第3話 計画は納屋で

「クリス・フォンリッテン。何か俺に言うことはないか」


 ベルティアの小隊にはあてがわれた部屋がある。三人だけの部隊にはもったいないほどの広さである。

 しかし、彼らはよく外の厩舎の隣にある崩れかけた納屋によくたむろしていた。

 使うあてもないし、ここを修繕するくらいなら他にすることが山ほどあるので放置されている。そこを勝手に、しかし堂々と使ってるのである。


「え? 別にないですけど」


 クリスは実にあっけらかんとしている。本当に心当たりがないようである。


「王国で一番シラを切るのがうまい女」

「このクソアマァ! もういっぺん言ってみなさいよ!」

「あなたの言うことを聞くのは癪に触るから、嫌」


 そして罵り合う二人。ひどく耳障りで聞くに耐えない。納屋は使われなくなった家具や廃材がそこかしこに乱雑しており、ベルティアは手元にある錆の浮いた鎧と折れた槍を打ち鳴らした。


「俺はお前たちに仲良くしろとは言わないが、仲良くしろとは思っている」


 彼女たちはこの男がどういう男なのかを知っている。小言が多く、敵に情けをかけるだけの優しい騎士ではない。その片目が、不気味に光っている。


「クリス。ドットからの報告を伝え忘れてはいないか」

「あー……。あはは、今からでもしようか?」


 はにかんで頭をかく。いたずらっぽく舌を出すのも忘れない。


「やっぱり」

「うっさい。無駄口と大飯食らいの雌猫め」

「その自己紹介、素敵」

「もうたくさんだ。これ以上お前たちが騒ぐなら、俺は本当に罰しなくてはならなくなる」


 本気だ、と少女たちはしおらしく話を聞く姿勢になった。くたびれた藁の上に寝そべっていたくせに、持ち込んである壊れかけたソファに並んで座り、肩まで組んだ。


「仲良し。ね、クリス」

「もちろんよ。ユーディ」

「ぶっ飛ばしたいほどの三文芝居だが、まあいい。本題に入ろう」


 小隊に与えられた任務、それは隣国のホツマ皇国の調査である。ティレルとの開戦を目論んでいるのか、また物資や士気の高さはどうか。そして戦闘の意思があるのならば多少の嫌がらせをする。とにかく実情を報告せよ。

 こういった内容を言い含められている。


「嫌がらせ……。それって火をつけろってことですか?」


 クリスは肩を組んでいる方の手を挙げた。


「そうだ。あとは要人暗殺とか」

「でも、たかがちょっかい出されたくらいでそこまでします? 別に敵対してるとはいえ、今は小康状態なのに」


 幼子をあやすようにクリスの頭を撫でながら、ユーディが応えた。


「きっかけが欲しいのかも。挑発に乗ってきたらそれでいいし」

「だな。調査に乗り出してきた奴らを捕まえて、スパイだなんだと騒げばそれでいいからな」


 捕まる可能性は極限まで低くしなければならない。もしくは捕まっても逃げることのできる者を送らなければならない。

 この基地でそれができるだけの騎士というのは数が少なく、ベルティアたちを派遣するしかなかった。


「へえ、簡単そうね」


 からからと笑う能天気なクリス、彼女はそう断じてもいいほどの騎士である。ユーディもそうねと適当に同意した。


「質問はあるか?」


 ユーディの手が挙がる。


「どうやって入国するの?」

「最初は行商に扮する。そういう小細工は俺たちの友人が最も得意とすることだ」

「最初って、じゃあそのあとは?」

「傭兵として各地の軍事施設を手分けして回る」


 ベルティアはホツマの地図を広げた。赤い印が三つある。


「クリスは南部、ユーディは北部。俺が首都を担当する。全ての連絡は友人たちを介して行い、期限は一ヶ月から半年と予想している」

「その間に戦争が始まったりして」

「鋭いなクリス。予想というのは大切だ。まあ俺たちはそれについての真実味がどれほどあるのかを確かめに行くんだが」

「出発は?」


 ユーディはポケットから菓子を取り出した。グレイからもらったものだが、隣の視線に気がついて、嫌々ながらも半分をクリスに握らせた。


「友人たちの準備が出来次第だ。おそらく一週間くらい先になる。それまでに各自準備を整えておけ。それと、これは特秘案件のため口外を禁じる。俺たちの友人たちは絶対に口を割らないし、守護長は言うに及ばず、ことが露見したとなれば、ここにいる誰かの責任である」

「あーあ、ユーディってばおしゃべりだから監禁しておいたほうがいいと思うなあ」

「私なら始末するわ、不穏分子はそうするに限るもの、ね、クリス?」


 肩を酌み交わしながらも火花を散らす姿に辟易するベルティア。三人の付き合いは長く、昔はこんなんじゃなかったのになあ、と感慨深く、そして責任を追求されればきっと平伏して懺悔しそうなほど、この金と銀の騎士は、いつもじゃれ合っている。


「喧嘩するほど仲がいいって、あれは本当かなあ」

「嘘ね! このアバズレと仲がいいなんて冗談じゃないわ」

「本当よ、クリス。私はあなたが好きだもの」


 ユーディは素早くクリスに抱きついた。腕を巻き込んでの鯖折りである。


「こんなに熱い抱擁、あなた以外にしないわ」

「ぐわ! ま、待って、これはシャレになって、ぐ、ぐわああああぁぁああ!」


 メキメキと締め上げ、クリスが泡を吹いて気絶するまでそれは続いた。ぽいと粗末な毛布に放り投げる。


「書類不備。報告怠慢。それから先日の任務で私の足を蹴ったこと。諸々込みの罰です」


 ユーディは礼儀作法をわきまえた素晴らしい所作で一礼した。汚く薄暗い納屋が舞踏会に見えるほどではあるが、傍で白目をむいて痙攣する少女がいただけない。


「呆れて物も言えん。が」


 よくやった。ベルティアはくっくと笑い納屋を後にした。

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