不思議少年と王族
012 緊急避難
「本物の看板はでていないけど地域同士を繫ぐ路線バスの待合場所に偽造してある」
「あからさまに後ろ暗そうだな」
言いつつ、ライルが指す先にバス停の看板――巧妙な偽物――が見えてきたので徐行停止する。すると、中からひとがでてきた。なんというかこんな偽造休憩所を経営しているとは思えない感じにひとのよさそうな爺さんだ。が、一目で油断ならないと知れた。
「これはこれはシ――」
「言わないで。自分で言うから。一室、シャワー付を貸してほしいのだけど平気?」
「もちろんです。ライル様とは日頃からよきお付き合いをしていたいものですので」
「上手だよね。アクレバ・ウルバナク。先払いしておくよ。……このくらいなんだ」
「? おお、これは。なるほどパシェックの一件ももちろん聞き及んでおりますが」
「うん。まだどこにも漏らさないで」
「それがこれでしょうか? いやはや。ではどうぞこちらの部屋をお使いください」
「ありがとう。医療術符の支度ってつく?」
「ご要望とあらばいかようなるご準備をも」
老人に先金を握らせたライルは少し考えてレィオの方を確認してきた。レィオは生憎なにがなにやらなのでライルに一任する、と合図を返し、腕の出血にライルがくれた布をきつく巻いておく。レィオの信に応える為、ライルは老人に追加注文して鍵を預かる。
休憩所を奥に進むライルについていくレィオの目がついつい癖というか知りたがりの
さらに老人が握っているおまけにもちょっと引く心地となった。その手にあったのは金の延べ棒が二本。マドレアヌの姉妹都市フェナンスの都市名由来となったオ・フレー国のお菓子、フィナンシェそっくりな形状で露骨に金塊ーっという感じだったのだから。
これで引くな、という方が無理だ。
無理だったのだけどその現実をそれこそ無理に呑み込んで、なにも突っ込まず、ライルについていく。振る舞いの気品よさと礼儀作法の洗練されたほどからいいとこ出のお坊ちゃんかと思ったけど以上のナニカと事情がありそうだ。探偵としての勘は警告する。
引き際を誤るな、これ以上の深入りは危険だからやめておけ、とうるさいくらい。
だけど、だからと風でだいぶ冷まされていてもあんなふう、泣いていたライルをいまさら放りだすのは気が引ける。ライルが、彼がどんな事情を抱えているのかも興味があるからお黙りなせぇ! としきりに赤色灯を全開でまわして警告する本能を押し込める。
ライルは休憩所の奥にある扉を開けてレィオを振り返る。彼について入ったレィオが見たのは妙ちくりんな部屋だ。扉が先ほど入ってきたのも含めて四つある。壁という壁に扉があるのだ。困惑するレィオだが、ライルは右手側の扉を開けて先へ進んでいった。
んで、扉の先にはまた新しいのも含めて四枚の扉。ライルはまっすぐ進んで扉を開けて中へ。レィオもはぐれないように続く。中央。右。左。左。左。右。右。中央――。
まさか、これ延々と扉ばっかりなのか? とレィオが休憩所じゃないんかい!? と部屋にたどり着く前に疲労とイライラで潰れるぞ、思っているとようやくライルが老人から預かった鍵をどうやってつけた? と突っ込みたい壁の角部分にある扉に差し込んだ。
角なのでか、折れている扉を開けて中へ入っていくライルを追ってレィオが中に入ったが目が点になった。部屋だ。それも普通の宿みたくちゃんとしていてトイレとシャワーはなんと別でついている。驚くレィオをライルはシャワー室に押し込んで扉を閉める。
「ラ、ライル?」
「シャワー浴びて。僕は治療の準備しとく」
「ライル、お前はいいのか?」
「レィオさんが治療している間に入るから」
「お、おう。悪いな」
「ううん。着替えも装備だけ置いて残りの服は処分で、いい? アクレバが上手く」
「ああ。それが最善なら従うぜ」
「ありがとう。じゃあ、十分くらいで準備できると思うけど、ゆっくりしていいよ」
ライルの感謝の言葉にレィオは一個だけ扉をノックすることで応えて服を脱いでいくが風呂場の一面が鏡張りになっているのに気づいて自分の体をうつしてみる。前衛系ならばもっとこう、しっかり筋肉があるのだがいかんせんレィオはどちらかでは後衛系だ。
肉づきは正直そこほどではない。いや、非戦闘員からしたらだいぶ鍛えている方だったのだが。中途半端。その一言が脳内でするーん、と滑っていったような気がする。平均男性よりはある胸板。割れた腹筋。筋肉の束でできた腕や走り込みで鍛えた足腰たち。
ああ、とレィオは悲しくなる。どっちつかずだなぁこれたしかに、と思ったから。
――貧相連呼し腐ったあのハゲ肉達磨は死ねばいいや、あとおまけ呪詛。前衛系で完璧な肉体美と美貌を持つ相棒にも死ね死ね波を送ってやる。くしゃみでもしやがれっ!
