0日目(7) 愛が強い(重いとも言う)彼女
「…………俺と、別れないか?」
真剣な表情のまま、彩羽さんの口から発せられたのは……紛れもない、私と彩羽さんの恋人という関係性を終わらせる言葉でした。
当然、最初はその言葉の意味が理解できなくて、
「…………………………ふぇ?」
と、気の抜けた声が漏れました。
そして、彩羽さんの言葉が頭の中で反芻され、ようやく私は理解し……
「ど、どうして、ですか……?」
私の口からは戸惑い、驚愕、悲しみが混じった、そんな問いが零れていました。
その問いに対し、彩羽さんはすごく悲しそうで、それでいた申し訳なさそうな表情を浮かべながら、こう答えました。
「………………俺はもう、一昨日までの姿じゃなく、お前と同じ、女になっちまったからな……」
と。
かなり簡潔な理由なのに、酷く説得力のあるものだと、そう思いました。
同時に、心臓が嫌なほどにかなりの速さで脈打つのに、体からは血の気が引いたように、サァッ――と熱が引いていく感覚がしました。
別れる……?
別れるとは……恋人ではなくなる、そう言う意味合いの言葉、ですよね……?
「も、もしかして、私にいたらない点があったとか……」
「それはないっ。……俺にはもったいないくらいだ」
「じゃ、じゃあ、他の人が好きになったとか……」
「それもねぇ。俺がここまで好きになったのはルナが初めてだ」
「…………じゃ、じゃあ、どうして別れるなんて、そんなに酷い事を……?」
私にいたらない点があったわけでも、嫌いになったわけでも、他の人が好きになったわけでもないのに、どうして……?
……いえ。
彩羽さんの言いたいことはわかるんです。
ぶっきらぼうでも、心の優しい彩羽さんだから、きっと――
「……女になっちまった俺と付き合い続けても、周囲から奇異な視線で見られるかもしれない。酷ければ、侮蔑の籠った視線もあるかもしれない。……俺としては、そうなってほしくなくてな。できれば、ルナには普通に幸せになってもらいたいんだよ」
私の予想通りの言葉が出てきました。
私のことを想って、別れようと切り出したのですね……。
……やっぱり、彩羽さんは誰よりも優しい人です。
でも、
「彩羽さんのお話は、よ~~~~~く! わかりました」
「……じゃあ」
「ですが、そのお話は『NO』、と返答させていただきます」
私はきっぱりと、別れると言う提案を断りました。
「……い、いやいやいやいや!? さすがにお前の両親がだな――」
そんな私の返答を受けて、彩羽さんはと言えば、少し焦ったような反応を見せながら、私のお父様やお母様のことについて言おうとしました。
ですが、
「関係ないです!」
すべてを言い切るよりも早く、私はすっぱりとそう言いました。
「えぇぇぇぇぇ……? いやだってお前、御縁グループの娘じゃねーか」
「私には兄と姉がいますので、問題ありません! それに、グループの方は兄が継承することになっていますからね」
「……だが」
「彩羽さん」
なおも言い募る彩羽さんのセリフを遮り、私は彩羽さんを見つめる。
見てみれば、彩羽さんの顔――というより、目は不安に揺れていました。
それなら、私が安心させないといけませんねっ。
「私にとって、彩羽さんと別れることが幸せだと思いますか?」
「……いや、少なくとも同性同士なんてことにはならないと思うが」
「そう言う問題ではありません。この際なので、ハッキリ言いますね。……私は、彩羽さんの全てが好きだから、彩羽さんに告白したんです。間違っても、彩羽さんという男性のことが好きになったわけじゃありません。彩羽さんという一人の人間に恋をしたんです」
「る、ルナ……」
私の言葉に、彩羽さんは不安そうな表情から一転して、安堵した表情を浮かべました。
やっぱり、不安だったんですね。
「それに、彩羽さんが女の子になったくらいで別れるほど、私の恋は甘く見られていたんですか?」
「い、いや、普通の奴の感性なら、割と別れるかと思ってだな……」
「よそはよそ! 私たちは私たちですっ! それに、中身は女の子ではなく、男の人なんですから、一切問題ありません!」
「お、おう……」
「そもそも、彩羽さんは私と別れたいんですか?」
「別れたくはないな。ルナほど可愛い女子を、俺は知らねーから」
「そ、そうですかっ」
……面と面向かってストレートに言われると、照れますね。
ただ、いつもと違って、今は綺麗な女の子になっていますから、かなり新鮮なんですけどね。
「と、ともかくっ! 私は彩羽さんと別れる気は一切ありません!」
私は自分の気持ちをストレートにぶつけました。
そうすると、彩羽さんはいつものような、優し気な笑みを浮かべて、
「…………やっぱ、ルナならそう言うわな」
なんて言いました。
……あら?
「あのー、彩羽さん?」
「ん、なんだ?」
「今、私が別れないと言うことをわかりきっていた、と言う風に捉えることができることを言いませんでしたか?」
「…………い、いや、気のせい、じゃないかっ?」
「ジトー……」
もしかして彩羽さん……私の気持ちを試すようなことをしたのでは?
