日常(8) 昼休みの騒ぎ(?)

「――ってーわけで、恋人関係は続行になった」

『『『チクショ―――――――――!!』』』

『『『ヒャッハ―――――――――!!』』』


 ある程度の話し合いが終わり、俺らが教室に戻ってくるなり、クラスの奴らの内一人がどうなったかと訊いてきたんで、正直に今後の関係性を話したら、本気の慟哭となぜかクソほどテンションが高い奴らで反応が分かれた。


 どうなってんだこりゃ。


 そう疑問に思っていたら、すぐにその原因がわかった。


「おーし、別れるに賭けてたやつら、食券か金を出せよー」

『クソッ、これで今日の昼飯はコッペパンだ……』

『んだよ、別れればよかったのに。クソが』

『っしゃ、久々に美味い飯が食える!』

『今月ピンチだったから助かるわー』


 などなど、俺たちの目の前で食券や金の受け渡しのやり取りがされていた。


 こ、こいつら……!


「何人の恋路で賭け事してんだ、ぶっ殺すぞテメーら!?」


 特にあのクソ教師! 何教師が先導してギャンブルを生徒にやらせてんだ!


 学園長、クビにしろよ、あいつ!


「はっはっは! 面白いことがそこにあるのなら、さらに面白くするだろ!?」

「しねーよバカ!」


 こいつの底なしの快楽主義、どうにかしろよ、マジで!


「おーしお前ら、やること終わったら、さっさと授業に戻るぞー。時間が押してるんでなー」

『『『ういーっす』』』


 クソな従姉兼担任の雪姉が教師らしいことを言って、騒いでいたクラスメート共を席に着かせた。


「……俺、もう帰っていいか?」


 そんなクラスを見て、俺は心の底から帰りたいと思ったが。


「まあまあ、きっと大丈夫ですよ、彩羽ちゃん」

「おい、今ちゃん付けで呼ばなかったか?」


 さすがにちゃん付けで呼ばれんのは嫌なんだが。


 そう思っている俺など、露知らず、ルナはにこにこといつもの見惚れちまうくらいに魅力的な笑顔を浮かべているだけだ。


「はい♪ だって、今の彩羽ちゃん、可愛いんですもん」

「さすがにちゃん付けはやめろ。俺は男だ」

「それは、精神的な部分だけですよね? 体は可愛くて綺麗な女の子ですし、ちゃん付けはおかしい事ではないと思います」

「俺が嫌なんだよ!」

「すぐに慣れますよ」

「……慣れたくねぇ」


 そんなことになっちまったら、それこそ俺が女になったと自覚しちまうじゃねーかよ……。


 いや、今でも十分自覚してるが……。


「ささ、授業に戻りましょ、彩羽ちゃん♪」

「お前、ほんと楽しそうだな……」


 俺以上に受け入れてるルナに、俺はげんなりした。



 それからと言うもの、俺が女になったという噂は瞬く間に学園中に広まった。


 ついでに言えば……


『うっわ、あれが御縁さんの彼氏? マジで、すっげえ美少女になってんだけど』

『しかも、別れないでそのまま恋人関係は続行らしい』

『マジ? 何その奇跡的な百合カップルは。最高じゃねーか』

『うわー、御縁さんの本気具合すごー』

『うんうん。彼氏が女になっても、そのまま恋人でい続けるなんて、普通は無理だって』

『すっごい応援したくなる』


 見ての通り、やたら応援されるようになった。


 男からは以前、嫉妬やら僻みの視線やら言葉やらを貰っていたが、今はその逆。女になったことで、むしろ応援される方になっちまった。


 女の方は、割と好意的だったんで、さほど変化はないが、それでも俺たちの関係を気味悪がったりしないで、そのまま応援するってんだから、すげーよ。


 ……強いて言や、男が単純、ってことぐらいだろうな。


 元男の俺が言うのもなんだが、女に――というか、美少女になった俺に対して、今までとは違い、プラスの感情を向けてる、ってのが何とも言えん。


 やっぱあれか? 綺麗な女なら文句なし、ってか?


 単純すぎんだろ……。


「彩羽ちゃん、一つ訊きたいんですけど」

「あ? なんだ?」


 頬杖を突きながら、周囲のことに嘆息していると、不意に目の前に座るルナが口を開いた。


 ってか、ちゃん付けで固定なのかよ。


「彩羽ちゃんって今――下着はどうしているんですか?」


 ざわっ――!


「……お前、デリカシーって言葉、知ってるか?」

「デリケートの名詞形で、繊細、気配り、配慮、という意味ですよね?」

「その通りだ。……それを踏まえて訊くが……お前、このタイミングでその質問はアウトだろ!?」


 普通、こんな大勢のいる場所で、そんなこと訊くか!?


 ってか、そういうデリカシーのねぇ発言をすんのは、どっちかっつったら俺の方じゃねーの!?


 なのになんで、女の方が言い出してんだよ!


