016 気になることを吐き捨てて


 驚くシファーとレィオそして死体の少女に雨が降りかかる。魔術で錬成された人口雨が降っている。薄くなく厚くもない雨垂れの向こうで三人組は笑っている。レィオも笑ってやって、銃口を向け直すついでにシファーに足先で教える。殺された女の子の肌色。


「……え?」


「言っただろ? 急遽手配した人質役って」


「レィオ、このコがファヴァーヤの民でない。ただそれだけで見捨てたという――」


「シファー、お前やっぱり王女様だぜ。ひとひとりのそれも金で雇われてやるようなクソにかけてやる情けはねえぞ。どうせ、やつらの雇い主に買われたんだろうしな」


「……野郎?」


「よぉく見ねえとわからねえがな、誰かさんの変装とは異次元のっぷりってな」


 言われて、シファーが死んでいるその体をよく観察すると腰に一枚大判の布を巻いているのが見えた。それでこどもであれ女の子っぽい体形を装っていたんだろうが――。


 理解と同時にシファーは眼前の光景に戦慄する心地となった。路上で倒れているそのコの輪郭が崩れていく。手足が伸びていき、体は骨張り、筋肉が発達。大人の男になったのでそこでやっとレィオの言葉の意味を知った様子。人質役野郎の仮装。つまり……。


 人質役だったのは大の男で生体系魔術を駆使して少女に化けていた、ということであのままでは見てくれだけで危うく判断を間違えるところだった。間違えて迷惑を――。


 だが、無意味で無情な死に変わりない。故にシファーは死者に黙禱を捧げている。


 そんなシファーを横目にレィオは微妙な気分。敵というか金で用意された者になにを悲しむ必要があるのだろう? とは思うのだけど、そこはシファーの思想だから口だしすべき場面ではない。決着してレィオは目の前の敵に対する。対し、ようとしたのだが。


「おい、どういうつもりだ?」


「べっつにぃー? 興が削がれたってことにでもしとけよぉ? 挨拶だけしといてやろうと思っただけだしぃ? どうせ僕らから逃げられっこないんだからさぁ。なぜか堂々と民に紛れて出歩いていた王女殿下はもちろん邪魔をしてくれやがったてめえもなぁ?」


「言ってくれるぜ? 目じゃねえってか」


 急に集団の先頭に立っていた女が反転。背を見せてこれで退散と言ってきたのでレィオは咄嗟に無謀だよな、と思えども引き留めようとしてみる。が、相手は鼻で笑った。


 てめえなんぞ、眼中にも入らねえ、と。


「実際そうだからねぇ。僕はクルフ。んで野郎の方がマイマナ。こっちがディジェ」


「……レィオ・ドグネックスだ」


「ふぅん。知らねぇなぁ。ま、今日という日を満喫しておくことだねぇ。どう転ぼうが王女殿下は僕らのモノなんだっつーこと、逃げ道はねえってのも覚えとけ、田舎野郎」


 都会、充分な都会育ちのレィオに吐き捨てた女――クルフは不意に振り返ってシファーを熱のこもった緑瞳で凝視する。シファーは怖気ることもなく見つめ返した。……やはり胆力が違う、この王女様、とレィオが思っているとクルフがおかしそうにくすくす。


「楽しみだねぇ、王女殿下ぁ。――☆」


「! ……ご遠慮願いたいものですわ」


「遠慮するよぉ。それが終わるまで、ね?」


「……なにが目的なのですか?」


「それは、僕らに教えたげる」


 クルフの無茶苦茶な物言いにシファーは黙り込んだが強い金の瞳で見据える。圧倒的な熱量であり、威圧感と存在感が恐ろしい。それはクルフも感じたのか、赤い唇をぺろりと舐めてシファーを見つめる。血肉、というか生きた獲物を前にした獣の舌なめずり。


