010 招かれざる「お客」たち


「ちょーっと、マイマナ? 間違ってもぉ」


「わかっているさ。クルフ、集中してんだ」


「だといいけどぉ? 昨日の移動商隊キャラバンだって情報絞ろうとしただけだっつーのにぃ興奮したおめえが暴走して結果皆殺しにしちゃったんだからさぁ。ちょい自重しろやぁ?」


「だってゲロりそうになかっただろ? 趣味と実益を兼ねてのアレはだ」


「あは、ものは言い様だねぇ。すごぉーい」


 パシェックの町に少ない背のある建物の屋上で声がふたり分。屋上に人影が三つだったが喋っているのはふたりだけだ。妙に間延びした、ひとを小バカにしたような喋りの女が声を向けた先で狙撃スコープを覗き込む男が返事をする。お互いの名前を呼びあう。


 間延びした声の主はクルフと呼ばれ、狙撃手の男はマイマナと呼ばれている。そしてもうひとり一言も発していない影。着込んでいる黒いローブで口元を覆い、風よけしている者にクルフが振り返り、ビシ、と指差した。咎めの意をこめた指、手にある赤黒さ。


「ディジェもさぁ、黙ってねえで兄貴の暴走くらい止めろよぉ? んで僕ばっか貧乏くじ引かなきゃなんないわけぇ? 意味わかんねえんだけどぉ? はーい、お返事~?」


「……たるい」


「……。まったく、おめえらさぁそれでもやる気あんのぉ? いちおー僕らひじり様直属部隊としてここ来てんだぜぇ? 足向け云々じゃ済まねえっつーのぉ。ま、いいけど?」


 どっちだよ。ここに常識があるひとがいれば突っ込んでくれただろうが、生憎ここにいるのは邪悪な思想の下に動く野蛮な者ばかりだ。聖様、といえばエレントシビスにおいて知らぬ者なき誰かさんの通称だ。オルンケルン聖堂王国の国王を揶揄ってそう呼ぶ。


 クルフの言うにも皮肉の類がたっぷりとこめられていた。クルフはマイマナのそばまでいって自分の手を筒状に丸めてまるでそれで望遠している、と言わんばかり先にある物陰を眺めて赤い口紅を塗った唇をぺろり、と妖しく舐めてに語りかけていく。


「さぁてもう、潮時だよぉ? 今なら、そっちの無関係なのはぁ見逃してあげるぅ」


 クルフが見据える先にいるであろうそのひとに聞こえないと知りつつ女はくすくす笑って無関係なの――と誰かを見逃す、と言っているが顔に貼りつく表情はどう見ても誰かの命を慈悲で以て見逃す善人のものではない。むしろ、その誰かを生贄にしてしまう。


 そういう毒々しい顔だ。冷たい声が囁く潮時との言葉も第三者には通じないもの。


「安心してでてきてよねぇ」


 とてもじゃないが安心できそうにない。猫撫で声でふふりと笑うクルフは隣にいるマイマナにそっとある提案を囁いて吹き込む。聞いていたマイマナは怪訝そうにしたがすぐ承知したようで壁の一点を狙っていた照準を外し、町民を無差別に撃ち殺しはじめる。


 瞬間、ひとりが蜂の巣。まわりが騒ぎ、下界は阿鼻叫喚の様相を呈していく。クルフは笑う。憐れで愚かな民衆という生贄を嘲っている女は身を折って笑いを堪えるフリ。


「あはぁ、最っ高だよぉ……っ!」


「てめえこそ変態じゃねえか、クルフ」


「あれぇ、リーダーは僕だよ。マイマナ、なんなら君から先に地獄に逝くかーい?」


「逝かねえよ。お楽しみがあるんだ」


「ダーメ。聖様へのお土産に唾つけようなんてぜーったいにダメったらダメ。まあ、あっち側はどうでもいいや。話していた感じからしても初対面って感じじゃないしぃ?」


 うずうず、と体を揺らして小柄なクルフが屋上から身を乗りだす。赤い唇を血で汚れたままの手は甲に落とす。ちゅっ、と軽いリップ音。ついでぺろり、と乾き切った血を舐めるその瞳にあるのは狂気とでも呼ぶべきナニカ。目的の為なら無辜の人死も厭わぬ。


 レィオが買い物して出発直後の惨劇。移動商隊と接触し、情報を絞ろうとしたと先んじて言ったクルフの手はしかし血染められたままという異常。どこの殺人鬼であろうともひとを殺せば痕跡を消す。まず、両手が血染めならば手を洗うという思考が起こる筈。


 なのに、クルフにはそうした常例の思考すら起こらないのだろう。冷たい爬虫類のような目で壁の切れ目を見つめ続ける。淡いグリーンの瞳にあるのは焦がれるような心。


「あーもう、堪んないぃ。今、どんな顔しているのかなぁ? 早く引き摺りだしてよマイマナぁ。つまんなーい。もっともっともっと陰惨に陰湿に苛烈に非情にいけよぉ?」


「へーへー。注文の多いリーダーだぜ」


「……クルフ、あたしたちはいかないの?」


「あぁ? ちょくでいったらなに起こっかわっかんねえだろーがよ、ディジェ。なんてったって例の和平の場で予言したカリム大賢者が一目置いた当時のよか数百いや数千倍強ぇ力だっていうじゃねえのぉ? 慎重にいかなきゃねぇ。消し飛ばされちゃ堪んねえわぁ」


 数百年前の和平協定における大賢者カリムの予言、という名のお遊びはまさに今、現代に持ち越されてこの災厄ともいうべき無差別襲撃を起こしているようで、そのことを知るのはここにいる、立っている三人組と遠い中央直轄領の玉座に在る聖堂の王だけだ。


 再びの戦禍は聖地ファヴァーヤで火の手があがるなどとという戯れのような予言は現状に繫がっていることを渦中の誰かも知らないままに眼前の凄惨さに驚いていること間違いなし。そう想像するだけで興奮の唾液が溢れてくる。垂涎、とはまさにだ。


 相手側の困惑を予想して体が甘く疼く。惑い、混乱し、悲愴さに濡れている瞳というのは想像だけでゾクゾクする、というもの。恐れるままにこうべを垂れればそれで良――。


 だけど、反抗するというのならば致し方ないで無辜の民たちに報いの代償を払ってもらおう。そういう猟奇性に満ちていて本当に狂っただというのはおそらく今もうすでにレィオたちには伝わっている筈だ。無差別な攻撃に移ったのだから。


 これが吉と凶、どっちでもほんのかすかな差異でしかない。ただここで終わってくれれば茶番を労せずに済み、甘言を弄するだけで仕事はおしまいだ。たった、それだけ。


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