0日目(6) やや壊れかけのルナ

『あ、あれが十六女!? うっそだろ!?』

『今までと真逆じゃねーか!? なんだありゃ!?』

『うっわー、十六女君が美少女になっちゃった』

『しかも、何あのスタイル。ボンキュッボンじゃん!』


 俺が女になったという事実はやはり、クラスの奴らとしても相当驚くことだったらしい。


 予想してはいたが……あー、うるせー……。


「マジで、彩羽か?」

「生憎と、マジなんだよ、信士。ってか、俺が一番信じたくねーわ。なんだよ、この姿は」


 信士の訝しげな問いに対し、俺は苦い顔をしながらそう答える。


 今までの男らしい俺とは、本当に正反対な姿。


 俺は、今までの俺がそれなりに気に入っていたってーのに、なんだよこれは。


 女になんかなりたくなかったっての。


『せ、先生ッ! マジでこれはどういうことっすか!?』

「そんなもの、こいつが『TS病』を発症させたからに決まってるだろう? というか、それ以外に説明がつくか? 私は無理」

『もしかしたら、十六女の名を騙った偽物的な……』

「んなわけあるかバカが。殴られてーのか?」


 つーか、なんで女の状態で現れるんだよ、その偽物は。


 偽物なら、普通に今までの俺の姿で現れるに決まってるだろうが。


 バカなのか?


『……あの口の悪さは絶対十六女だわー』

『俺も理解。あんな美少女が、あんな乱暴なこと言うわけないもんな』

「どこで判断してんだ」


 まさか、口の悪さで判断されるとは思わなかったぞ。


 ……まあ、たしかに少しは口が悪いかもしれんが。


『…………ん? 待てよ? 今十六女が女ってことは……御縁さんと別れるのでは!?』

『『『たしかに!』』』

『となると、俺たちにもチャンスが――!』

「あるわけねーだろ馬鹿がっ! ぶっ殺すぞ?」

『『『さーっせんっした!』』』


 ふざけたことをぬかした男子どもに、全力で威嚇。


 俺の恋人のルナと付き合うなど、俺がさせん。


 ってか、何を勝手に別れる前提で話してんだよ。


 ムカつくな……。


『そういや、御縁さんが大人しくね?』


 ……そういやそうだな。


 なんらかの反応をするかと思ったんだが……って、


「……( ˘ω˘ )」


 なんか死んでるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!?


 俺が女になったことがよほどショックだったのか、ルナは安らかな笑みを浮かべながら、ものすごく白くなっていた。


 具体的には、燃え尽きたジ〇ーみたいな感じだ。


 いやいやいや! 今はんなことを考えてる場合じゃねー!?


「お、おいルナ! しっかりしろ!」


 教壇から降り、慌ててルナへ駆け寄った俺は、なるべく優しく体をゆすりながら、必死に声をかける。


「……夢です……世界一大好きな私の彩羽さんが、あんなに素敵な女の子になってしまうはずがありません……これはきっと、悪い夢です……私の彩羽さんに対する愛が足りなさ過ぎて見せられている、悪夢に違いありません…………目の前で、私に声をかけている綺麗な女の子な彩羽さんも、きっと夢です…………」


 うわ言のように、ブツブツとこれが夢であると思いこむために、延々と言い続けるルナ。


 やべーよ……ルナの目に光がねーよ……。


 これは、あれか? 俗に言うヤンデレ目的なアレか?


 まさかとは思うんだが……ヤンデレ属性を兼ね備えてねーだろうな……?


 さすがに嫌だぞ? いきなり、心臓をブスリとかされんの。


 最愛の彼女に殺されるとか、マジでシャレにならねーし。


 ってか、このルナを、俺はどーすりゃいいんだ?


