002 守護神の在りし国。和平。大賢者の予言


「オルンケルン聖堂王国の特等騎士団がこの地を踏み荒らそうとしている。そなたたちはここで待機するがよい。私がこの地の偉大なる守護神イアに誓って侵略者を払おう」


「せ、聖堂王国? 無茶ですっ! 彼の国は東西南北を抑えて中央直轄領を治めているばかりか兵力は他領土の百倍超はありますし、火力に優れる武装も多く備えていると」


「それでもゆこう。我が無辜の民を救う為にフェシエルの加護を以て追い返すのみ」


「王女様、の……?」


 王の言葉がことさらに理解できなかった。ただでさえ危険極まるというのに王はその争いに娘を巻き込もうと言う。王女の加護というのは理解できないが、危険は危険だ。


 オルンケルン聖堂王国とは名に「聖」だのとつくが実体は蛮族的人間が実権を掌握している野蛮な集まりが国として在るだけだからだ。実体を隠し、消す為の国名である。


 そこが抱える騎士団の脅威はもう各国で示されている。二等騎士団ですら東領を喰い潰すのに四日を要さなかった。なのに、今ファヴァーヤに向かっているのは特等の隊。


 終わりだ。灰すら残らない。砂漠に還れればよい方だと思ったが王は不安に思うより他を案じている様子であったが、もう一度へたに動かぬように息をひそめよ、と忠告を残して王女フェシエルと連れ立って民宿をでていった。……兵士も、誰ひとり動かない。


 なぜ? あの優しく聡明で慈愛に満ちた王と王女ふたりきりでの出陣じゃない筈だと思いたいが、それでも誰も動かない。不動の体で民たちには各家にて息ひそめよ、と伝播させていく。あのふたりは、生贄になりにいったのだろうか。命懸けで民を救う為の?


「なんで、ふたりだけでいっちゃったの?」


 そんな中、フェリッツェン語を理解できる若い兵の服裾を引っ張ったこどもが大人たちが訊くに訊けないでいた質問を単刀直入にしていて大人は慌ててこどもの口を封じてさがらせたが、その兵士は、なんと快活にいる。彼は勝利を確信しているようだ。


 強がりでもなく、虚勢でもない力強い笑みで彼は教えてくれた。屈んでこどもに視線をあわせて悪戯っ子のように笑って教えてくれたことはとても信じがたいことだった。


「王女様、ついてったネ。だからダイジョブ。あの御方ハ僕らの守護神そのものヨ」


「しゅごしん、ってなぁに?」


「守り神様。姫様はとーっても偉大ナノ」


「へえ」


 こどもの声に感心と感嘆が混ざるが大人たちは戸惑いを隠せない。守護神だなんて迷信みたいなものを信じている、本気にしているのか? 恩人の危機になにもできないなんて歯痒いどころではないが、実際問題大人にすらなにひとつ成せない。だから待った。


 王と王女が出陣していっておおよそ三時間後のこと。町に祝いの角笛が鳴り響いたのと兵士たちが万歳をしたので大人たちはそれこそ度肝を抜かれた心地となってしまう。


 本当に、勝ったようだ。あのオルンケルンと真っ向から激突して追い返してしまったのだ、あのふたりは。いったいなんの魔術を……と思いかけて不敬さを覚えて押し込めた大人たちは下町にまで聞こえてくる拍手喝采と歓声にあわせて自然と拍手してしまう。


 兵士たちが気を利かせてくれたのか宮殿に凱旋する筈の王たちを見せてあげる、と言って望んだ一行たちを民宿の屋上に連れだして望遠鏡を貸し与えてくれる。せがむこどもたちは順番に兵士たちが肩車して遠い白亜の宮殿に向かう王と王女を見せてもらった。


 が、途中で王女は王に片膝をついて挨拶、のような格好をしてから離宮、というには変わった形式の建築法でつくりあげられたナニカに向かっていった。兵たちはそこを。


「アレ、神廟いうね」


「しん、びょう?」


「うん。尊い、聖なる御人しか入れないノ。僕らの教えでいうところの姫様だけネ」


「おーさまも、ダメなの?」


「そ。あそこ男子禁制。この国つくった女神様なぞらえて歴代王女様しか入れない場所になってるって話。神廟でイアのお告げ聴くの姫様の大事なお役目のひとつ、かな?」


「しらないの?」


「僕、一兵士。神様知るなんて冒涜怖いネ」


 よくわからないが、そうなると彼女はこの国をつくった女神様のお告げを聴くことができる特別な存在。時たま他宗教でもそうやって凡人を祀りあげている国があるもこの国のあの王女はどうやら本物だ、と大人もこどもも理解した。神様に仕える聖なる御人。


