第19話 何だか茹でタコが食べたい
不器用だな、と思った。
あのままよくわからない話をして、けむに巻いてしまえば良かったのに。そうしたら、うやむやにできたかもしれないのに。
私なら、きっとそうする。
私は計算高く生きることしかできない。まず損得を考えて行動する。だから、私には瀬凪の選択がきっとできない。
そんな風に動ける自分は得だと思う。でも、どこか瀬凪を羨ましく思う自分がいた。
自分の想いを真っ直ぐに伝えられる不器用さは、同時に誠実さの表れでもある。
「私たちって、本当に全然違う」
気づけばそう言っていた。
瀬凪の問いに対する答えがこれでは、きっと瀬凪は傷ついただろう。そう思うと、まともに瀬凪の顔が見れなかった。
「……そうだよ」
けれど、思いもかけない瀬凪の返事に、思わず顔をあげる。そこには濡れた瞳を携えながらも、柔らかく笑いかける瀬凪がいた。
「僕たちは似た者同士で、でも全然違う人間だよ」
それは当たり前すぎて、でも、今だからこそ妙にしっくり来る言葉だった。
「……そりゃ、そうだけどさ」
それでも素直になれない私自身に、思わず呆れたように笑ってしまう。
「えへへ」
すると瀬凪がクシャっとした笑顔を浮かべた。その顔を見た瞬間、私はやっと自覚した。
「……それはともかく、結婚誓約書第14条により、私は瀬凪に離婚を請求できるわけだよね」
「え」
瀬凪は再び固まった。
「いやいやいや、今までの一連の流れは何だったの⁉」
半ば絶叫にも似た瀬凪の叫びに、私はニヤリと笑った。
「それはそれ、これはこれだよ」
すると瀬凪はまたあわあわと慌て始める。
そう、私の言動によって瀬凪が百面相するこの時間。正直に言おう。私はこの時間がたまらなく好きなのだ。
「あの、えっと、でも」
どうしたものかと慌てふためく瀬凪に、私はニコニコと笑いかける。
「あのさ、14条には但書があったじゃない」
「え?」
「瀬凪が言い出したんじゃない」
そこまでヒントを言うと、瀬凪はポカンと口を開けた。
「結婚誓約書第14条。『どちらかがどちらかに恋愛感情を抱いた場合、恋愛感情を抱かれた側は離婚を請求することができる』」
私が目で続きを促すと、瀬凪は驚きに目を見開いたまま、続きを引き継ぐ。
「『但し、どちらかが一方的に恋愛感情を抱いた場合に限り、お互いに恋愛感情を抱いた場合はこの限りではない』……?」
そこまで言い終えた瞬間、瀬凪の顔がカーッと赤く染まっていくのが分かった。
明日は土曜日。瀬凪も私もこれといった予定はない。
つまり、今夜は……。
***
最後までお読みいただきありがとうございました。
夫が私(妻)を愛してしまったので離婚させていただきます 神原依麻 @ema_kanbaru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます