第8話 離婚条件
ゴクリ……。
長谷川さんがコーヒーを飲み込んだ音が、妙にはっきり聞こえた気がした。
「離婚条件……ですか」
「はい。契約を交わすとき、解約条件も必ず確認しますよね。だから、結婚については離婚条件を確認しておくべきだと思うんです」
「なるほど……」
長谷川さんが神妙に頷いたのを確認して、私は意見を述べる。
「まず、契約期間は一年として、どちらかが更新を望まない場合、契約期間満了とともに契約終了つまり離婚となる、いわゆる単年度更新が良いかと」
すると長谷川さんはカッと目を見開いた。
「ちょ、ちょっと待ってください。それって早ければ一年で即離婚の可能性があるってことですよね。しかも、例え理不尽な理由でも、相手の意思次第で別れなきゃいけないことになりますよね」
「まあ、理論上そうなりますね」
「いや、あの、さすがにそれはどうでしょう」
ふむ。この条件は即承認されるかと思ったが、そんなことはなかったようだ。
「でも、別れる時ってたいていが理不尽なものじゃないですか? 片方に結婚を続ける意思がないのにずるずる続けても仕方がないと思いますけど」
私がそう言うと、長谷川さんは眉間にしわを寄せ、考え込んだ。そうしてしばしの熟考の末、自身の意見を述べる。
「もちろんそう言う風にも考えられますけど、結婚は恋愛とは違って、仕事とか家族とか、色々なことに影響があるものじゃないですか。だから簡単に別れられないようになっているんじゃないですか」
「まあ……。でも、単年度更新ゆえのメリットもあると思うんですよ」
「例えば?」
「何ていうか、結婚して生活が安定してきたら色々ダレてくると思うんですよ。決めたルールを守らなくなったりとか。でも、単年度更新だと切られるリスクがあるから、生活を守るためにお互い努力しようと思えるんじゃないでしょうか」
「うーん、それも一理あるとは思いますが……」
長谷川さんは言葉では肯定しつつも難色を示した。ここにきてはじめて、真っ向から意見が対立したことになる。
「えーっと、私は別れられる余地を残しておきたい。長谷川さんはその必要性を感じていない。そういうことですかね?」
「というよりは、なるべく別れたくないです」
きっぱりと長谷川さんは言い切った。まだ結婚していないのに、既に別れ話をしているようで、少しこの状況を愉快に感じる自分がいた。
「いや、もちろんそれはそうですよ。私だって積極的に別れたいわけではないです。お互い歩み寄る努力はすべきだと思います。ただ、どちらかが関係性を終わらせたいと思っているにも関わらず、相手が同意してくれないがために永遠に縛られるっていうのはなんか違うんじゃないかと、そういうことなんですけど」
「でも、それが結婚なんじゃないですか?」
長谷川さんは断固として譲る気配を見せなかった。
「まあ、そう言われればそうですけど……。いやでも、例えば長谷川さんに本当に結婚したい人が現れて、それなのに私が離婚を拒んだら困りませんか?」
「それはあり得ないです」
長谷川さんはまたしてもきっぱりと言い切った。
「え、どうしてそんなこと言い切れるんです?」
逆に興味がわいて尋ねると、長谷川さんは一瞬固まった。
「それは……」
「それは?」
長谷川さんは私から目を逸らすと、残りのコーヒーを飲み干した。
「その、秘密です」
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