりに輿をご用意します云々言っているが、輿はまずい。


 狙ってくれ、ここにいますよ~、と言っているようなものだしなによりすぐに動けないのが最もまずい大賞だ。輿になんて乗せられては行動制限がかかる。ここは多少の危険は覚悟してでも徒歩で王宮に向かう道を選択すべきだ。ただ、不安は残るっちゃ残る。


 あの無差別集団のことだ。町中であれシファーを奪い取れるなら銃だろうとぶっぱなしそうで怖い。が、びびっていてもはじまらないのでシファーに腕を貸して彼女に案内されつつ町中を歩いていく。いつの間にかシファーは長いローブを頭からかぶっている。


「大丈夫でしょうか、こちらの腕を」


「もう痛みはないし、右が空いてりゃ充分」


「……わかりました。こちらです」


「ああ。入れなくても王宮なら警備が――」


 王宮の中に入ってしまえば暮れてきたし、もうすぐ夜になる。この上王女殿下を狙う不届き者もいるとなれば警備を乗倍で増やすと思ったレィオだが、シファーは首を振ってダメですとか無意味です、といったような身振りをしてきた謎にレィオは「え?」だ。


 王女の瞳には険しく厳しい蒼と金。現状の苦しさを正確にレィオへ教えてくれた。


「王宮の守りではあの者たちは払えない」


「んな、ザル警備なのか?」


「いいえ。ここは聖地ファヴァーヤ。絶対の守護神イアの加護を受けし国なのです」


「……なるほどね」


 シファーの言葉で納得してしまったレィオは頭痛がしてきたし徐々に辺りが暗くなるにつれて頭痛の強度が増してきた気がする。守護神の加護を受けた国の代表が敵に怯えて警備をきつく締めるなんてできない、と。守護神を信仰するからこその面倒であった。


 けれど、今時そんな古臭いこと律儀に守ってやる意味があるんだろうか? ……いやそこはまあ、あるからこそシファーほど聡明な女性がここほど強く緊張しているのだ。


 そして意味がないのなら、いまだこんな得体のたしかが知れないような探偵なんかを頼る筈がない。シファーにはシファーの事情があり、戒めがある、ということだから。


 それが宗教的か、シファー個人にかかる戒めかは知れないのでなんとも言えない。レィオはやめてくれよ~、と願いつつもベルトの銃に触れつつシファーを連れて彼女に案内されて王宮へと向かう。先に見える白亜の宮殿はこんな状況じゃなければとても――。


「きゃあああああっ!」


 美しいなあ、と素直に思えたというのに。などという現実から目を背けてはいられないのでレィオはシファーを腕に縋らせたまま振り返る。悲鳴の先にあの時の不吉な姿。


 ひとりには見覚えがある。あの時、狙撃銃を覗き込みながら舌なめずりしていたクセに突如として大量虐殺をはじめ腐ったクソ野郎だ。その野郎は片手に大きなガンケースをさげている。そして、あとのふたりは女。ひとりはこどもか? というくらい小柄だ。


 だったが、その両手が赤黒い。その色あいからして乾いた血の色だと気づき、げぇと悪趣味さに反吐があがってきそうなレィオだがすぐガンベルトの銃に触れつつシファーを背に庇う。くすくすと高い声が笑っている。あの時の声だ。あの時、悪態吐いた――。


「やあ、朝はどうもぉ、おにーさん?」


「二度と見たくなかったし、一応訊く程度、で訊いてみるがてめえらなんなんだ?」


「あはぁ、予想ついているクセにぃ?」


「予想は予想だ。サービスの明解をくれよ」


「それを知りたけりゃ、交渉次第だねぇ?」


 交渉、と言って小柄な女は片手になにかぶらさげて見せた。いや、なにかではなくまだ小さな女の子だ。こどもを盾に取っていやがるクセ、だなどと言っているとか。


 レィオは胃酸が胃壁どころか食道を焼いてあがってくるのを懸命に飲んでおく。痛い液体が戻っていく。だが、状況は最悪だ。連中の要求はもう知れているのはそうだが。


「これ、王女殿下の身柄と交換でどぉう?」


「くそったれ! 徹底卑怯じゃねえか!?」


「ははっ、卑怯? そんくらいなもんいくらでも浴びせてもらって結構。だいたいさぁこの世の中で正々堂々なんてしているやつぅ、いるぅ? がっかりだなぁ。格好いいガンマンなボディーガードさん? ……ドブ臭ぇ、あんまり野良犬臭ぇこと言うなよな?」


 相手の挑発言葉だがレィオとて負けない。どうでもいいことだが話術交渉の手にはそれ相応に自信がある。そして、なによりもわかり切っている世の闇と汚泥とことわりを吐く。


「当たり前だ。世の中綺麗じゃ渡れねえ。で、だからこそそんなものじゃ対価にならねえってこともわかってんだろ、クソアマ? それと王女様じゃあよ、釣りあわねえな」


「レィオ、なんということをっ」


「言ってくれんな。実際そうなんだってことくらいわかっているよな。誰よりも優先された命だからお前はまだ生きているんだってこと、身の自由があるんだってことが?」


「ですが、このままではあのコがっ!」


「なぁに、らせりゃいい。どうせ急遽手配した人質役だろうからな。……だろ?」


「……ちぇ、早バレすぎじゃん」


 つまらなさそうにそう言うなり相手の女は人質役の少女の反らさせられていた浅黒い喉を異様に鋭い爪で搔き切った。噴きだす血潮と無音の絶叫が空気を震わせていった。


 シファーの声にならない悲鳴が背に聞こえてはくるが今は構ってやれない。女の子を殺した女は死体をシファーの足下に投げる。が、レィオが蹴飛ばす。レィオの死体に対する扱いにシファーは声をあげかかったが、レィオが上空に向けて術式と弾を一発撃つ。


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