「それはそうですが、気になるじゃないですか? 見たところ、ブラジャーは着けていなさそうですけど……もしかして、そっちの趣味が?」

「あるわけねーだろ!? いや、たしかに着けてねーが!」


 ざわざわっ――!


 って、しまった!


 今の言い方じゃ、俺がノーブラが趣味の変態みてーじゃねーか!?


 ってか、周囲の奴ら、聞き耳立ててんじゃねーよ!


「ですが、ノーブラ、というわけでもないんですよね? 見た感じ、ノーブラ特有の状態にはなっていないみたいですし……」

「……さらしだよ、さらし。さすがに上は妹のもんじゃサイズが合わん。なんで、家にあった布で何とかしたんだよ。まあ、沙夜には手伝ってもらったが……」

「まあ、見たところかなり大きいですしね、彩羽ちゃんのお胸」

「……やっぱ、女から見て、これはでかいのか?」

『『『でかい』』』

「そうか……って、周囲の奴らもなんで便乗してんだ!?」


 ルナに投げかけた質問のはずが、どういうわけか知らない間に集まっていたクラスの女子たちにも反応されていた。


 いつの間にいたんだよ。


『だって、気になる会話してるし』

『あの十六女君がこんなに綺麗な女の子になって、下着事情はどうしてるのかなー、って気になってたし』

『だからつい。……ちなみに、下はどうしてるの?』

「お前らド直球すぎんだろ!?」


 いくら今は同性だからっつったって、これはひでぇだろ。


「それで、どうしてるんですか?」

「言うかバカっ」

「あ、今の『バカっ』て言い方ツンデレな女の子みたいで可愛いですね! 彩羽ちゃんの声と相まって!」

「なんで沙夜と同じ感想言ってんだよ!? あと、俺はそんなに可愛い声してねーと思うが!?」

『いやいや、十六女君……じゃなかった。彩羽ちゃん、普通に可愛い声してると思うよ?』

『うん。あれだよね、所謂甘い系?』

『おんなじ女としても、普通に羨ましいレベル』

「いまいちわかんねぇ……」


 俺の声が可愛いと言うのは、どうなんだ?


 たしかに、元の声からは180度違う声だが……。


 まあ、女子が言うのなら、そうなのかもしれないな。


「それで、彩羽ちゃん。実際のところ、下はどうしてるんですか?」

「言うわけねーだろ! なんでバカ共がいる場所で言わなきゃいかんのだ!」

『つまり…………男子がいないければいいってことね!』

「いやちげーよ!?」

『みんなー、男子追い出してー』

『『『了解っ!』』』


 俺のツッコミを無視して、女子の一人が男子を追い出すよう指示し始め、周囲にいた他の女子たちは男子たちを追い出そうと行動を始めた。


 つってもまあ……


『ちょっ、なんで俺らが追い出されないといけねぇんだよ!』

『お、俺らだって飯食ってる途中なんだよ!』


 こんな風に、抵抗する奴もいるわけだが……。


 本気で興味がなさそうな奴(信士)もいるにはいるが、他の奴らは……明らかにこっちの話に耳をそばだててる奴らばかりだったがな。


 いくら元同性とはいえ、さすがに下着事情を話すわけね―しな。


 ……ま、女子にも話したくはないんだが。


『ダメ! 彩羽ちゃんみたいな可愛い女の子の下着事情を男子たちに聴かせるわけないでしょ! セクハラで訴えるよ!』


 いや、訴えられなくね……?


 その理屈で言えば、俺は女子たちをセクハラで訴えられるんじゃね?


『ほらほら、早く出て行った!』


 背中を押して、無理やり男子を追い出す女子。


 ……なんでそこまでして聞きたいんだよ。


「というわけで、男の子がいなくなりましたので、お話どうぞ!」

「お前、なんでそんなに生き生きしてるんだよ……。あと、他の女子連中も」

『だってだって、あんなに男らしかった十六女君が、こんなに可愛くて綺麗な女の子になったんだよ? 気になるじゃん!』

『そうそう。それに、今の彩羽ちゃんなら、セクハラにならないから!』

「……俺的には十分セクハラの範疇なんだが」


 下着事情訊く時点で、十分セクハラだろうからな。


「彼女の私が許可しますので、セクハラにはなりません」

「その理屈はおかしいだろ」

「おかしくはないですよ。……そもそも、お父様たちから出された、恋人としてお付き合いする条件が、結婚まで行くこと、ですから。なので、私がいいと言えば、いいのです」


 …………なんて無理矢理な理屈なんだ。


 たしかに、ルナの親父さんからはそういう条件を出されちゃいる。


 だが、今はまだ入籍してるわけじゃねーんだよな……。


「とは言っても、薄々気づいているんですけどね、今穿いているであろう彩羽ちゃんの下着については」

「は? 俺、ルナに見せてねーぞ?」

「うふふ、見ていなくとも、さっきの彩羽ちゃんのセリフから推理すれば、なんとなく予想はつきます。大方、沙夜ちゃんのを穿いているんですよね?」

「は、はぁ!? そんなわけねーだろ!?」


 思わず正解を言い当てられて、僅かに動揺が出てしまった。


 それをルナが見逃すわけもなく、ニマニマと意地の悪そうな笑みを浮かべる。


『沙夜ちゃんってたしか、彩羽ちゃんの妹さんだっけ?』

「そうです。同時に、未来の私の妹でもあります」


 それは気が早くね……?