「いいねぇ。ゾっクゾクしちゃうよぉ、王女殿下のその素敵なイイ目がお人形さんのみたくさぁ、堕ちてただのになっちゃうのが今から楽しみだなぁ~♪ また明日~」


 クルフはシファーに無礼で不躾に言うだけ言ってさっさと引き揚げていった。マイマナとディジェとかいうふたりも一緒に去っていく。本当に挨拶に来ただけだった様子。


 だが、あの言葉からしてもなにかがある。わざわざ予告していったということはかなりその作戦というものに自信があるか、自分たちの力量に多大な信頼があるのだ。


 普段のレィオならここが潮時で引き際だと判断してシファーには悪いが宮殿まででお暇するところだが先んじて助けられた恩がありまくる。借りがあるなら返すのが流儀。


 だなどと、いろいろ言い訳ぶっているが、要してしまえばここまで来て見捨てるのは流儀に沿わない。それはどこぞの傍迷惑を極めている相棒が言うところの「誇りがあれば冥土は明るい」というやつで。探偵であれ、一魔導師の誇りがここで逃亡を許さない。


 ここまで来たのだから最後の最後まで付き合うのがひとである以上にレィオの誇りと流儀だ。第一女を見捨てることも憂い顔させることもすべて男としてダメダメすぎる。


 男に生まれたからには女を笑わせていられる存在でありたいし、自称でも伊達男なのでどんなにくだらない冗句やつまらないお話でも女が笑ってくれればなんだっていい。


 女を支配したり、つまらないことで束縛するよりも常に笑わせてやれればその方がいいのだ。そう、いつか冗句がすぎて喉を搔き切られることになろうと、死の直前まで面白おかしくくだらないことを言ったりしたりしていてやりたい。道化と笑われても、だ。


「あんなことの為にひとを、命を」


「シファー……」


「どうして、このようなことが」


「おお、王女殿下。なぜこのようなところにっ? いけませんっ、さささ、宮殿まで護衛の兵を呼びますのでここを動かれずに。いえ、それ以前にあの不届きな輩はいった」


「兵も輿も不要です。今わたくしには、ここに大変心強い方がいらっしゃいますわ」


「しかし、あの人殺しは王女殿下を脅しっ」


「だからこそ。あなた方も早くお帰りください。まだ油断はできませんわ。帰路には十全の配慮を行って女こどもをお守りなさい。わたくしも無事なる帰宅をお祈りします」


「ああ、王女殿下。シファー様、もったいなきお言葉でございます。さあ、みな聞こえていたなっ! 早く帰ろう。王女殿下よりの願いを我らが果たせる栄誉を誇りにせよ」


 さすが。鶴以上の一声っぷりだ。


 レィオがつい感心するくらいあっさりさっさと、というよりはしゅばばばばっと人々が買い物やなにやらを中断したり、拝謁の姿勢をやめてシファーに一礼して去っていくのをシファーは、固まりながらもそれぞれ帰宅していくのを見送ってレィオのところへ。


 察したレィオが手をだしてやって、左腕を貸して再び宮殿への道を進む。人口雨に濡れてしまったので冷え込んできた砂礫国の外気温に震えが走る。が、堪えて進む。白く剝いたタマネギを上向きにしたみたいとか言ったら多分首が飛ぶな、なんて考えて遊ぶ。


 だけどまさしくそういう形状をしているんだ、と誰かに言い訳しつつレィオは長い階段に差しかかる前に借りたローブを脱いでおいた。適当な撥水効果があったようで下の服はそんなに湿っていなかった。ラッキーとか思ったが、まさか先読み? と穿ったり。


 隣のシファーもローブを脱いで両手で持ち、階段下で礼拝のような格好を取っている謎すぎる行動。この国の人間はよくわからない。それこそ、レィオには想像もつかない宗教を抱えているっぽいので口をだす気はない。シファーはだが、すぐレィオの腕へと。


 レィオはいいのか? と思ったが彼女の礼拝の意味もなにもかも想像つかないので従って宮殿へと向かう。そして、見事なこと。もうここまでくると不運神が憑いている。


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