004 不運な魔攻銃士VS岩壁大蜥蜴


 炎天下の最中に単車を走らせるというのもわりと被虐、果ては自殺行為じみていると思えてきてちょこっと水を飲むのに単車を停めて休憩を――と思ったらまさかの、だ。


 レィオがぶっ倒れる前に単車がいかれる、というこの事態にレィオはなんだか厄がついている気分になった。マドレアヌ出発前には特大の貨物車に轢かれそうになったし。


 単発出張で訪れた現在地ファヴァーヤの端っこに入るか否かという絶妙に寂れた荒野で単車の故障そして頼みの綱であった携帯端末の電池切れという不運が重なって通行人がいなければにっちもさっちもいかない。この上、魔獣でもでたら疫病神が憑いて――。


「シュー、シュー……っ」


 魔獣なんぞがでてきて襲われたりしちゃあそりゃあもう神がかっているというもんだなあ、あっはっは思っていたら急に陽が陰った。レィオは単車に向きあった格好でしゃがんでいたが陽は高くて首筋がじりじり焼けるほど暑かったのに急に冷や汗が噴く心地。


 急激な積乱雲の成長と豪雨現象――ゲリラ豪雨の前触れ、にしては湿気の類を感じない上に聞こえてきちゃいけない。そういう音が聞こえてきた気がしてレィオはゆっくりと視線をあげてみる。ちら。目の前にさっきまではなかった脈動する肉の巨壁が見えた。


 そろーっと視線をさらにあげるといかにも肉食バリバリといった風貌の蜥蜴とかげっぽい見た目ながら巨大すぎる化け物の黒い目とレィオの目が出会った。わぁ、運命の出会い☆


 心の中でコント遊ばすレィオだったが、咄嗟に大型単車――重量三百キロ――のハンドルと後部座席に両手をかけて持ちあげ、一緒にさがって位置を変えた直後、つい今し方単車が置いてあった地面が大蜥蜴型の生物の巨大な足による一撃で陥没してしまった。


「……マジついてねえってか、なぁおいっ」


 誰に突っ込んでいるか不明だったが、さがったお陰で全貌が見えるようになった大蜥蜴の顔を正面に見据えつつ戦闘用の便利機能付眼鏡型分析具を鼻に乗せ直すレィオは即座に眼前にどし、と存在する魔獣の正体を一瞥。愛車から離れて大蜥蜴とも距離を置く。


 二秒弱で検索結果が眼鏡型の便利道具のレンズ部分に投影される。生物名――ストンウォーリザー。平均体高二・五メートルから四メートルなどとメスとオスでの個体差か振り幅が大きい。体長も十五メートルから最大では二十二メートルを記録しているとか。


 名前にある通り岩石の壁を纏ったような見てくれをし、砂漠地帯に多く生息していて草食動物のサンドラガゼルなどを巨体で鈍重な為狩りが苦手で主に待ち伏せ捕食する。


 ……などとあるが、この眼前でこっち――レィオを見て涎垂らしている――を見る限りあのストンウォーリザーはレィオを捕食目的で襲ってきたらしい。まあ、主には主にで例外も中にはあるさ。と現状を諦め気味レィオは回転式弾倉の術弾を確認。あれ、空?


 ヤッベ。補填忘れていたか? と予備弾倉を入れていた筈のバッグ、は愛車のバックシートにくくっているのでポケットにたしか何発かあった筈だたしかおそらくきっと!


 パンツのポケットに手を突っ込んで探してみたら。……どうして? おかしいぞ?


「ちょ、はっ? ラストワン!?」


 なんと、ポケットに入れていたと思っていた予備の弾はたったの一発だけという連発すぎる不運というか不幸に泣けてきたレィオだがないよりましだ、とポジティブ思考で空っぽの弾倉に弾をこめて閉じる。カチャ、と小気味いい音が聞こえてきたが外せない。


 外したらあの蜥蜴の餌が確定してしまう。もちろん普段のレィオだったら戦闘用のロングコートにでも予備の弾を少なくとも三十発は仕込んでおくが、どういうわけか気を抜いていたらしいと自己分析を終えてストンウォーリザーを見据えて弱点検索してみる。


 すると、あんな見た目を裏切って火炎系魔攻に弱いとあるので慎重大胆かつ一撃で仕留められる魔攻を要精査する為に魔導式火薬銃をストンウォーリザーに向ける。銃に搭載されている演算装置が作動。銃把を握る手の神経系から脳神経系に情報が伝達される。


「おほっ、アンラッキーでもラッキー♪」


 一撃で射殺可能魔攻として一位にあがってきたものはこの不幸をひっくり返す幸運さで期せずしてレィオの得意魔攻のひとつ火炎系魔攻第三階級位の《火煉重奏業拷イグセフェッス》が最適とでた。得意魔攻なので術式の組立も五秒で完了。撃鉄を起こすと銃口に術式が表出。


「へっ、でか蜥蜴め。この俺を喰おうと狙ったことをあの世で存分に後悔しやがれ」


 巨体を荒れ地にズリズリ引き摺って迫ってくるストンウォーリザーに銃口を向け直して引き金を絞る。撃鉄に打たれた雷管が術弾を射出し、レィオの書き起こした術式をくぐっていき、ストンウォーリザーの首に命中と同時に術式が正常発動して爆音を立てた。


