013 少年の正体
「どうかな、その術符? この国の最高医が処方してくれているものなんだけども」
「おー。そうなのな~? いい感、じ……」
「……」
シャワーを終えたライルの声に顔をあげず応えていたレィオが、ふと顔をあげて思わず驚いて硬直してしまう。ライルも新しい肌着を身につけて亜麻色に金糸を織り込んだ衣を纏っているのはいい。そこは流す。がどうしてもどうあっても流せないものがある。
しなやかな曲線美が綺麗なライルの体を包む黒と亜麻色の衣類は別に変じゃない。
むしろ似合っている。が、その腰まわりが先ほどよりもきゅ、とくびれているのと男の体にあってはならないものが胸にあるのはちょっと流すの、無理す思ったレィオが喰い入るように見るとライルは恥ずかしそうにもじもじしてその胸にあるふくらみを隠す。
だが、隠されるとさらに見てしまうのが男の
「お、お、おお、お、おん、女ぁ……っ?」
「その、騙していて、申し訳ありません」
声も活発な少年のものでなく淑やかで奥ゆかしさを感じさせる色っぽい声になっていた不思議に目が真ん丸になっているのが自分でわかるレィオだが、ライルの手にある術符を見て察する。変声用に応じさせた医術符の転化系術符を喉に貼りつけていたようだ。
そして、腰まわりの細さが際立っている絡繰りもここまでくればわかる。腰の辺りに布を何周も巻いて体形を変えていたのだ。徹底している変装の仕込みっぷりはすごい。
声を変えるだとか服装を工夫までは誰でもやることだろうが、体の線を変えてウィッグをつけてその上に覆面という重装備っぷりではそう易々と見破られない変装である。
――ライルの髪は黒ではなかった。あの黒髪もしっかりとウィッグだったっぽい。
が、そのウィッグに使われている人毛もきちんと丁寧すぎるほど丁寧に処理がされており、普通のウィッグにありがちなぺたーっとした感じもなく、つやつやと陽光に煌めていたのを覚えているのでこうして本当に本当の姿で向きあってもなお、信じられない。
つややかな蜂蜜色の肌の頬や首筋を流れて胸のところで揺れる長い銀色の髪はさながら月光を織ったような美しさ。立ち姿もさっきと違い、より優雅で麗しく高貴な姿だ。
「では、改めてご挨拶をしても?」
「……」
「あの、レィオ様?」
「へっ!? 俺っ? な、なんで様?」
「助けていただいた恩義が故に。そしてわたくしの立場からしても最高の礼は当然」
「いや、ちょ、待て。どういうこ」
「わたくしはシファー。ファヴァーヤ王国は第一王女シファー・エニスティルです」
なにかとんでもない爆弾を炸裂させられた気がするレィオだが、目の前にいるライル改めシファーの言葉をなんとか喉に詰めないよう咀嚼してみるが、到底呑めっこない。
伝統的な王族の衣装に身を包んだシファーの美しさが眩しい上、状況についていけないのだ。国が関わることになど首を突っ込むまいと思っていたというのに知らない間にがっつり首を、それもレィオの方から進んで突っ込んでいたみたいだ。あの時、だった。
ストンウォーリザーの襲撃もあり一刻も早く助けが欲しかったのが原因――つまり不運さが主たる原因――でライルに変装していたシファーを頼ってしまったのが失敗だ。
だが、嘆いたところでもう過去は変えられないし、あの時頼りは彼、じゃない彼女しかいなかった。そう、例え股間蹴りを喰らって……ああ、ようやっと得心がいったぞ?
あの時、男のクセに男の大切なナニを潰す勢いで蹴ってきたのは羞恥と無知が原因だったんだな? とレィオひとり納得。変装して出歩いていても王女様だ。男への耐性なんて無か限りなく低かったに違いない。ひとりでうんうん、と納得した。シャラリと音。
軽やかな金属が奏でる音だった。見るとシファーは手首と足首に白黒の装飾品をつけている。町の踊り子と違うそれ。絢爛でも華美でもなくどことなく厳かで壮美な装飾。
「お、王女、様……っ?」
「そうなりますね。ですが、無辜の民たちを危険にさらしたわたくしにそう、呼ばれる資格があるかはわかりかねます。今頃町がどうなっているか、考えてしまうと……っ」
「いやあのライ、でなくて殿下に責は――」
「シファーで結構でございます」
「……えっと、そう? じゃあ、俺のことも呼び捨てにしてくれるか? むず痒い」
「……! くす。はい。では、レィオ」
「応。……なるほどな。ちょっと納得した」
レィオの言葉にシファーは首を傾げる。この時彼女の
相手は一国のそれも第一王女殿下だというのにライルだった時の気安さが残っているのだろうか? いや、でもとレィオはなんとか衝動を殺す。ぶっ殺しておいた。不用意に王女殿下のお体、髪の毛一筋であろうと触って場合によって極刑を言い渡されたらば。
後悔云々で済まない。罪状王女殿下への不敬だなんて相棒が聞いたら鼻で笑いそうにアホな大罪である。断固、拒否だ。レィオはどうせなら天寿を全うするかもしくは勇猛果敢の名を
あのアホこそは特大級の災害認定してもいい。主にレィオにとって頭痛の種だったりする。だが、こうした異常事態には非常に役立つ人員だ。感情に流されやすいレィオと違ってあのアホは至極冷静に物事に対処もとい目の前の闘争に興じる癖があるので――。
「あの、納得……とは?」
「え? あーあの、隠し切れない品のよさとその美しさとあとは心の清さって感じ」
「本当にお上手ですのね」
「いや、違くて。マジで思っているんだって言ってもいいのか? これあとで極刑とかにならない? まあ、あのアレだマドレアヌでは女にも男にも相手されねえし、俺は」
「レィオは、ということですと誰が?」
「俺の相棒。さっき連絡した猟色王だ」
猟色王、などと聞いてシファーの頬に赤みが差したがレィオは気づいているのかいないのか、ふっけーため息。本当に相棒であるあの男の色狂いっつか獣っぷりには参る。
町を歩けば女が騒ぎ、その完璧な美貌と英雄神が如き肉体美に男たちは羨望の眼差しを向ける。だから、レィオはマジでおまけ扱いされている。事務所の名義だけはレィオが死守したが。でなければ、武具や武器の特殊装備である宝珠に金という金を使われた。
だから、経理管理はレィオの主業務だ。……まあたまに無断で金を使われては給料から引いてやり、不平不満を垂れられた挙句殺されかけることも多々あるわけだけども。
「で、さっき町で俺が黙り込んだことについてシファーがシファーなら話は変わる」
「つまり、この国の機密に関わることで?」
シファーの理解早さにレィオは驚いて舌を巻く。普通こんなふう殺し屋集団、と確定はしていないがそれでも近しい連中に狙われて冷静でいられるばかりか呑み込み早い。
通常の人間なら慌てふためき、怯えてそれどころでなくなる筈だろう。肝の据わった王女様だこったなぁ、とレィオが思っているとシファーが机をはさんだ向かいのソファに身を沈めたのが見えた。おそらくレィオの話を聞くのに立ったままは失礼と判断した。
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