0日目(5) 彼氏(♀)初めての登校
翌日の朝。
「…………朝が、来てしまったか」
休日明けの社畜のようなセリフを吐きながら、俺は目を覚ました。
昨日のことが夢だったら、などと、淡い期待を込めて体に視線を落とせば……
「……夢じゃねーよなぁ……」
どうしようもない現実を突き付けられることになった。
女のままだよ、此畜生。
……ま、いつまで嘆いていてもしゃーない。
さっさと着替えて、朝飯作るか……。
「なんだってこんなことに……」
現在、俺と沙夜は二人並んで学園へ向かって歩いていた。
そんな俺の服装はもちろん、男子の制服……などということはなく、女子の制服だ。
うちの学園の制服は、何気にデザインが可愛いことで有名。
しかも、スカートは結構短め。
おかげで俺の脚がむき出しだ。
一応、ニーハイソックスを履いているんで、さほど足が見えているわけじゃねーが……なんだ、この防御力の低い布は。
腰に布を巻いてるだけだぞ? これ。
蹴りを繰り出すうえでは、結構いいかもしれんが、それ以外が心許なさすぎる。
女子ってのは、こんなひらひらしたもんを普段身に着けて生活していたというのか。
「いいじゃんいいじゃん。彩姉ぇ綺麗で可愛いし。すごいよねー。綺麗系なのに、可愛い系も混じってるんだもん。我が姉ながら、魅力的な姿だね!」
俺のぼやくに対し、沙夜が楽しそうに話す。
こいつ、俺の苦労も知らねーで……。
「うっせーよ……。しかも……なんか視線すごくねーか?」
さっきから、俺たちの近くを通る奴らからの視線がすげーんだが。
特に男。
「まあ、こんな美少女が歩いてたら、そりゃ見られるでしょ」
「……女子って、結構視線に敏感なのな。特に胸とか」
「そーだよそーだよ。女の人はね、男の人の不躾な視線には敏感なのさ!」
「身に染みて、理解したよ……」
まだ家を出てから数百メートルしか歩いてないってのに、もううんざりだよ。
何せ、さっきからやたらと視線が来るからな。
気色悪いったらありゃしねー。
しかも、不躾に胸を見てくるんだぞ? ここが日本じゃなかったらぶん殴ってるところだ。
『なぁ、うちにあんな綺麗な人いたか?』
『いや、見たことねぇ。転校生とかか?』
『だがよ、あの隣にいんのって、一年で話題になってる十六女沙夜ちゃんだよな? なんで一緒にいるんだ?』
『親戚とか?』
『まあ、仲良さげだしな』
『……ってか、マジで可愛すぎ。俺、こくっちゃおうかな?』
『やめとけやめとけ、相手にされねーよ』
……ぜってーしねーよ。
聞こえてんぞ、俺の右斜め後方数メートル先にいる男子。
「……ったく、めんどくせぇな……」
「まあ、その内慣れるよ」
「慣れればいいがな……」
すでに、先行き不安な気がするぜ、全く……。
「ぶわっははははははははっ!」
「テメェ、マジで笑ってんじゃねーよ! 教師だろうが!?」
「い、いやだって、お、おまっ、その姿っ……ぶふっ! ははははははは! ひぃっ、ひぃ~~……! やばっ、お、お腹痛~~~っ!」
学園に到着した俺は、その足で職員室へ向かった。
もちろん、この体に関することで、だ。
書類の提出と、担任の
やっぱこうなったか、こいつッ……!
「っはぁ~、笑った笑った」
「……教師じゃねーよ、あんた」
「仕方ないだろー。まさか、可愛い弟分だったお前が、こーんな黒髪ロングの和風美少女にるんだもんよー」
「……俺としても? 従姉のあんたが変わり果てた弟分を見て、大爆笑するとは思わなかったがな、雪姉」
「学園では先生と呼べ、先生と」
「あんたほど先生という敬称が似合わねー教師もいねーよ。ってか、単純に嫌だわ。ムカつくから」
今の会話の流れでわかると思うのだが、実は目の前にいるこのクソ教師こと十七夜雪音は、俺の従姉なのだ。
年齢は二十四歳で、俺の七歳上ということになる。
昔は、俺、沙夜、雪姉の三人で色々してたんだが……大抵はこのバカがやらかしてくれるんで、結果的に俺たちが――というか、主に俺が被害を被ることになっていた。
まあ、何のかんの言って気のいい人だし、美人だしで気に入ってはいるんだが……この性格の悪さだけは、マジでどうしようもねぇ。
たまに殺したくなる。
「ま、それもそうだなー。……で、叔父さんや叔母さんには?」
「……まだ言ってねー。つーか、なんて言やいいのかわからなくてな」
「それもそうか。……なら、この私が言っておいてやろうか?」
「ぜってー阻止する」
「えー? なんでだよー?」
「ったりめーだろ。あんたが言うと、変に捻じ曲げられるからに決まってんだろ。……第一、うちの親に言ったら、大惨事になるわ。主に俺が」
「まー、子煩悩だしなー、あの二人は」
「特に母さんがな。……親父も面倒だが、この場合、母さんの方が厄介だ。もしバレたら、俺は確実に……死ぬ」
「そこまで言う?」
「そこまで言うレベルなんだよ、あの人は」
俺ら兄妹を好きすぎるからな、マジで。
昔は散々苦労したもんだよ。
「まー、いい性格してるもんなー」
「ほんとにな」
さすがの雪姉でも、うちの母さんのことに関しては本気の苦笑いだからな。
それほどヤベー存在。
「……あー、うん。書類はOK。情報も伝達しておく。とりあえず、お前が今教室へ行ったら割と大惨事になるかもしれないから、ここで待機な。私と一緒に教室へ行くぞ」
「ちょっと待て。その方が騒ぎになるだろうが」
「そんなことはない。むしろ、今行けば質問攻めまったなし! 同時に、男子どもからの舐め回すような視線も受ける! それでいいなら、行ってもいいけど?」
「……待機、させてもらう」
「賢明な判断で、お姉ちゃん嬉しいぞー」
「姉面すんな」
「つれないなー」
つれないなじゃねーよ。
気持ち悪い事言いやがって。
…………舐め回すような視線とか、最悪にもほどがあんだろ。
実際、職員室にいる教師連中――特に、男の教師からも何気に視線が来るしな。
やっぱ、結構な美少女なんかね? この姿はよ。
……嫌な病気を患っちまったもんだよ。
「遅い……遅いです!」
今日は来るはず、そう期待して学園に登校して、教室で彩羽さんが来るのを待っているんですけど、一向に彩羽さんが来る気配がないです!
