011 混乱困惑。応援要請。ひとまず
「クソっ、どうなってやがる!?」
「なん、で……こん、ひどい……っ」
朝市は地獄絵となった。最初レィオたちを狙って膠着状態だった筈の狙撃手が遠距離型ながらも機関銃に切り替えでもしたのか町民たちや観光客が次々撃たれていくのだ。
誰彼構わず蜂の巣にしていく銃弾は術弾じゃないが正真正銘実弾でひとを殺傷するのには充分。それも無抵抗な民衆たちを殺すだけなら充分すぎるくらい凶悪極まりない。
ライルの動揺の声が示す通りだ。ひどすぎる。建物にひそんでいられる者はいい。
が、遮蔽物がないこの町中で機関銃などぶっ放せば当然、無差別殺戮が起こる。眼前の光景はまさしく現代に減っていたといえど猟奇的な無差別殺害で間違いない。レィオは現状突破策を考えつつ携帯端末を展開し、仕事関係、と分類された中の唯一にかける。
「な、なにをする、気なの。レィオさん?」
「こうなりゃ俺の方もすぐじゃねえが援軍を呼ぶしかねえだろうが? っても事務所に勤める唯一の所員で俺の相棒なんだが……。あの野郎、なんででねえ? 女かっ!?」
「それは失礼な判断じゃ――」
ライルのさすがに失礼じゃないか? との問いを遮る音ひとつ。それこそは通信先で応答した刃の声で普段だったら死ね死ね思うくらい大好きで超嫌いな相棒の声だった。
が、背景音楽に女の甘え声があったのでレィオはけっ、またか。ライルは途端軽蔑的態度になる。レィオの判断がドンピシャだったこと、平和な通信先にすん、と白けた。
「……なんだ、眼鏡? 私は女相手に忙しい。殺しと闘争関係以外でかけてくるな」
「はっ、じゃあすぐ荷をまとめてファヴァーヤに来い。闘争大好きカリディ君の唯一数少ない絶好のご活躍チャンスが転がってしまっているんだが。あ、女の方がいいか?」
「黙れ、小手先眼鏡。丸一日ほど生き残れ」
「現在進行形で死にそうだが、特急で来い」
「死んでいたら眼鏡だけは拾っておいてや」
「ふざけんな、普通に俺の骨を拾えっ!」
そばにいるライルの目が「そこ重要なの?」と言いたげな目で見てくるが、ちょっと悪いと思いつつシカトして重ねて相棒に急いで来い、と告げて通信を切る。レィオは今を生き残る為の方法を模索していたが、一応これが最善手、かな? と思い、用意する。
今ある装備であの無差別殺人連中を、それもこんな場所で相手取るのは犠牲が多くですぎる。即決してレィオはライルに向き直る。彼の方も覚悟を決めているようである。
「とりあえず、この場は逃げの一手だ」
「……ありがとう、レィオさん」
「普通の常識的判断だ。無関係な民衆を巻き込むクソ共に遠慮は要らねえ。これだ」
言いつつレィオが取りだしたのは術弾、だったが特殊弾中でも効果範囲拡張弾だ。
ライルはなにをするのか、その術弾だけではわからなかった様子でもレィオの手元を見てひとつ気づく。そして、レィオのコートを掴んでいた指先をほどいて胸に抱える。
レィオはライルの察しのよさにも感服だ。やっぱり優秀すぎる人材というかもはや人財になりそうなくらい優秀有能すぎると思える。この効果範囲拡張弾についてはわかっていないようでもレィオが用意する他の小道具でおおよそを理解した様子だったし――。
「俺が合図したら俺の
「そんなの、全然気にしないよ。だいたい、もしかしたらだけどこれって僕の――」
「? まあ、あとでお互い秘密を明かそうってわけでいくぜ、ライル? 準備は?」
「いいよ。大丈夫」
「よぉし、いっちょかましてやるかっ!」
言うが早いかレィオが物陰から飛びだして威嚇に実弾を一発。それは機関銃の横っ腹に当たって硬質な金属の悲鳴をあげさせた。ほぼ同時に冷たい視線で睨みつけられる。
冷酷無慈悲をひとの形に封じたような不穏で不吉な姿を三つ確認し、レィオはすぐ用意していた緊急用の秘密道具、と言うほどではないが、その場を凌ぐ為の道具――なんの変哲もない術符――を手にする。だったが、それに封じられた術は守備警備ではない。
レィオがにやり。その符札を火炎系魔攻第一階級位の《
