0日目(4) 兄とか世間体などによる葛藤
「彩兄ぃ、たっだいまー!」
「……んぁ、うっせーな……もっと静かに入って来いよ……」
俺の睡眠を邪魔するがごとく、沙夜が高いテンションでドアを勢いよく開け、中に入って来た。
「あれ、寝てた?」
「まあな……ふわぁ~~~…………朝からドタバタしてたからな、眠くてそのまま」
「そっかー。じゃあ、夜ご飯は出前でも取る?」
「出前か……」
そういや、家には何もなかったな……。
あっても、米とかキャベツくらいで、他には調味料類しかない。
今から買い物に行くにしても……
「この格好じゃなぁ……」
一応、露出が少ない服装ではあるが、色々と問題がある。
「まー、彩姉ぇ、今ノーブラだもんね。それに、パンツはトランクスみたいだし」
「言うな。……俺的には、ノーブラでも問題ないと言えば問題ないが……」
「絶対ダメ! 彩姉ぇ、すっごく綺麗で可愛いもん! そんな人が、ノーブラで出歩いたら絶対に絡まれるって!」
「……だよなぁ」
沙夜曰く、割とノーブラかそうでないかはわかりやすいらしいからな。
なんでも、揺れ具合とか、胸の形でわかるとかなんとか。
「だから、出前取ろ! 出前!」
こいつ、さては滅多に食えないものが頼みたくて、こんなに進めてやがるな?
正直、小言の一つでも言いたくはなるが……。
「…………はぁ、しゃーないな。本来なら、あんまし体に良くねーが、今日ばかりはそうも言ってらんねーか。お前が買い物に行く、なんて選択肢がないわけじゃねーが……」
「お菓子! デザート! 甘味物!」
「……余計なもん買ってくる上に、ぜってー、材料も高い奴を買うに決まってる。そんなんなら、出前にした方がマシ、か」
一応、親父たちからの仕送りはそこそこの額だが、それはあくまでも二人で一ヶ月普通に暮らせるくらいの額だ。
間違っても、贅沢三昧できるような額じゃねぇ。
で、親父と母さんが不在の今は、俺が家計を調整してるんだ。
じゃなきゃ、このバカが見境なしに買うせいで、結果として貯金がヤベーことになり、火の車一直線になるからな。
……なお、これは俺の実体験。
高一の春ぐらいに、やらかしやがったからな……。
おかげで、大変だったぜ、その時の生活は。
マジで一ヶ月ほぼもやし生活だったしな。
もやしって、本当に家計に優しいんだな、と俺はその時思った。
「……で? お前は何が食べたいんだ? 言っとくが、あんまし高いもんは注文しねーぞ」
「ふっふっふー。それはもちろん、宅配の定番……ピザ!」
「ふむ、ピザか」
そういや、今はキャンペーンをやっていたな。
たしか、Mサイズ以上を買うと、もう一枚タダだったはず。
本来なら、テイクアウトでしかやってないんだが、今は新生活応援キャンペーン的なアレで、デリバリーでもそうなっているとか。
その最終日が今日だったっけか。
……ま、たまには贅沢もいいだろ。
「わかった。ピザにしよう」
「わーい! 久々のピザだー! スーパーとかで売ってるような奴じゃない、ちゃんとしたピザだー!」
「お前、あれでも結構完成度たけーんだぞ? そもそも、ピザなんて普通家じゃ作らねーし」
あれ、結構大変だからな。
「わかってるよー!」
「ほんとかよ……」
こいつは本当に理解しているのか怪しい節があるからな。
正直、ノリで生きている節がある奴だ。
今回も理解していなさそうだ。
「それで? 何がいいんだ?」
「んーとね……この四種類の奴!」
「へいへい。んじゃ、もう一枚は……シーフード四種類の奴にでもしとくか」
あっさり決まったんで、それらをカートに入れて注文。
そういや、昼飯食ってなかったな。
くぅ~~~……
「……っ」
腹の音がなり、俺の顔はみるみるうちに熱くなった。
「わー、彩姉ぇのお腹の音かーわいー!」
……は、はっず!
我ながら、なんて恥ずかしい音を出してんだ!?
今までは、『ぐ~』だったのに、なんだ、『くぅ~~~』って。
完全に女みてーじゃねーか!
いや、今は女だが!
「まあまあ、そう顔を赤くしないでよー。可愛いからよくない?」
「よくねーよ!?」
「あははは! いやー、彩姉ぇが面白くなっちゃったなー。あたし、今の彩姉ぇ好きかも」
「嬉しくねぇ……」
……マジで、なんでこうなった?