なーんて遊んでいないでさっさとシャワーを浴びはじめていく。最初冷たかったがすぐお湯になったので頭からかぶる。ついていた砂を洗って落とす。結構落ちるもんだと思えるくらい細かな砂塵が排水溝に流れていく。腕の傷にも湯をかける。沁みるが無視。
傷口に付着した砂塵の細かいのも指の腹でしごいて洗い流して全身綺麗さっぱりしたレィオがひとつ息をついているとシャワー室の扉がノックされて開く。んで、すぐに衣擦れの音がしてから再び扉が閉まった音がしたのでどうやらライルが服の替えを置いた。
理解したのでなにも言わず、もう一度全身流して硝煙のにおいも適度に落としておいたレィオはシャワー個室のカーテンを開けた。想像通りライルが手配してもらって届けられた服とタオルが置いてあった。髪をガシガシ拭いて体を、傷の水もさっと拭き取る。
服については下着は万国共通っぽいので別に苦労もなく穿ける。が、問題は服の方だったりした。生憎この国の民族衣装には明るくないので肌着だけ着込んであとは――。
「ライル~?」
「! どうしたのっ?」
「え? ああ、いや服の着方がわからん」
「……。なんだ。びっくりした。下着は大丈夫なんだよね? だったら、で、てよ」
「? ああ、いや、すまん。紛らわしくて」
「ううん。ごめん。僕の過剰反応だった」
軽く言葉を交わし、ライルが大丈夫と言ったというかちょっとなぜかどもり気味におどおどと返事してきたのでレィオはそちらの方にはてな、だ。はて、なにかきょどること言ったというか頼んだか? 扉を開けて外に抜ける。ライルはソファに腰かけている。
ライルの頬はほんのり赤が乗っていて男に使うべきでないがそう、可愛いな、と思えるくらい照れておられる。なして? 素っ裸でもあるまいに変なやつと思うレィオだ。
いやぁ、例え素っ裸でも照れるもんじゃないのはそうだろうに。男同士なんだし。むしろナニを自慢しあって結束を高めるのもありかもしれんな、とか思っているレィオだがライルにおそらくファヴァーヤの伝統衣装の濃い緑の服を渡して着せてくれ、と頼む。
ライルはなぜか顔が火を噴きそうなくらい真っ赤っかだったがそれでもなにやら手慣れた様子でささぱぱっと服を着せてくれた。とはいえ、頭からすっぽりかぶってから体の周囲に垂れた布を適所に巻いて完成。ライルはレィオの半袖肌着から覗く銃傷を診る。
真剣な医師が如き視線。だが、思ったより深くないことにほっとしたようですぐ用意していた消毒液を滅菌綿にたっぷり含ませてぽんぽん、と拭いてくる。丁寧な手つき。
優しくて、普段ぞんざいに扱われまくりなレィオはこれだけでライルの温かさが胸に溢れて涙がでそうだったが、堪えて彼に消毒されている間に届いていた医療術符を手に取ってぺりり、と外包装を剝がして取りだす。んで、ライルにあとは自分でやると合図。
ライルはすぐ気安めの消毒をやめてご自分もシャワーを浴びるのか風呂場へ消えていった。レィオは医療術符を見てへえ、と感心。かなり高度な医療魔術が封じられているらしくこれなら一晩あれば癒えるな、と予測が立ったのでありがたく使わせてもらおう。
普通の医者がつくる術符なら簡単な怪我に完治一日はかかる。肉が抉れている銃の傷ならば完治まで三日、四日は要るもんだが、これをつくったのはどうやら凄腕らしい。
そんなもんにコネがあるライルの正体、というのが気にかかるどころではなく気になるレィオだが、風呂に突撃したらさすがに変態扱いを喰らう。男同士であろうともだ。
一応守られるべきプライバシーの一線は越えたらアカンと思うので我慢我慢。というわけで医療術符をペタリ。すぐ、効果が現れてシュウウウウゥ……と細い煙があがる。
と、そこで
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