第4話 出発
「旦那、準備はできてますんで」
「ご苦労」
ベルティアたちは粗末な衣服に身を包み、いかにも町から町へと旅する商人に扮した。いかつい外見の多い友人たちは商人には見えないので、盗賊や野盗からの商隊を守る護衛の役として同行する。
「念のため、ここから国境へは直行せず、南から大きく迂回します」
用意周到なのはコソ泥だった頃の名残である。ベルティア専属の密偵となってからはさらに顕著になった。
「国境越えのための通行証も人数分あります。まあ戦争中でもないんで、かなりゆるいとは思いますが」
「五年前、お前を斬らなくて本当に良かったよ」
「旦那、あんた、俺が働くたびにそれを言ってくれますがね、俺としちゃあ形で示してほしいんでさ」
「お前こそ、それしか言わんなあ」
六十に近いドットは息子ほど年の離れた男を心の底から信頼しきっていた。軽口を言い合えるだけの敬意が二人には合ったし、それはどの友人たちもそうである。
「ヘッヘッヘ、それじゃあ参りましょうや。旦那は御者席へ。お嬢さん方は荷の番だ」
馬車に牽引される荷台には毛皮や下着、保存食といった生活用品、それに農具、質の悪い剣や盾が積み込まれている。小さな集落のための行商隊といえた。
騎士の鎧や剣では武装していない。すべて荷台の底に隠してある。ベルティアたちは旅人の格好で、短剣を忍ばせているだけである。
「出発しよう。地図をくれ」
ベルティアは鞭を空に振った。それに合わせてとことこ歩く馬の口縄をドットが引いた。
「先導は俺たちがしまさあ。ミーグが先頭になって馬を歩かせますんで、旦那方は居眠りでもしていてくだせえ」
まだ十代のミーグは馬術に関しては友人たちの中でもっとも秀でている。彼は自信満々に馬車の前に出た。
馬車の両脇には腕自慢のブックとエドが長剣を吊って護衛に当たる。彼らは死んだとされる元お尋ね者だが、ベルティアやクリスたちには実に気さくに接している。
「お前ら、騎士になれよ。俺の部下になってくれ」
真実の言葉である。しかし、友人たちは大笑い。ドットが叫んだ。
「冗談! お嬢さん方の愚痴を聞く限り、あんたは極悪非道の、俺たちなんか霞んじまうくらいの大悪党だ。そんな人が上司だなんて勘弁してくれよ!」
先導するミーグも、笑ってはいけないとは思いつつ、その肩が揺れている。馬上にいる全員が、笑い上戸のエドは特に顔を真っ赤にしていた。
対照的なのはクリスとユーディ、血の気が引いている。
「ほう。お嬢さん方の上司はそんな人かい?」
ベルティアはどこまでも聞こえるような大声で言った。
「違いますよ隊長! ただちょっとお説教が長いってだけで」
「いちいち細かいことくらい。本当にそれだけ」
「旦那、あんたは立派な騎士さまだがよ、女心ってのがわかってねえみたいだな」
ドットは下卑た笑みでいる。「じゃじゃ馬どもめ」と吐き捨てた雇い主をみてまた笑った。
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