スマホの方にも連絡は来てないですし、聞けば杉原さんの方にもないとか。
「まあまあ、落ち着いてよ、御縁さん」
「だ、だって、彩羽さんが来てないんですよっ? 私、彩羽さんと会うことを毎日楽しみにしているのに、今日も来ないんですよっ。しかも、連絡もありませんし……」
「あいつにもきっと何か事情があるんだって」
「事情って……もしかして、浮気ですか!?」
「それはないだろ。御縁さん大好き人間な彩羽に限って」
「……そ、そうですよね……」
ストレートにそう言われてしまうと、照れちゃいますね……。
……でも、浮気じゃないとして、彩羽さんはなんで来ないんでしょうか?
「しっかし、もうすぐ始業のチャイムが鳴るってのに、来る気配がないな」
「ですね……。沙夜ちゃんが言うには、明日は来る、とのことだったんですけど……」
「沙夜ちゃんが? なら、今日来るだろ。多分、何かの事情があって遅刻してくるんじゃないかね?」
「……だといいんですけど」
うぅ、でも彩羽さんが心配ですよぉ……。
そう、私が彩羽さんのことを思って、ガラッと教室の前のドアが開いて、担任の先生――十七夜先生が入って来ました。
ただ、いつものような気怠そうな感じじゃなくて、楽しそうな表情なのが気になりますけど……。
「おーし、席についてるなー。んじゃ、HRを始める」
あ、あら? 彩羽さんがまだ来ていないのに、HRが始まってしまったんですけど……。
ど、どういうこと、なんでしょうか?
「あ、あの、先生、質問いいですか?」
「ん、どうした御縁」
「その、彩羽さんは今日もお休み、なんですか……?」
「いや、普通に来てるぞ?」
「そうなんですかっ? で、でも、姿が見えないんですけど……」
学園に来ていると告げられ、辺りを見回しても、大好きな人の姿は無くて、あるのは空席になっている彩羽さんの席だけ。
どういうこと、なんでしょうか?
「ほんとは、色々と連絡事項があるが……正直、今日知らなくても問題ないようなものばかりなんで、メインディッシュと行こうか。……お前ら、驚くなよ?」
そう言って、ニヤリと笑う十七夜先生。
どういう意味なのか分からず、クラス内にいる人たち全員が頭に?マークを浮かべて、首を傾げました。
かくいう私もそうです。
そして、その疑問はすぐに判明しました。
「おーし、入ってこーい」
教室の外を見ながらそう言うと、前のドアから、とても綺麗な女の子が入って来ました。
『『『……』』』
すると、少しざわざわしていたクラスがすぐに静かになり、クラスの人たちが思わず見惚れていました。
私も教室に入って来た女の子を見て、ついその姿にドキッとしていました。
凛とした雰囲気を持った女の子は、どこか嫌そうな表情を浮かべつつ、教壇の前へ歩いて行き、こちらを向き……どういうわけか、私の方をじっと見つめてきました。
……あら? なんでしょう、この感じ。
あの人、どこかでお会いしたことがあるような気が……。
でも、あんなに綺麗な人、一度見たら忘れないと思うんですけど……一体、誰なんでしょうか?
「おし、自己紹介しろ、自己紹介」
「……楽しんでんじゃねーよ、クソ教師」
自己紹介を頼まれた女の子は……なんと、その姿とは真逆と言ってもいいくらいの口調で話しました。
そのギャップ? に、クラス内は一気にざわつきだしました。
え、今の口調……。
私は、今の女の子の口調と話し方に、声のトーンを聞いて、もしや、という考えが頭の中に浮かびました。
って、違います! きっと違います!
気のせい、なはずです……!
そう、頭を振って、その発想を追い出そうとしましたが……それは、この後すぐに肯定されることとなりました。
「はははは! ほれほれ、みんなお前のことを知りたがってるぞー? 謎の美少女ちゃん?」
「テメェ、ぜってー後で泣かす。…………まあ、こんなめんどくせぇこと、さっさと終わらせたいんで、手身近にいくか。……あー、十六女彩羽だ。女になっちまったが、中身は俺なんで、改めてよろしく」
心底嫌そうな、それでいて面倒くさそうな表情と声音で、彩羽と名乗った女の子が言いました。
その次の瞬間――
『『『…………………えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?』』』
教室内は、驚愕に彩られた声でいっぱいになりました。
…………い、い、いい……彩羽さんが女の子になっちゃいましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?
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