手紙箱詰め

『あなたが好きです。』

 その気になれば地球の裏側の人とも会話が出来るほどに通信技術コミュニケーションツールが発達した現代社会に於いて、極めて稀と言っても過言ではない古典的な手段を用いて伝えられたそのメッセージは女を戦慄させた。

『いいえ、好きではなく愛しています。』

 白い紙に定規と鉛筆を用いて手書きで引いたと思われる艶のある黒い罫線、そのやや不規則な行間を不格好に彩るメッセージ、その文字は

 その赤黒い文字は紙を滲ませ、本来ならば平らであるべき紙は波打つ様に歪んでいた。

 不自然に歪むその紙はそれを書いたであろう人物が女へ想いを伝える手紙だった。

『この気持ちは誰にも止められない。』

『あなたは僕の運命の人だ。』

『運命が僕をここへ導いてくれた。』

 手紙に書き記された言葉の羅列を読み進めるに連れてその手紙を持つ女の手がと震え始め、顔があおめていった。

『僕はいつもそばにいる。』

『あなたをまもれるのは僕しかいない。』

『あなた僕の愛は誰にも邪魔させない。』

 女はその手紙から手を離し、視線を剃らし、その場から逃げ出したかった。

 しかし、女はそれが出来なかった。

 手を離す事も、手紙を放す事も、女は何も出来ずにその場で震えていた。

『あなた愛する人より愛を込めて』

 手紙はそう締め括られていた。

 都会で生まれ育った女がそれまでに積み上げてきた環境を投げ出して移住した田舎町の一軒家、女の暮らすその家の前にある手紙箱ポストに入っていた手紙、その手紙には宛先も切手も消印もなく、手紙箱ポストから僅か数歩先にある家のドアノブには乾燥して赤黒く変わる前のがこびり付いていた。

「僕はいつも傍にいるからね…」

 その声は女の家の中から響いていた。

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