第5話 最後の夜
「次、目的は?」
ティレルとホツマの国境付近に設けられた関所は小さな砦にもなっていて、少ないながらも出入りの列ができている。順番を待ちつつ検問を抜けた人々を眺めていると、どうやらホツマの軍兵は彼らの仕事に忠実であるらしく、通り抜けられなかった旅人が手続きをし直すため別所に移動させられている。
「ん? 止まれ! なんだお前らは」
行商ではあるのだろうが、その護衛につく人相の悪さが目につく。御者は片目がふさがっているし、荷台にいるローブの二人も気になった。
ベルティアたちである。変装は正体を隠すことだけにしか作用せず、途中の街道でもそうだったが、かなり目立っている。
「ただの物売りでさあ。通行証もありますぜ」
ドットが対応した。髭面の強面を崩して愛想を振りまくが胡散臭さを隠しきれていない。
「偽造じゃないだろうな」
「まさか。これを発行してもらうのに三日もかかったんですぜ? 役所で散々待たされた挙句、関所でも足止めですかい? 俺たちにだって生活があるんでさあ」
弱々しく泣きつくような演技に兵士はたじたじである。なにせ、顔が怖い。
「役所のことは知らん。が、まあ行商人は苦労が多いだろうな。ほら、通っていいからさっさと行け」
「へえ、どうもありがとうございます」
ベルティアも御者席から頭を下げた。俺もフードを被ればよかったなどと今更後悔している。
だが突破する自信があったからこそ無防備に顔を晒していた側面もある。自信とはドットたちならば容易に相手を騙せるだろうという信頼からくるもので、期待は裏切られず、その褒美というわけでもないが、
「俺の荷物に酒がいくらかある。処分しといてくれ」
と、その晩の野営でねぎらった。
林道の中にある三叉路である。南北、そして首都へと道が分かれ、ここで騎士三人はそれぞれの任務へ着くことになる。
「じゃあ全部空けちまいましょうや。行商はもう終わり、明日っからは気楽な傭兵稼業ですからね」
野営するにはまだ早い時間ではあるが、護衛の友人たちは別れを惜しむかのように火を起こし始めた。
クリスとユーディは眠っている。偽りの荷の番というのは暇であり、景色を眺めることにも飽き、罵り合いも余計な注意を引くと禁じられていたため、もはや眠ることしかすることがなかった。
火の粉が飛び、寝床が出来上がる頃になってようやく起きだすと、
「あれ、ここどこ?」
と、呑気なクリスはベルティアの酒瓶を物欲しそうに眺めた。
「まあ、どこでもいいか。ねえ隊長、もしかしてそれ」
自室でちびりちびりと飲んでいたものをラッパ飲みしているのだから驚いた。そそくさと火を囲むベルティアの隣を陣取り、
「これってアレですか? 死んじゃうかもしれないから飲んどけって感じの」
「どうしてそう嫌なことを言うかなお前は! そうじゃない、ドットたちがいつも水みたいな安酒しか飲んでないから、これが酒だってことを教えてやってんのさ」
ユーディが空いている隣にすり寄ってきて、
「みんな隊長から出るお給料で飲んでる。つまり、安酒の原因は隊長」
よく言ったと割れんばかりの喝采。行商の仮面は脱ぎ捨ててあるので、はたから見れば両手に花の頭領を囲む山賊だ。
「さ、飲もう飲もう! ぜーんぶ飲んじゃおう!」
クリスのお気楽さに、集団は多少なりとも救われていた。これから進む任務は厚い雲に覆われていて、その前途は洋々とはいかない。しかし暗い気分にならないのは二人の女騎士のおかげである。
「飲もう飲もう」
ユーディも同調して、半分ほど残ったベルティアの酒瓶を一気を空にした。
「こ、こら! 勿体無い、じゃなくて一気飲みはやめろって!」
瓶を逆さにかざすようにして飲んだ。その勇ましさがドットたちに火をつけた。
「お嬢に負けるな! 空けろ、ガンガン空けろ!」
「加減しろって、これめちゃくちゃ高いやつだから!」
騎士の給料は総じて高額である。普段から盗賊や山賊の討伐を行い、有事の際には戦争へと魁るためである。半ば命を捨てているようなものなのだから薄給では成り立たなかった。
しかし、辺境では少し勝手が違う。平和なのだから多少は安くてもいいだろうという非常に短絡的な意向により、ベルティアたちの給料はかなり安い。王都で働く騎士になりたての小僧の方が蓄えがあるという悲惨な台所事情だった。
「ああ、札束が飲み干されていく……」
時には博打にまで手を出して手に入れた秘蔵の酒が次々と戯れに消える。ちょっと本気で嘆きはしたものの、
「おい! まだあるぞ、俺も飲むからみんなも飲めよ!」
と、一緒になって騒いだ。誰の目からもわかるやけくそであった。
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