「それで、彩羽ちゃんは今、沙夜ちゃんのを穿いているんですよね?」

「んなわけねーだろ? 俺はあいつの兄貴だぞ?」

「今お姉さんですよね?」

「……そ、そうだがっ、いくらなんでも、妹のパンツを穿くわけ……」

「でもさっき、彩羽ちゃんはこう言いました『さすがに上は妹のもんじゃサイズが合わん』と。これって、上は合わなかったけど下は穿いている、と言う意味なのではないですか?」

「ぐっ……」


 す、鋭い……!


 いや、むしろこの場合、俺の言い方が悪かったと言うべきか……。


 そもそもの話、こいつはかなり頭が良く、少し先にあるお嬢様学校的な場所に通うことだってできるくらいだ。


 頭は良いし金持ちだし、美少女だしで、本当に俺にはもったいない恋人なんだが……こういう時、マジで鋭いから困る。


「大丈夫ですよ、彩羽ちゃん」

「な、何が?」

「今の彩羽ちゃんは女の子。女の子の下着を穿くことはおかしいことではありません。まして、彩羽ちゃんは昨日なったばかり。下着を買いに行く暇がなかったから、沙夜ちゃんの下着を穿いているんですよね?」

「……あぁ、そうだよ。ったく、俺は今まで通りの奴でよかったんだが……」

『『『よくないっ!』』』

「おわっ!?」


 男時代の時の物で問題ないと発言したら、ルナも含めて、周囲にいる女子連中が口を揃えて否定して来た。


 なんなんだ、こいつらは……。


「女の子なんですから、女の子用の下着を穿かないとダメですっ!」

『そうそう! 男物はナンセンス!』

『女の子になったんだから、見えないところもオシャレしないと!』

「……いや、俺は別にそういうのに興味な――」

「では、放課後は彩羽ちゃんの下着とか、お洋服を買いに行きましょう!」

「はぁ!? なんでそんなことをしなきゃいけねーんだよ」

「お買い物デートがしたいからです!」

「…………お前、デートと付ければいいと思ってないか?」


 こいつはどういうわけか、デートをかなり好んでいる。


 理由は知らんが、どうも俺と出かけることが好きらしい。


 なんで、事あるごとにデートと称して遊びに誘ってくるわけだが……今回のは単純に面白がってるだけな気がする。


 そう言う意図が見え隠れしてるんで、ジト目を向けながらそう指摘する。


「え、えへへ……せ、せっかく彩羽ちゃんが可愛い女の子になったことですし、色々と前向きに楽しみたいなーって」


 顔を赤くして、照れ笑いを浮かべながら、やたら可愛くそう言うルナ。


 ……これがあるから、敵わねーんだよな……。


「……わかった。ルナのためだしな。行くか、買い物デート」

「はいっ! わーい、彩羽ちゃんと女の子同士での初デートです!」

「……いや、デート自体は今までしてきたろ」

「いいえ、女の子同士としては初めてです。私としましては、男の子の彩羽ちゃんも好きでしたけど、今の彩羽ちゃんも大好きですので♥」

「お、おう……そうか……」


 ……こいつ、人目を憚らず、よくもまあドストレートに好意を伝えられるもんだよ。


 思わず赤面しちまったじゃねーか……。


『おぉ~、普段はちょっと口が悪い彩羽ちゃんが、随分と乙女チックな反応を……!』

『男子の時から付き合ってるのは知ってるけど……知っていても、今のこの二人は尊い!』

『わかるわかる! 不良っぽい美少女とお嬢様な美少女のカップルなんて、最高意外にないしね!』

「……お前ら、なんでそんなに楽しそうなんだ?」

『『『そこに尊い百合カップルがあるから!』』』


 断言された。


 ……二年以上前なら、同性同士のカップルは白い目で見られることが今より多かったらしいが……『TS病』が広まったことと、日本は割とその辺に寛容な点から、どうやらプラスに捉えられているらしい。


 まあ、この学園に通う奴らは、大体こう言う奴ばっかなんだがな……。


「……はぁ。なんか、今後の学園生活は面倒なことになりそうだなぁ……」

「ふふふ、もしかすると、今まで以上に楽しくなるかもしれませんよ? 彩羽ちゃん♪」


 この姿になったことは、心の底から嫌ではあるが……まあ、少しは楽しくなりそうかね。


「…………ま、それもそうだな」


 ルナの笑顔とセリフに、俺は苦笑いで答えるのだった。

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