叱りつける間延びした女の声が聞こえてきてレィオは驚く。この残虐な行いの主導者が女だとは、と。が、すぐレィオは左腕を庇って単車に急ぐ。さっきの一瞬限りの銃撃がまぐれ当たりでレィオの左腕の防弾装備の隙間を衝いたらしい。すごい不運率の高さ。
「ライル、来い!」
「あーもぉう、やってくれるぅっ!」
「おー。内輪揉めなら余所で頼むわ!」
「うっせえなぁ。てめえこそこっち見えねえだろ? 条件は一緒。っつーわけで連れのコをこっちに寄越しなぁ! さもねえと、もっと痛い目に遭わせてあげちゃうよぉ?」
「誰がっ! ライル、急げ!」
「レィオさん、怪我し」
「それはあとだ。ずらかるぞ!」
単車のエンジンが起動。とライルの軽い体が単車のバックシートに飛び乗ったかすかな揺れを感じてレィオは白煙の先、連中の頭上付近に一発ともう一発は連中に向けて一発撃ってすぐ単車を走らせはじめる。白煙を抜けるとすぐ頭をさげて狙撃の一撃を躱す。
が、これさえ凌げばレィオの仕掛けが大爆発を起こす。背後に聞こえる雨の音と爆発音に続く爆音が連発していき、どうやらプロ集団らしい連中も意表を衝かれたようだ。
レィオが上空に放ったのは人口雨を降らせる水氷系魔法の一種で第二階級位たる《
まず人口雨を降らせることで連中が使っている武器の火薬を湿らせて機能不全にした上追加でくれてやった火炎系も連続火炎地獄が直接的に、そして間接的な兵器になる。
ずばり言って水蒸気爆発だ。普通に思いつくと思うのだが、現魔法戦闘においてはたしかに相棒の言うように小手先の小細工、といったふうになってしまう。であっても。
逃げおおせればこっちのもん。それに連中の狙いが期せずして知れてしまったことからしても情報開示はお互いの為に必要。絶対に必要だと思われた。ので、レィオは背で落ちないよう自分の腰に掴まっている遠慮がちな細い手に片手を置くがびくっと震える。
「ライル、何者なんだ?」
「……ごめんなさい。レィオさんも、みんなも、僕、僕の、せいで、こんなひどい」
おそらくレィオに対する謝罪は彼の左腕の出血を見て言っているのと巻き込んでしまったことへのものが多く含まれてる。だが、みんな、とくれば通い慣れた町の人々だ。
突然、自分のせいで通い慣れた町の風景が一変してしまうのは心に相当負荷がかかっただろうし、かかってしまったのは間違いない。ただ、今は置いておいて問題は……。
「さて、と。どこに匿ってもらおうかね?」
「……ぐす。大丈夫。それなら僕に当てが」
「そっか。ライル、泣きたい時は泣いとけ。……じゃねえと心が疲れて潰れちまう」
「わ、かった。本当にごめ、ごめんなさっ」
「いいっつーの。先にストンウォーリザーから助けてくれたし、他にもいろいろと助けてくれたじゃねえか。礼ができて俺は正直嬉しいんだが、ライルは、迷惑だったか?」
「そ、なこと、なっ……」
「よぉしよしよし、今はとにかく逃げるが早めにこの不運負傷の手当てしねえとな」
「パシェックの先、王都のホント手前に一軒だけちょっと休憩所があるんだけどそこはどうかな? シャワーと鍵付の個室もサービス料払えばついてくるんだけど。言えば」
「あー、なるぅ。危ねえやつを煙に巻くにはうってつけなサービスもつくってか?」
とん、とレィオの背にライルの額が当たる音が風とエンジンの爆音があるのになぜか響いて聞こえてきた気がした。レィオはライルの手をもう一度だけぽん、と叩いてから運転に集中する。ライルは自分の携帯端末に情報をだして後ろで読みあげる。震える声。
恐怖と怯えと感謝と申し訳なさで泣いていて震えているライルの声に突っ込みは入れないでおく。そんな鬼畜根性していない。レィオはただ黙って聞き、時に頷きを返す。
とにかく今は一刻でも早く、ライルを落ち着かせられる場所でついでにレィオも自分治療をしないとあとで諸々まずい。万全からほど遠い今、一日凌がねば勝ち目はない。
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