 幾重にもなる火の拷問という業の門が開かれてストンウォーリザーを一瞬で火達磨にしたレィオの魔攻は七階級魔導師が演算を装置に丸投げても発動まで三十秒は要る中位魔攻のひとつだ。脳内で一瞬に自力で組み立てた点、彼の頭の出来、実力だけ評せる。


 そう、何度も実力だけは~、と言われまくって腹が立ち、前所属事務所の所長をハゲ呼ばわりして大喧嘩の末、放りだされた思い出が突然ふっと湧いたレィオは再度前事務所長を呪っておいた。眼前ではストンウォーリザーが断末魔をあげて倒れていったから。


 ズシン、と重低音が響いた時にはもうすでに間合いに入られていた――というかどっちにせよ弾切れだったが――のでレィオの背後にもう一頭そびえていらっしゃるストンウォーリザーに対抗する術が、ない。レィオの脳裏に走馬灯が流れていきはじめた瞬間。


「二歩さがって!」


 映画やなんかのエンドロールよろしく背景にご贔屓歌手エルメナ・アーチェの代表曲のおまけ付走馬灯を観覧しようと思ったら突然に。凛と澄んだ声が空から降ってきた。


「おわっとっと!?」


 空から降った音を脳が理解するより体が先に動いて身を躱すと遠雷のようなものが轟き直後、レィオに迫ってきていたストンウォーリザーの脳天から顎を貫いて何者かが地面に無音の着地。遅れて雷の炸裂音がした。雷電系魔攻を付与して突貫したらしい。


 武器ではなく体に纏うのは相応のリスクがある。効果範囲を集中させ続けなければ全身に広がりかねず、自爆の元になることも魔騎士・魔導師総連合協会には報告される。


 なのに、だ。そのリスクをまるで感じさせない手慣れた感じといい、即死してその場で崩れ落ちるように倒れたストンウォーリザーの脳天――特別硬いらしい鱗板りんばんがある――をさもこのくらい当然、と言わんばかりに貫通して顎から抜けてきたそのひとを見る。


 威力的にも中低位程度の魔攻だったんだろうがそれでこのファヴァーヤの砂漠・荒野における食物連鎖において上位に喰い込む大蜥蜴ストンウォーリザーを一撃とは……。


 さぞかし屈強な大男に違いない、と思っていたのだけど、そこにいたのはなんというか場違い感がただようほど細い、儚げな見てくれで少年くらいの歳に見える男だった。


 とてもじゃないがあの重なるようにくっついている鱗板を魔攻を纏っていたとはいえただの蹴りで貫通した、と思えないくらいこう言っちゃなんだが、可憐な少年だった。


「一応訊くけど、無事かな?」


「……お、おう?」


「そう。その格好からして旅人さん? 不運だったね。こんな場所でこいつに襲われるなんて。それも大嫌いな雨のあとで気が立っていたついでに繁殖に入る前のつがいなんて」


「あ、そうなの? 雨なんて降ったっけ?」


「一昨日にちょっとだけ。さて、せっかくだし鱗数枚持って帰ったら売れるかな?」


「俺、出発昨日だわ。うわ、不運すぎる」


 死骸をチェックしながらレィオに現状の不運を再確認させてくれた少年っぽい若い男はこのクソ暑いのにを着込み、その上にはまあまあ涼しそうな青紫色のシフォン素材が優雅に風で揺れる衣を一枚巻きにして覆面と変わった格好だ。この辺の住人か?


 と思い、少年を観察してみる。少年は見られているのは感じているだろうが別段脅威もなければ興味もなしっぽくてストンウォーリザーの脳天鱗板を二、三枚ばかしサバイバルナイフを使って器用に剝がし取っている。――脆いのか硬いのかどっちだ、この鱗?


「ストンウォーリザーの鱗板は表面だけ岩石どころか鉄並みに硬いけど根本は柔らかいんだ。だから、殺しちゃった時は少しだけ頂戴してさ、鎧づくりに役立てたり、ね?」


「あ、心の声を聞ける感じな」


「……がっつり口からでているけど?」


 レィオが心の声が聞こえたのか、と思ったら少年は呆れた様子で答えてくれ、ちょっと視線をあげて気になったのか覆面を直して、軽く鱗板を背に負えるよう荷造りした。


「じゃあ、僕はこれで。道中気をつけてね」


 そして、そのまま駆けだそうとしたのでレィオは突撃の勢いで少年に飛びついた。


「ちょっと待ってぇえええええ!?」


「わあっ、な、なに、すんのさっ!」


 ドゴズっ! 非常に愉快な音が聞こえた。


 男の急所様に綺麗な蹴りが入る音。状況整理に移行する。レィオが必死に少年を引き留めようと抱きついた瞬間、ドン引きした少年に股間蹴りを喰らわされちまった模様。


 ただちょっと土下座の勢いで助けを乞おうとしただけなのになにこの仕打ち? と思う間もなく訪れる闇。ストンウォーリザーの脳天鱗板を貫く蹴りを繰りだすには細い足だったが威力は先に死骸になったストンウォーリザーで証明された通りさ。絶大でした。


 蹲り、でもこうなりゃ意地でも逃がすまいと少年の衣を握りしめたままレィオは無事というか当然の結果で片手に少年の衣、片手を股間に当てて見事に失神してしまった。


 ――ああ、どんだけ運がねえの?


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