 女神の加護をえている国に逃げ込んでようやく本当に息ができるようになった彼らは怪我や疲れを癒す傍ら王が斡旋してくれた仕事で収入をえて生き甲斐さえ見いだした。


 それから十数年。避難してきた者たちはいつの間にかファヴァーヤに馴染み、この国の民のように綺麗な色ではなかったが、似たような褐色の肌となり、毎日を健やかに営んでいたし、こどもたちも立派に成長して数名は自主志願で兵役に就くことも許された。


 世界の大戦もいつの間にか勢力は削がれたものの避難してきた何人なんぴともでていくことを拒んだ。住みやすく、なにより厚き信を置ける王と偉大な守護をもたらす王女に敬服していたからだ。誰よりもお役に立てれば、とそう彼らが願ったと知り、王は永住を許可。


 当時の王テグラバ・エニスティル様は慈愛深く他国民であった彼らを広き懐に抱いてくれた。そして、それから数百年、千年すら押して戦火は長く燃え続けたが王家は代を変えても絶対なる守護神に守られ続けて侵略者となりし愚か者たちを追い払っていった。


 あらゆる国があらゆる方法で攻め入ろうとも跳ね返し、防ぎ切り、退け続けたのでこれ以上は無駄な死の量産だ、と理解して各国はの仲介で和平の場をつくった。


「アレがファヴァーヤの現王ジュドラバ・エニスティルか。で、あの女が王女殿下」


「現王は即位したばかり。王女とは兄妹か」


「しかし、あの王女の迫力はなんだ? 兄王がすっかりかすんでおるが王すらそれを気にしておらぬとはどういうことだ? 女尊男卑だとでも言うつもりでいるのだろうか」


 ひそひそと囁かれる言葉にもファヴァーヤからやって来た王家のふたりと護衛の近衛たちは耳を貸さない。今代の王は黒い肌着に黒いシフォン生地のローブを纏っている。


 隣にいる妹王女も黒い肌着を着た上にこちらはあでやかな黄の透ける布地が美しい伝統衣装に身を包んでいる。これだけで、この衣装の色あい差異だけでこの兄妹がこの和平の場になにを思って赴いたか知れる。戦死者に黙する黒を王が。終戦を祝う色を王女が。


 それぞれに戦争の犠牲者と存命者への敬意を払う色を纏っているのだ。その衣類の意を見咎めたのは他国の王たちや領土を統括して管理する偉いひとたち、ではなかった。


「この和平に真の喜びと憂いを示したるはファヴァーヤ王国だけとはな。なるほどなるほど? さすがは選ばれし地ぞ。幾年月が経とうともまったく揺るがぬとは感服じゃ」


「恐れ多い。大賢者様」


「ふふ、飾りでいる気分はどうじゃろう?」


「大賢者カリム・ホーン・ラーク様。私は飾りではありません。大事な妹を守る盾」


「王陛下」


「アーイディは立派に今代での役目を果たすことを誓いました。なので、私も――」


「私は古の代を継ぎし方々には及びませんが、祖国ファヴァーヤを愛しています。なので大賢者カリム様、王陛下である以上に私の兄にすぎた言葉はどうかお控えください」


「ああ。わかっておるさ。冗談じゃ。そなたの力も偉大故に口に気をつける」


 時を越え、時空を越えて数千年の時を生き続ける大賢者カリム・ホーン・ラーク。彼ですらファヴァーヤの持つ秘密の力には相応の脅威を見ているらしい。でなければ、ひとりで聖堂の一等騎士団大隊をも壊滅せしめる彼が口になどと言う筈がない。


 だが、誰ひとり、どこ一国とてそのファヴァーヤに突っ込んで訊くこともましてや無礼を極めてちょっかいをだすこともならず、牽制のしあいすらままならずに和平協定は無事締結して戦争は終わった。終戦がなされたその日、各国の要人たちが見る先に――。


 各国が見つめる先にいる王族兄妹は無事に和平が締結されてほっとしているが、同時にどこか遠くを見つめているようにうつった。まるで一時いっときの平和、と言わんばかりに。


「そうそう。せっかくじゃ、予言を置こう」


 そして和平協定が結ばれた広場が解散されて要人たちが引き揚げようとしたと同時に大賢者カリムがこちらこそまさに余興、と言いだしそうな軽さで予言を寄越してきた。


「いつの日か再び戦禍が訪れし時、火の手は真っ先に聖地ファヴァーヤで燃えよう」


 予言を置き土産に大賢者はいずこかへ去った。誰も知りえぬを抱えて。


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