 騙す、ってわけにもいかねーしな……。


 …………まあ、馬鹿正直に言うしかねーんだろうが……。


「おい、ルナ。正気に戻れ」


 肩を掴んで、優しくゆすりながらそう言うが……


「夢です……私は今、夢の中にいるのです……つまり、目の前に思わずドキッとしてしまった女の子がいたとしても……それは夢なのです……」


 頑なにこれが現実だと認めようとはしなかった。


 これ、どうすりゃはっきりするんだ?


 ふぅむ…………………まあ、やっぱ恋人が混乱に陥ったなら、マイナス的な意味を持つ言葉を言えばいい、か。


「戻らねーと、浮気しちまうぞ」


 ルナにはよく効くだろうと思って、浮気すると言う旨を話せば、


「そ、それはいけませんっ! 彩羽さんは、ずーっと私と一緒に――って、あ、あら? やっぱり、彩羽さん似の綺麗な女の子が……。ま、まさか、まだ夢の中なんですか!?」


 いつものルナの顔に戻り、こっちが赤面するようなことを言った。


 が、その後にまたしても夢だと認識しようとしたがな。


「残念だが、夢じゃねーよ」


 だが、さすがにこれ以上現実逃避をされんのは困るんで、現実を突き付ける。


 くっ、胸が痛ぇ……。


「……そ、そんなわけ、ないですよね? だ、だって、将来を誓い合った彩羽さんが、こんなに綺麗な女の子になるわけが――」

「いや、俺なんだが……」


 ってか、将来を誓い合ったか? 俺たち。


 …………記憶にねぇ。


「…………ふ、ふふ、ふふふふふ……じょ、冗談、ですよね? きっと、目の前にいる彩羽さん似の綺麗な女の子は、彩羽さんが女装した姿、なんですよね……?」

「冗談なわけねーだろ」


 てか、あの姿で女装の方が冗談だわ。


 つーか似合わねーだろ。


 想像しただけで気色悪いわ!


「じゃ、じゃあ、証拠を……証拠を見せてください」

「証拠だと?」

「は、はい。その体が、女装でないと示せる証拠を」


 証拠、か……。


 なくはないんだが……あー、んー………………まあ、ルナだしいいか。


「んじゃ、お前の右手を借りるぞ」

「は、はい?」


 キョトンとしたルナの右手を取り、その手を……俺の左胸に持って行った。


 もみゅ。


「んっ……やっぱ、変な感じだな……」


 自分で触るのとはまた違う感覚だが……。


 もみゅ、もみゅ。

 もみもみ、むにゅん。


「ちょっ、お、お前どんだけ揉んでんだよっ?」


 もみもみもみもみもみもみもみ――……!


「んひゃっ!? お、おまっ、マジでやめっ……ひゃんっ!」

「ほ、本、物……? パッドではなく……? 本物……?」

「だ、だから、そうだと言って――んぁっ」

「う、嘘です! 彩羽さんの逞しく厚い胸板が、こんなに柔らかいはずありませんっ! だから、このふわふわで、もちもちしているわけがないんですっ!」


 もみもみむにゅんっ!


「ふゃんっ!? お、おまっ、マジでいい加減に――あんっ」


 な、なんだこの謎の快感は!?


 さっきから、変な声が出るんだが!


『……あ、あの十六女が、エロい声を出してるんだがっ……!』

『元の姿を知ってるだけに複雑な心境だが……あ、あれはやべーって』

『変化して早々、百合百合しい光景とか……わかってるじゃねーか、十六女……』


 もみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみ――


「だ――――っ! いい加減にせいっ!」

「痛いっ!?」


 ずっと胸を揉む恋人の額に、デコピンをプレゼントしてやったところで、ようやく揉むのを止めた。


 あー、危うく変な扉が開くところだったぜ……。


 あのまま言ってたら、確実に何かが取り返しのつかないことになっていただろう。


 恐るべし、ルナ。


「あぅぅ~……こ、この優しくかつ、的確に、それでいて絶妙に手加減されたデコピンは……い、彩羽さんのデコピンと同じ威力……。と、ということは……」


 額を抑えてしゃがみ込んでいたルナが、ブツブツと何かを呟く。


 ……何か、変な方法で信じられた気がするのは、気のせいか?


