第11話 一方その頃

「壮観ね」


 穀物倉庫の規模にクリスは思わず見とれた。豆や野菜まだ塊になって田畑に置いてあって、仮置きするための土蔵へと運ぶ最中である。畑が何枚も果てしなくつづき、簡易的ながらも基地が所々に併設されている。戦闘用ではなく倉庫としての意味合いが強いにしても、警備はザルで侵入も容易であった。


「しっかし、どうやって探ろうかな」


 武器商人では入ることが難しいと思われたので、日雇い労働者として潜入している。数日は別所での土木作業をつとめていたりしたが、騎士としての訓練に比べればどうということもない運動量だった。


「ねえ兵隊さん、これはどこへもって行くのかしら」


 やたらと美しい人足がいる。誰もがそう噂して、このホツマ北部の基地ではかなり評判になっていた。そのクリス、偽名としてアマンダとしていたが、彼女から声をかけられ、兵士はかなりデレデレとしまらない面持ちでいる。


「俺は島田ってもんだ。なあお嬢さん、聞きたいのはそんなことか? それより楽しく働けて金ももらえる仕事があるんだが、興味はないかい?」

「あら。詳しく知りたいわ。例えばあそこの倉庫で、じっくりと」


 服は泥で汚れてはいるが、なんとも艶かしい声である。兵士は鼻の下をこれでもかと伸ばした。


「先に行っててちょうだい。他の人には適当な理由をつけてごまかしておくから」


 ウインクひとつで兵士は腑抜けたような足取りで倉庫まで向かった。クリスは作業中のドットへ耳打ちする。


「脱出の用意を」


 とだけ伝えた。


「落ち合う場所は決めた通りね」

「了解です。お気をつけて」


 クリスは貸与された作業着の胸元を緩めつつ倉庫へ。すれ違う兵士には「島田さんとお話が」と言うと、「抜け駆けしやがって」とか「狙ってたのに」とか、ベルティアがいれば皆殺しにしそうなほどの人気である。

 倉庫にはこれでもかと米俵が積んであり、日持ちする食料、生鮮食品は輸送されるにしても、生活するだけであればこれほど多くてはかえって無駄になるだろう。飢饉を考慮したとしても多すぎるほどである。


(開戦はある。いつだろう、これだけあればすぐにでも)


 と、思考にふけった。横からそれを邪魔する男、島田である。


「やあお嬢さん。圧倒されたかい? 噂じゃティレルにかましてやるために集めてるらしいがね」


 そんなことよりと彼は薄暗がりから手招きした。


「せ、戦争をするの?」

「俺みたいな下っ端にはわからんさ。そういうのはお役人が決める。もっとも、お役人には味わえないことを、今から君は体験するんだ」

「私、怖いわ。すぐに田舎に帰らないと。ティレルは故郷なの」

「今すぐってわけじゃないよ。しばらくは大丈夫さ」


 その言葉を鵜呑みにするわけでもないが、まだ猶予があるならば手の施しようがある。

 これだけの倉庫ならば、穀物の移送にも手間がかかるだろうし、ここを襲えばかなりの打撃を与えられるはずである。

 これだけわかれば、もういいだろうか。


「あの、目を閉じてくださらない?」

「恥ずかしがるなよ」

「お願い」


 島田は最後の理性を振り絞って目を閉じた。


「私、あなたみたいな人、嫌いなの」


 島田の胸に刺さったのは欠けた鋤の先端である。押し込みひねると彼は大きく痙攣して力なく倒れた。

 クリスはそれを俵の間に押し込み、堂々と倉庫を巡る。


「食料の細かい数が知りたいって島田さんに言われたんですけどー」


 階級のたかそうな兵士を狙い声をかけた。これからもう一絞り情報を得るつもりだ。


「一般人じゃないか。あの馬鹿め、島田はどこにいる?」

「わかりません。言いつけた後、どこかへ」


 軍曹は困った部下に呆れ、クリスの顔をまじまじと見た。


「あとで私の部屋に来なさい。その時に教えよう」

(こいつ、ばっかじゃなかろうか)

「あ、ああ。そういうことですか。わかりました、お伺いしますね」

「よろしい」


 愛想よく返事をした。無論、その夜にはクリスの姿は基地のどこにもなく、ドットたちとさらに北上している。懐に隠した書類には、誰かの血痕が残っていた。


「モテモテで困っちゃうわー。隊長、元気かなー。ユーディは、まあ別にどうでもいいやー」


 馬車の荷台でくすねた酒瓶を傾けて、変わらない星々に乾杯する。これはこれでやりがいのある仕事だった。






「ホツマの冬は早いのね」


 ホツマ南部の倉庫で人知れず超小規模の戦争があったころ、ユーディは小高い丘から地平を見下ろしていた。

 地平、もしくは雪原といってもいい。昨晩の大雪が枯れた草木を覆い隠していた。天変地異のような突然の豪雪にみまわれ、ひどく寒い。コートの襟を立てて、彼女はくしゃみをひとつ。


「ねえズドラック。目的地はどこだったっけ」


 そう呼ばれた年老いた男は、強盗の罪でベルティアと対立し、ボコボコにされて今の友人としての仕事を始めた。


「もっと北上しなければいけません。まあこの雪ですから、ちょっとやそっとじゃ無理でしょうな」

「そう。でも、きっと隊長は頑張ってる。私たちだけが休んでなんていられないわ」


 北部の兵隊は白兵戦が得意とされている。それがどれほど強大で膨大なのか、騎士に勝るだけの力があるのか。想像するだけで背筋が凍った。

 恐怖を紛らわせる為にもこのまま野営などはしていられなかった。


「強行するんですかい? 老骨にはこたえますわい」

「強行じゃないわ、大強行よ。明日までには目的地を視界に収める。さ、みんなに声をかけて」


 やれやれと頭を振るも、ズドラックは嬉しそうである。内心老人扱いされることを嫌うこの男は勢いよく丘を降りた。


「お前ら、出発だ!」


 数人ながらも返事は勇ましい。威勢のいい声にユーディも溌剌となる気がした。


「北方基地には鬼揃い、か」


 ここに来るまでに聞いた噂、向かうは鬼の住処である。吹雪に目を細め、使命感に燃える胸に手を当てると、崇敬する片目の男よりも、生意気な同輩が先に浮かんだ。


「あの子、早死にしそうよね」


 ズドラックは参ってしまう。ユーディの無駄口といえば大体がこの調子なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る