第7話 家族になるということ
「家事はどうします?」
私がそう尋ねると、長谷川さんは遠慮がちに答える。
「あの、もしできたら、料理は僕が担当しても良いでしょうか」
「えーっと、それはつまり、分担は全くしないってことですか?」
「そうですね……。あの、気を悪くしないでほしいんですけど、僕、人が作ったご飯を食べられないタイプで……」
「あー、友達のお母さんが作ったおにぎりは食べられない、的な」
「あ、はい。まさにそれです」
私は別に料理ができないわけではないけれど、長谷川さんの提案はやぶさかではない。とはいえ、家事はなるべく分担をすべきだろう。
「別に構いませんけど。じゃあ、掃除は私の担当ってことでどうですかね?」
「そうですね。あ、でも、自分の部屋は自分で掃除します」
家事、生活上のルール、お金のこと、仕事のこと、休日の過ごし方。あげていけばキリがないけれど、なるべく網羅して確認していく。そんな中、ついにこの話題が出る。
「親族との付き合い方ってどんな感じですか?」
「あ……」
その一言に、私は固まる。ここまで割とスルスルと話を進めてきただけに、長谷川さんは心配そうに声をかけてくれる。
「どうかしましたか?」
遅かれ早かれ伝えなくてはいけないこと。私は言葉を選びながらも事実を伝えることを決意する。
「あの、実は私、母親とは絶縁状態というか……」
* * *
「……そうですか」
長谷川さんは静かに私の話に耳を傾けてくれた。
「長谷川さんに迷惑をかけないようにしたいとは思いますけど、そんな母の、義理とはいえ息子になってしまいますので、そこはご了承いただかなければなりません」
もしかしたらこれが一番のハードルかもしれない、と思った。結婚を意識したことがなかったから、こんなところに落とし穴があることに気づいていなかった。でも、当たり前だけど、『家族になる』というのはそういうことだ。
私は静かに長谷川さんの返答を待った。
「……別にいいんじゃないですか」
「え?」
「家族は親密でなければならない、なんてことはないと思います。絶縁状態が一番良い関係なら、僕はそれでいいと思います」
「そ……ですか」
そもそも、私たちの結婚だってイレギュラーと言えばイレギュラーだ。けれども、まさか肯定してもらえるとは思ってもみなかった。
「ありがとう、ございます」
思わず感謝の言葉を述べると、長谷川さんは穏やかに笑った。
まだどうなるか分からないけれど、相手が長谷川さんで良かった、とそう思った。
「一通り話し合えたでしょうか」
長い時間をかけて諸条件について確認をした。長谷川さんはかなり満足そうだが、決めておくべきことがまだあると私は考えていた。
「あの、私からもう一つ議題をあげて良いでしょうか」
「はい、何でしょう」
もう何杯目なのかもわからないコーヒーを飲みながら、長谷川さんは応じる。
「恐らく、一般的な恋愛結婚ではまず話し合わないことだと思うんですけど」
私の前置きに、長谷川さんは静かにうなずく。
「離婚条件についてです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます