1章 砂礫の国ファヴァーヤ

その男不運につき

003 砂礫の国は入口で立ち往生ひとり


 争乱が鎮まり、時代は流れ流れて時は天聖歴二六八八年。想像を超える大戦が和平協定を以て終息してからも数百年経過している現代は真に平和の成りし時とされていた。


 どの国も地域も恵まれ、ある一定以上は等しく満たされていて幸福を噛みしめる。


 そうでない国もあるのはそうだが、所詮少数でしかないものは計算に入らないものとして扱われてしまうのはいつの世も変わりない。であれ、どこもかしこも戦争などと過去の遺物であると認識。平穏と和やかさを享受している。その点だけは世界共通だった。


 戦争による兵器開発が止まった状態で盛んになったのは各国との交流手段の拡張であった。一番の大きな変化であり、成長産業とも言える。戦い殺す世界を脱却し、文明は日進月歩も置き去りにするほどの急速度で伸びあがった。特に通信装置は著しく進化した。


 かつては近所十軒に一台あればと言われていた電波による音声通信装置。電話機も数十年で一家に一台となり、さらに携帯用の小型端末になってからは十年とかけず庶民にも浸透していき、今やひとりに一台の通信機器を持ち歩くのが常識でステータスである。


 携帯端末は便利なものであらゆる形式での通信機能はもちろん。他には世界地図どころか地域地図まで網羅した機能がついているのが一般的だった。つまり、どのような僻地にいこうと位置情報を簡単に取得できるし、困った時だって通信一本で助けが呼べる。


 ……。そう、少なくとも今この時、上空を優雅に飛行する鳥から見れば小さな点であるこの男とて困り果てて同じ場所を往来もとい右往左往はしないでいい筈だったのだ。


「落ち着け、落ち着け~、レィオ~?」


 怪しいひとがいる。完全無欠に怪しくって大きな独り言は気持ち悪い、と言われたかもしれない。ひとの往来が、あればの話だが。男は陽光を浴びてきらきら輝く短い金髪をガシガシ搔いてひたすら呪文のように自分に落ち着くよう言い聞かせている。キモい。


 男の濃い緑の瞳が真剣に見つめる先には大型の単車バイクが一台鎮座し、弱々しい喘鳴のようなエンジン音を細々鳴らしている。どうやら急なトラブルで故障してしまった様子。


 オリジナリティ溢れる装飾が元の質素、質実剛健だった単車を完全な若者仕様に改造している。車種の刻印はロドンソーリーズン一四式。式とはエンジン年式を差す。最新式の二二式には劣るも一四式は高い馬力を持つエンジンを搭載し、中古なら買いの一台。


 この若者もそうだった、ということだ。購入年月日と車検日、次回点検日が記載されたシールが単車の尻に貼られている。購入年は天聖歴二六八五年とあった。ごく最近手に入れたばかりで故障とはついていない、と表わしたとてまったく差し支えないだろう。


 金髪緑瞳で顎にはだらしなく剃り残した髭があって実年齢より歳喰って見えるがまだかなり若い。二十代の前半といったところ。自らをレィオと呼ぶ男が首からさげているパスケースが風で裏返り、男の顔写真と名前や生年月日、住所と職業まで書かれていた。


 レィオ・ドグネックス。二十三歳。現住所は中央直轄領の中枢貿易都市マドレアヌの三等地に相当する好立地な場所を自宅兼魔術関連探偵事務所にしている。……らしい。


「こっちのメーターがこう、ってことは」


 傍目には怪しい独り言野郎にしか見えないが、中央直轄領のそれも中枢貿易都市マドレアヌの三等地に、それこそ魔術関連の事務所を構えているようなので魔法戦闘の腕にも覚えがある、ということ。――そもそも、世界には大分し、三種類のひとがいると説。


 魔騎士と魔導師と非戦闘員。……と、いたってシンプルな三種類の中最もわかりいいのは非戦闘員。文字のまま戦闘行為に参加しないだったりできない民間人で一般人だ。


 その代わり魔騎士と魔導師についてはかなり小分けされるのですべてを説明することはおそらく一般学生が通う学院生などでは不可能。なのでかなり専門的に分類を区分する分野の職種に就きたいと志す変た――もといちょーっと普通じゃない変わり者だけだ。


 レィオはといえば装備で一目瞭然。通常のものよりも一回りは大きな回転式弾倉を持つ大型の拳銃をガンベルトに入れていること。炎天下にもかかわらず半袖のシャツに良質な防弾防刃装備を身につけて上に丈のあるロングコートを羽織っていることから――。


「ったく、ふざけんじゃねえ。こんなところでいかれるなんてよ。メンテだしたばっかだっつーの。……はっ、まさかカシピアの野郎、俺の愛車だけをわざと手抜きしやがった、とか……? は? マジ? ……ちっ、魔攻銃士は軽く見られるってことかねえ?」


 柄悪く舌打ちしたレィオの職種区分は魔導師の中でも比較的取っつき易く極めにくいとされる魔攻銃士。特定の術式を銃弾形状の特殊弾で貫く。戦闘時、拳銃形状武装で以て術式開放する。と、言うのは楽だ。で、取っつき易いだけ同業者間では軽んじられる。


 けれど、実際は魔導師の階級試験で最も厳しい審査を受ける職種だったりする。なにしろ正しい術式を適切な術弾で貫く計算と前工程があり、実戦においても魔力という名の火薬量を発射の度に随時計測し、攻守共にこなさなければならない、ときているので。


 だからこそ、誰も極めようとはしない。適当に魔力計算方法だけ覚えて他の職種に移行する者がほとんどだ。先ほどの、レィオが首にさげている個人認証カードの隅っこ、目立ちにくい箇所にレィオの魔攻銃士としての階級が記載されている。――改位かいい九階級。


 一般における魔攻銃士の見習いを含めた階級は高くても五階級がせいぜいである。


 階級とは上にいくほど強くてクセのある、まさに曲者というふう格付されている。さてでは、五階級が平均中でトップクラスである中レィオの階級は改位――つまり階級の枠におさまらないクラスを改する者――との号もつく九階級、とずば抜けているのがわかる。


 ただ、今の彼はといえばいかれてしまった愛車を前にうんうん言っていてその威厳だとかいう類のものが一切感じられないので嘘の称号をぶらさげている感もまあ、滲む。


「クソ、今度からは町で休憩しよ。とりあえず誰か通らねえかな~? 端末か携帯充電器貸してくれよぉ。飯くらい奢ってやっていいからさー、っとねー。あーあー。あ?」


 メンテナンスにだしたばかりの愛車を事務所のある都市マドレアヌから飛ばしてきたわけだが給油はばっちりだった。ただ、その時、水分補給を怠ってしまったのが失策。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る