ピザが届いた後、俺たちは二枚のピザをぺろりと平らげた。
意外と、M二枚はいけるもんだしな。
元々、俺は結構食う方だったし、沙夜の奴も結構食べるからな。
そのくせ、脂肪は付かねーって体質だ。
ダイエットに日々励む女からすりゃ、殴りたくなる体質だろうがな。
……もっとも、俺もそっちの体質なんだが。
と、そんな話は置いておくとして、問題が発生した。
それというのは……
「……我が体ながら、なんともまあ、エロい体になっちまったもんだ……」
風呂だ。
今までの俺の入浴風景と言や、座ってシャンプーしてリンスして、体を洗う、これくらいだったしな。あ、髭も剃ってたな。まあ、俺はあんまし髭が伸びないタイプだったが。
……で、話を戻して、今だ。
今の俺は、今までの筋肉質な男の体、というわけではなく、全体的に丸っこくて、華奢でボンキュッボンで、全体的に程よい肉付きの女の体だ。
正直言って、目のやり場には困る。
「……もっとも、俺自身女の裸を生で見たことがない、なんてことはないんだがな」
……一応、童貞ではなかったしな。
なんだったら、すでに何度か経験してるってーか…………。
つっても、その七割くらいが、ルナからの誘いだったり、ルナが襲ってきたりだったんだがな。
銀髪碧眼の清楚系かと思いきや、一度付き合いだすと結構な肉食系女子だったからな……そこだけは誤算だったかもしれん。
「……ルナのおかげで変な戸惑いがなくていいな。それは、ルナに感謝だ」
ま、だからと言って体を洗うのに、積極的になれるかと言や……答えはNOだがな。
胸とか、あそことか、どうやって洗うんだよ、マジで。
ルナと風呂に入ることはあったが、体を洗うところなんざ、ほぼほぼ見てねーし。
というか、割と俺は草食系だったからな。
だから、俺は女の体の洗い方なんぞ、よく知らん。
『彩姉ぇ』
「あ? 沙夜かー?」
『そうだよー。彩姉ぇの着替え持ってきたんだけどー』
「それは助かる。ちょうど、忘れたことを思い出したところでなー」
『じゃあ、グッドタイミングだったんだね! さっすがあたし!』
曇りガラスのドアだからシルエットしかわからんが、あいつのことだ。どうせドヤ顔して胸を張ってるに違いない。
あいつ、得意げになると、すーぐ調子乗るからな。
まあ、服はありがたいがな。
『それじゃあ、着替えは籠の所に置いとくねー』
「おーう。ありがとな」
『いいよいいよ。……あ、シャンプーとかコンディショナーなんだけど、彩兄ぃのじゃなくて、あたしのを使った方がいいよー』
「ん? どうしてだ?」
『だって、今は女の子だしね。男物のシャンプーとかを使うよりも、女の子向けの物を使った方がいいよー』
「俺は気にしないんだが……」
別に、見せる相手いるわけじゃあるまいし……。
……いや、ルナがいるか。
だが、いくらルナ相手だとは言っても、そこら辺を気遣う必要はあるのか? 一応、元男だぞ? 俺は。
『ルナちゃんが受け入れてくれるかもよー』
「――そういうことなら仕方ないな」
こいつはルナと仲がいい。
そいつが言うんだ。その可能性が高いだろう。
『わー、彩兄ぃほんと単純……』
「うっせ。……で、用件はそれだけか?」
『うん。じゃあ、あたしアイス食べてるねー』
「わかった」
『じゃあ……っと、そうだった。彩兄ぃ』
「あ? なんだよ? まだなにかあんのか?」
『ルナさんが彩兄ぃのことすっごく心配してたよ』
「……そうか。で、どうだった? 様子は」
『とりあえず、彩兄ぃが病気って言ったら、かなり心配されて、乗り込もうとしてた』
「おまっ……!? 止めたんだろうな!?」
さすがにあいつが乗り込んでくるとか洒落にならねーからな!?
いや、普段ならいつでもウェルカムだが!
それに、半分同棲状態に近いが!
だとしても、さすがにこの姿になったばかりの日にルナに会うのはマジで問題だ!
『もちろん。『未来のお嫁さんとして、支えないと!』って言ってたけど、あたしが止めたよ。彩兄ぃも一人で考えたいだろうから、って言って』
「……俺、今日ほどお前に感謝した日はねーわ。心の底から、ありがとう」
『まー、あたしとしても、さすがに可哀そうだからね。それに、あたしは基本的に彩兄ぃ優先で物事を考えるからね! 気にしないで!』
……なんだかんだ言って、ほんと俺にはもったいない妹だよ。
『じゃあ、今度こそ戻るねー』
「あぁ、色々とありがとな」
『うぃー』
緩い返事と共に、沙夜は脱衣所から出て行った。
…………そういや、未来のお嫁さんって言ってたんだな、ルナの奴。
……やべ、ちょっと顔がにやけそうになった。
この後、悪戦苦闘しながらも、なんとか洗い終えた俺だった。
「はー、さっぱりしたー、っと。……んー、結構体拭き難いな……」
風呂から出て、脱衣所で体を拭く俺。
拭いてる内に気づいたんだが、なかなかに拭き難い。
何が拭き難いかと言えばまあ……胸、だな。
今の俺と言えば、同性から見てもかなりでかい胸をしているらしく、俺的にも結構でかいと思ってる。
この時、この胸が結構邪魔でな。
例えば、右手で左の二の腕辺りを拭く時、右手は胸の前を通ると思うんだが……胸が邪魔で結構めんどい。ってか、なんか変な気分になる。
原因はまあ……桜色の突起とだけ言っておく。
で、その場所に腕が擦れて妙に変な感じがして、拭くのが結構大変なわけだ。
これは左手に限らず、右腕にも言えるが……やはり、まだこの体に慣れていないからだろうな。
慣れていれば、さほど問題ないんだろうが……。
やっぱ、最初から女の奴と、途中から女になった奴とじゃ、こういう時の反応が違うんだろうな。めんどくせぇ……。
「……ま、男の時よりも柔軟性に磨きがかかってるんで、そこは全然いいが……」
おそらく、女になってよかったと思えるところなぞ、そこくらいのもんだ。
一応、武術をやっている影響で、体は柔軟な方ではある。
だが、それでも新体操をやってる女のような、柔らかすぎるからじゃなかったからな。
多分、今ならY時バランスとかできると思うくらいには、柔らかくなっているんだろう。感覚でわかる。
「……っと、よし。これで終わり、っと。……ってか、髪の毛拭くのもクソだるいな。……まあいい。ちゃっちゃと着替えて、寝るか…………って、なんだこれ?」
早速着替えようと思い、沙夜が言っていた籠に手を伸ばし、一番上にあった水色のリボンが付いた布を手に取り、俺は首を傾げた。
その正体が気になり、俺は布を広げ、そして……
「………………これ
ツッコミ(?)を入れた。
いやいやいやいや! なんであいつのパンツが置いてあるんだよ!? これはどういう状況だ!? ってか、どういういじめだよ!?
よりにもよって、あいつはなんで自分の下着を置いてってんだよ!
いくら兄妹仲がいいっつっても、限度があるだろ、限度が!
あれか?
『お兄ちゃんじゃなくて、お姉ちゃんだからOK!』
的な考えでもしてんのか、あの愚妹は!
バカか? バカなのか!?
クソッ、さすがに兄として、妹のパンツを穿くわけにはいかんッ……!
「他にないのか…………って、これは、手紙か?」
籠の中に、パンツはないのかと漁っていると、一枚の紙切れが出て来た。
四つ折りにされているところを見るに、沙夜からの手紙っぽい。
なんだ? と思って、手紙を開くと、そこには……
『彩姉ぇへ。その水色のパンツは、彩姉ぇのために私が特別に貸します! さすがに、その姿でボクサーパンツとかトランクスはアレ……というか、特殊性癖の持ち主だと思われかねないので、代わりにあたしのパンツを穿いてください! P.S.そのパンツは使用後、洗って返さなくてもOKです。というか、そうしてください』
……奴は変態か? HE☆N☆TA☆Iなのか!?
使用済みの状態で返してほしいとか、何考えてんの、あいつ!?
あと、明らかにおかしいだろ!? 心配するとこ、絶対逆効果じゃね!?
なんで、トランクスとかボクサーパンツを穿く方を心配した!? 普通、お前のを穿く方に対して心配すんだろ!?
世間的に考えようぜ?
A.生粋の美少女だが、トランクスとかボクサーパンツを穿く奴
B.元男だが、美少女になり、後に妹のパンツを穿く奴
Aはなんかこう、そういうジャンル的な何かがあるからいいが、どっちが本気でヤベー奴かと聞かれれば、明らかにBだろ!?
いくら女になったっつっても、妹のパンツを穿く兄がどこにいんだよ!?
つーか、妹のパンツを穿く兄の方が特殊性癖の持ち主だと思うんだが!?
あいつ、元の俺の姿で想像してみろよ!
…………うぇぇぇ、自分で想像して吐きそうになって来た……。
「うぷっ……誰得の絵だよ……」
筋肉質の細マッチョな男が、女物のパンツ(実妹の)を穿いてる絵図とか……地獄以外の何者でもねぇ……。
「……あ? なんか、もう一枚、紙がありやがるな……。今度はなん……だ……?」
胃からこみあげて来る何かを抑えるように、口元を手で覆っていると、何か別の紙を見つけた。
そして、そこに書かれていたものを見て、俺は固まった。
『あ、一つ言い忘れてたけど、彩姉ぇの男物のパンツとか肌着……全部捨てといたから☆』
…………。
「あ……あのクソ妹がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
俺、生まれて初めて、実の妹に本気の殺意を抱いた。
……この後、俺は兄としての葛藤+世間体的な意味の両方で葛藤しまくった。
着替えを終え、脱衣所から出た後、俺は真っ先に沙夜の頭に軽い拳骨を落とすことで、手打ちにした。
……尚、穿いたか穿いてないかの件については…………何か大切なものを失った気がした、とだけ言っておく。
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