「すぅー……はぁー……すぅー……はぁー……」


 お、深呼吸しているな。


 ってことは、心の準備をしてるってとこか。


 数秒ほど、真剣な表情で深呼吸を繰り返していたルナの目が覚悟が決まった、と言わんばかりの眼差しで俺を見つめてくる。


 ……ふぅむ、今の俺はルナよりやや背が低くなってっから、なんか違和感だな……。


 などと思っていると、ルナが意を決したように、口を開いた。


「彩羽さん……なんですよね?」

「あぁ。姿は見ての通り、女になっちまったが……正真正銘、お前の恋人の十六女彩羽だ」

「…………そう、ですか…………。あんなに逞しかった彩羽さんが、こんな変わり果てたお姿に……」

「変わり果てたとか言うな。なんか、生命の危機みたいじゃねーか」


 いやまあ、ルナから見りゃ、そう思っても仕方ないが。


「……………先生」

「お、なんだ御縁」

「彩羽さんと真剣なお話がしたいので、屋上へ行ってきてもいいでしょうか?」

「あー、それはサボって、か?」

「申し訳ないのですけど……」

「教師としては、それを止めなきゃいかんが……ま、面白そうだし許可しよう」

「おい待てテメェ! 今面白そうって言ったよな!?」

「ははは! いやー、今教職員の間でもかなり話題でなー。ちょっとしたトトカ――もとい、二人がどんな修羅場になるか予想し合ってるんだよ」

「ちょっと待て! 今トトカルチョって言いかけたよな!? 教員……というより、公務員が賭け事してんじゃねーよ!?」


 しかも、一生徒の恋愛ごとに関して興味持ちすぎだろ!?


 どんだけ暇なんだよ、うちの教師共はぁ!


「それでは、先生の許可もいただけたところで……行きますよ、彩羽さん!」

「あっ、ちょっ……ひ、引っ張るなって!」


 急かすような口調でいいつつ、俺の手を引っ張って、俺とルナの二人は屋上へと向かった。



「おーし、お前ら賭けようぜー。十六女と御縁の二人が破局するかどうか」

『『『うーっす!』』』


 などという声は、俺の耳には届かなかった。



「――それで? 屋上に来た理由はなんだ?」

「その、二人きりでお話を、と思いまして……」


 もじもじと少し頬を赤らめる。


 ……くそっ、今までと変わらず可愛いじゃねーか……!


 やっぱ、体は女になっても、好みに関することは変わらねーのかね?


「ま、俺も少し話すことがあるし、ちょうどよかったがな」

「彩羽さんも……? それって一体……」


 疑問符を頭に浮かべながら、首を傾げるルナ。


 ……まあ、こいつからすれば、かなり嫌なセリフかもしれんが…………これを確認しないことには、先に進めないし、何より今後の俺たちの関係に大きく関わってくる問題だ。


 だから、絶対に訊かなきゃならん。


 ……なんで、さっきからうるせぇほどに鳴る俺の心臓、落ち着け。


 こいつにそれを肯定されたら、俺はかなりしんどいが……。


「彩羽さん? どうしたんですか? そんなに不安そうな表情を浮かべて。それに、手の平、痛くないんですか?」

「…………ああ、問題ない。少し、気合を入れる意味でな」


 どうやら、知らず知らずのうちに握り拳を作っていたらしい。


 男の時と比べて、僅かに握力は低下しているおかげか、幸いにも出血するようなことにはなっていない。


 ……いや、現実逃避はよそう。


 さっさと言ってしまった方が、気が楽だ。


 いくぞ――!


「ルナ」

「は、はいっ」


 俺はルナの名を呼びながら、真剣な表情でルナを見つめる。


 そして、軽く深呼吸をして、切り出した。


「…………俺と、別れないか?」

「…………………………ふぇ?」

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