多分、私が別れると言うかどうかを判断するために。
……もちろん、そう言う確認は必要でしょうけど、いくらなんでも言い方が悪すぎます。
それに、目の前の彩羽さんは今、冷や汗を流して苦笑いしていますし。
「もぅ、彩羽さんは……」
「は、はははは……すまんな」
「……まあ、彩羽さんの気持ちはわかりますので、全然いいんですけど」
「……そう言ってくれると助かる。……ってか、正直不安だったからよ。ルナなら大丈夫だと思ってはいたんだが……万が一別れる、なんてことにならないわけじゃねーからよ」
「何を言うんですか。私が彩羽さんと別れるなんて、100%あり得ませんっ!」
「そこまで言い切られると、照れるんだが……」
「それほど、彩羽さんへの気持ちは強いと言うことです」
むしろ、そんなに好きでもない人に、ここまで言えませんしね。
「……ところで、一つ疑問なんだが、いいか?」
「はい、なんでもどうぞ」
「さっき、『私は彩羽さんと別れる気は一切ありません!』ってルナは言ったが、仮に俺が本気で別れると言っていた場合、どうする予定だったんだ?」
「決まっていますよ」
私は最大限の笑顔を浮かべて、
「――その時は、また私を好きになってもらえるよう、努力しますよ」
そう言いました。
「~~っ! お、お前、その笑顔とセリフは反則……」
彩羽さんは急激に顔を真っ赤に染めて、手で顔を覆い、顔を逸らしました。
いつもの仕返しです♪
「……とは言いましても、難しそうな場合は」
「場合は?」
「――強硬手段に出ていたかもしれませんね♥」
「…………天使のような笑顔で、こえぇこと言うなよ……」
「ふふふ……」
「……俺、たまにルナが怖いわ……」
「気のせいです♪」
そう言うと、彩羽さんは少しだけ引き攣った笑みを浮かべていました。
「あ、ちなみにですけど、実は私。彩羽さんがよく読むライトノベルやマンガのジャンルを読んでいまして、その結果……恋人の男の子が女の子になって、女の子同士の恋愛に変化する、なんてシチュエーションに興味があったりしました」
「………………そ、そっすか」
「それから、彩羽さんのお部屋のタンスの裏とか、本棚の辞典の中とか、二重底になっていた引き出しの奥の方にあった薄い本に関しても、かなり興味がありましたので! いいですね、あれ!」
「ちょっとまてぇぇぇぇ!? え、なんでお前俺の本の隠し場所知ってんの!? いつ知ったんだテメェ!?」
今にもつかみかかりそうなくらい、彩羽さんが取り乱しました。
ふふふ、なんだかこうして取り乱す彩羽さんを見るのは新鮮ですね。
滅多に感情が全面的に出ないんですよね、彩羽さんって。
「初めて彩羽さんのお家に行った時、でしょうか? なんとなく、そこに隠している物があると察知しまして」
「お前の察知能力どうなってんだよ!?」
「うふふ♪」
「……な、なぁ、こんなことをお前に訊くのもあれなんだけどよ…………なんてーか、夜にそういうことをする時、やけに俺の心にピンポイントに刺さっていたのは……」
「ひ・み・つ♥」
彩羽さんの問いに対して、私はウィンクをして、口元に人差し指を当てながら、いたずらっぽく言うことで答えとしました。
「…………俺、お前が怖いわ……」
「むっ、恋人に対して怖いは酷いと思いますっ!」
「それほどのことをしてんだよお前は!」
「そうですか? 恋人がいる女の子のお友達が複数人いるんですけど、意外と把握しているみたいですよ?」
たしか、クラスにいるそのお友達もそうだったはずですし。
「……世の彼女たちは、なんでそうも彼氏の性癖を暴きにかかるんだよ……」
「恋人だからこそ、ですね。だからこそ、知りたくなるんです」
私だって、彩羽さんのことはなんでも知りたいですしね。
「…………いくら恋人ったって、知られたくねーことくらいあるんだが」
「それは、恋人のことを心の底から信じ切っていないからでは?」
「いやいやいやいや!? 少なくともプライベートくらいは浸食しないでほしいんだが!?」
「でも、ああいうのを知れて、私は嬉しいですよ?」
「その感性はおかしい」
「そうですか? ですが、ああいうことを知れたことによって、彩羽さんを喜ばせることもできるわけですし……」
「……そう言う意味ではたしかに、ものすげぇ嬉しい。だがな……だからと言って、俺の部屋にある見られたくねーもん、荒らして見てんじゃねーよ!?」
「大丈夫です。私は、彩羽さんがどんな姿になっても、一生愛しますから」
「そういうことじゃねーんだが!? ……って、あー、もういいや……ルナに何言っても無駄だろうしな……」
がっくりと項垂れて、彩羽さんはそう言いました。
あら? これではまるで、私が変な人みたいな言い方な気がするんですけど・……。
気のせいですよね。
「さ、クラスに戻りましょ、彩羽さん」
「……ああ、そうだな。ったく、俺はなんで、こんな奴を好きになっちまったのか……」
そんなセリフが聞こえてきましたが、私は、
「私が彩羽さんにとって、大切な人になり得た人だったからだと思いますよ♪」
にこやかにそう言いました。
それを受けた彩羽さんは、一瞬ぽかんとした表情を浮かべましたけど、すぐに苦笑いを浮かべながら、
「……違いねぇ」
そう言うのでした。
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