第5話 結婚、どうでしょう?
「正直、あいつが結婚するとは思っていなかったんですよ」
楓から、結婚式や披露宴の代わりに気の置けない友人だけを招待したパーティーを開催するので、その幹事をやってくれないかと依頼された。
私はそういった頼まれごとをされやすいタイプで慣れていたし、何より楓の祝い事ということもあって、一も二もなく引き受けた。
その際、夫側の友人からも一人幹事を立てると言われ、引き合わされたのが、冒頭の発言をしたこの人、長谷川さんである。
「そうですか。実を言うと私もです」
パーティーは滞りなく無事に開催され、今日は打ち上げと称して二人で飲みに来ていた。一緒に一仕事終えた仲間同士にアルコールという潤滑油が入れば、自然と口は軽くなるというものだ。
「へぇ、そうなんですね」
「えぇ。あの子は私と同類だと思ってたので」
そう言うと、長谷川さんは興味を示したようだった。
「同類、ですか?」
「はい。結婚願望がない人種」
「あぁ、そういう」
その言動から、私の答えは長谷川さんの期待したものではなかったことをなんとなく察した。
「そっちはどうなんです?」
長谷川さんの期待したものが何だったのかを知りたくて、私は質問を投げかける。
「僕は……色々と聞いていたから、ですかね」
自分から話題を振ったくせに肝心なところをはぐらかした長谷川さんに、少しいら立ちを覚えたけれど、あえてそこに触れるのはやめておいた。
「まあ、でも私、二人の結婚の形はありかなって思いましたよ」
「あれ、二人の事情、聞いてるんですか?」
すると、長谷川さんは意外そうな顔をする。そこで『これはあんたにだけ話す』と言われていたことを思い出した。
「あ、えーっと、まあ、多少は」
どこまで話していいのかわからなかったのであいまいに答えた。その時、長谷川さんが先ほどの質問をはぐらかしたのも、同じような理由だったのかもしれない、とふと思った。
「あーえーっと、実は僕もありだなと思ったんですよ。僕には結婚は無理だと思ってたんですけど、そういう形もありなんだな、と」
「へぇ。『必要ない』じゃなくて『無理』ですか。つまり、結婚願望自体はあったんですか?」
「う~ん、そうですね。あまりそこを深く考えたことはなかったです。無理だと先に思ってしまったので、必要かどうかは考えたことがなかったですね」
私はその回答に興味をそそられた。
「それも珍しいですよね。どちらかというと、捕らぬ狸の皮算用派の方が多くないですか?」
「え?」
怪訝そうな表情を浮かべる長谷川さんに、変な言い回しをしてしまった、と内心慌てる。
「あーえっと、『どんな人と』とか『いつまでに』とか、そういうことを考える人は多いと思うんです。結婚できることは前提にしちゃってて。だから、『できる』『できない』の方をまず考えるのは堅実だなぁ、と」
「あー、なるほど。それで捕らぬ狸の皮算」
長谷川さんはそう言って、おかしそうに笑った。
「な、なんかすいません。変なこと言って」
恥ずかしくなってそう言うと、長谷川さんは少し困ったように笑った。
「あ、いえいえ。僕の方こそ笑ってしまってすいません。むしろ『堅実』なんて言葉で表現してもらえて嬉しかったです。どちらかというと、僕は自分のことを『臆病』だと思ってましたから」
「『臆病』ですか?」
私がそう言うと、長谷川さんは自嘲気味に笑った。
「はい。でも、やっぱりそれほど必要性を感じていなかったってことなんですかね。あいつだって僕と同じですけど、結婚するための道を模索して、結果的に結婚できたわけですから」
「う~ん、まあ……。でも、別にどっちでも良くないですか? ロボット掃除機を買うことになったとして、めちゃくちゃ必要だから必死に探して買うのも、絶対に必要ってわけじゃないけど便利そうだから買うのも、結果としては一緒じゃないですか」
すると、長谷川さんは私の言葉をゆっくりと咀嚼するかのように頷いた。私はそれを確認すると、言葉を続ける。
「私、束縛されるのが嫌いなんですけど、結婚って究極の束縛だと思ってて。だから結婚なんかしなくていいって思ってました。けど、条件を話し合って、色々と折り込み済みでできるなら、なんかそれもありかもって思い始めてて」
長谷川さんは小さくうなずく。
「僕の場合、どちらかというと結婚に夢を持っていたのかもしれません。だから、そこに合致できない僕は結婚をしてはいけない、と思ってました。でも、色々な形があっていいし、こんな僕でも選んでくれる人がいるかもしれないと思ったら、最初から諦めなくてもいいかな、と思えるようになりました」
先ほどと比べて前向きな長谷川さんの発言に、私の口は軽くなる。
「そうですよ。それに、何が無理なんです? 条件が合うなら私、長谷川さんと結婚するの全然ありですもん」
「え」
すると、長谷川さんが驚きに固まってしまう。
「あ……いや、すいません、変なことを」
『またまた~』とか『ご冗談を~』といった軽い反応が返ってくることを想定していた。それがまさかこんなに真面目に受け取られるとは思ってもみなかったので、私は少し慌ててしまう。
「あーえーっと、なんか追加で頼みます?」
無理やり話題を変えようと、私はメニューを取り出す。
「……りです」
「え?」
「僕も、全然あり、です」
その声音は真剣そのものだった。緊張の為か、目は机の上に向けられていたけれど、それが返って長谷川さんの誠実さを表しているようだった。
「あ、えーっと……」
まさかこんな展開になるとは想像すらしていなかったけれど、何事もなるようにしかならない。
「あの、じゃあ、
私の問いかけに、長谷川さんは小さく頷いた。
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