9.ニュース
翌朝、恭一を会社に送り出してから、私はテレビのワイドショーをつけた。いつも私が見ている番組だ。一般のニュースを私のような主婦にも分かりやすく解説してくれる人気番組だった。
テレビの画面が明るくなると同時に私は仰天した。画面にはあの288番の男の写真がアップで映し出されていた。私は息をのんだ。ワイドショーの男性司会者の声が私の耳に入ってきた。
「・・殺されたのは都内の会社員、八代浩二さん、38才です。八代さんは昨日の午後3時過ぎにJR池袋駅前のホテルに入りましたが、利用時間が終わっても部屋から出ないので、不審に思ったホテルの従業員が部屋に入り、八代さんの死体を発見しました。ホテルの従業員によると、八代さんは20代の若い女性と一緒だったということです。警視庁池袋警察署では殺人事件とみて、捜査本部を設置しました。捜査本部では現場から逃走したその女性が事件の詳しい事情を知っているとみて、現在その女性を八代さんの会社関係と合わせて捜査中です・・それでは、次の話題です。初夏の訪れとともに都内のあちこちで・・」
私はテレビの前で固まってしまった。288番の男は八代浩二というのか。38才だったのか。私は八代浩二を30才ぐらいだと思っていた。私が思っていたよりずっと年を食っていたわけだ。ホテルの従業員というのは、あの入り口の穴から手を出した女性だろうか。しかし、八代浩二は殺されたんですって。そんなバカな・・
私は急いでパソコンを立ち上げた。いくつかのニュースサイトに八代浩二の事件が簡単に出ていた。それによると、八代浩二は絞殺されたということだ。絞殺ですって・・
さっきのテレビのワイドショーは「捜査本部が現場から逃走した女性を捜査中です」と言っていた。これって、私が犯人にされているの!・・そんな、私はあの男の首など絞めていない・・
私は思わず警察に電話しようとした。しかし、私の理性がそれを押しとどめた。
日本の警察は優秀だ。私が洗いざらい事実を話したら、きっと警察が私の証言の裏付けをしてくれるだろ。そうなると、私の無実が証明されるわけだ。しかし、それによって私が得るものは何だろうか? それは『夫を裏切って男を買った女』という烙印だった。恭一と彼の両親は、男を買った私を決して許さないだろう。私が洗いざらい警察に話す代償はあまりにも大きい・・
私は警察に連絡するのを押しとどまった。
しかし・・私の思考は乱れに乱れた。どうして、八代浩二が絞殺?・・
私はあることに気づいた。さっきのワイドショーでは、ホテルユーカリの名前や私が持ち去った315号室の鍵のことは何も言っていなかった。私はバッグを探った。ホテルユーカリの315号室の鍵が出てきた。ホテルの従業員は合鍵を使って315号室を開けたのだ。さっきのワイドショーでホテルユーカリの名前や鍵のことを言わなかったのは、きっと警察がそれらを伏せているんだ。
私はインターネットで八代浩二が殺された事件をもう一度読み
やっぱり、そうだ。警察はホテルと鍵のことを伏せているんだ。
鍵を持つ私の手が震えてきた。この鍵を処分しないといけない。この鍵を持ってる限り、私が犯人にされる。そう思ったが、私はその鍵を持って、外に出ることができなかった。外で鍵を捨てるところを誰かに見られるかもしれないと思うと、とても鍵を外に持って出る勇気が湧いてこなかったのだ。結局、私はその鍵を再びバッグの一番奥にしまった。
ふと、さっきのワイドショーで男性司会者が言った言葉が私の頭によみがえってきた。司会者は確かにこう言った。
「現場から逃走した女性を八代さんの会社関係と合わせて捜査中です」
八代浩二の会社関係・・これは、あの高田馬場会のことではないのか? 七海はこう言っていた。
「高田馬場会は一応はちゃんとした会社組織になってるの。表向きは結婚紹介所でね・・」
つまり、高田馬場会は表向きは結婚紹介所となっているが、裏では女性から金をもらって男性を斡旋しているのだ。裏では女性向けの風俗、あるいはデートクラブといったものをやっているわけだ。ということは、「八代さんの会社関係と合わせて捜査中です」というのは、警察は八代浩二が登録している高田馬場会の裏の稼業に気づいて捜査を進めているということではないのか?
すると、高田馬場会の捜査からオーナーの岩本が警察に捕まって、七海が高田馬場会の利用者であることが判明し、私が七海の親友であることから、私が昨日八代浩二を買ったことが判明するのではないだろうか・・
私の身体が震えた。七海に助けてもらいたいと思った。七海に連絡しなければ・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます