02 R-リアルではリアル女子高生


「ふぁぁ……」


 口の端から小さなあくびを漏らしながら、白銀しろがね 華花はなかは一人通学路を歩く。


(昨日はちょっと夜更かしし過ぎちゃったかな)



 始業式を数日前に終え、いよいよ百合園女学院高等部二年次初の授業だというのに、彼女は昨夜の反動――つまりは、軽度の寝不足に苛まれていた。


(でもしょうがないか。五連覇かかってたし)


 華花の中でこの眠気は、授業日初日の前夜に決勝戦なんかやりやがった、大会運営のせいということになっている。


(まぁ、そんなことよりも……)


 セミロングの茶髪を、春のうららかな風に揺らし、けれどもその顔付き、目付きそれからスレンダーな体付きも、きりりと鋭く引き締まっていて。


(昨日のミツも、可愛かったなぁ……)


 そんな、見るからにクール系な彼女が内心、砂糖の塊めいた昨夜のやり取りを反芻していようなどと、一体だれが分かるだろうか。


 実際のところ彼女の眠気は、決勝戦よりもその後に華花――もといハナとミツのゲーム内プライベートルームで行われた、2人きりの祝勝会のほうに、大いに時間が割かれていたことによるものであった。


 具体的に言うと。



『ハーちゃん』


『ん?』


『すきー』


『私も好き』


『すきー?』


『好きー』


『だいすきー』


『私も大好き』


『あいしてるー?』


『愛してる』


『あーハーちゃんすきすぎるぅ』


『それはお互い様』



 大体こんな感じである。

 さらに言うならば、この二人は祝勝会とか関係なく、大体いつもこんな感じである。


 自分に好きと囁くミツの、蕩けた表情を。好きと囁かれ歓喜に潤む碧眼を。


(かぁわいいんだよね、これが)


 昨夜の蜜月を思い返す華花の口の端は、誰にも分からない程度に、ごくごく僅かに緩んでいた。




 ◆ ◆ ◆




「はよっすー」


 さして遅くも早くもない時間に教室に着き、しばらくの間、再び昨夜の出来事を反芻して内心にやけまくっていた華花。

 そんな彼女に、良く言えば砕けた、悪く言えば雑な挨拶を投げかける一人の少女の姿があった。


「おはよ。寮生組は良いわね。ギリギリまで寝ていられて」


 始業のチャイムが鳴る少し前に教室に入ってきたその少女に、皮肉めいた言葉を投げかける華花。


「じゃ、入寮すれば?」


「冗談。遅くまで起きられないじゃない」


「えぇー……」


 華花よりも明るい茶色の髪を頭の左側でサイドポニーに結んだその少女は、華花の前の席にドカッと座り込んだ。


「もうちょっとお嬢様っぽく座れないの、未代みよ


 その少女――陽取ひとり 未代みよは、華花のその言葉に、何言ってんだこいつ、とでもいうような目を向ける。


「あんさぁ、いい加減百合園ソノジョの一般生徒にそういうの求めるの諦めたら?」


「別に求めてるわけじゃないけど……たまにいるじゃん、本物っぽいのが」


「あれはマジもんのホンモノ。あたしらとは住んでる世界が違うの」


「あんたも中学からソノジョなのに?」


「あたしは中学から。ああいう人たちはお母様のお腹の中にいたときから。お分かり?」


「いや全然」


「ま、分かんなくていいんじゃない?分かんない世界の話だし」


「そういうものなの?」


「そーゆーもんそーゆーもん」


 おはようからシームレスで始まったのは、何ともまあ身の無い話。


 昨年に引き続き同じクラスと相成った二人は、昨年と同じようにしょうもない話で、授業前の僅かな時間を浪費していった。



「せぇーふー」


 と、本当にチャイムが鳴るギリギリ、この二年二組で最後に教室に駆け込んでくる少女の姿が。

 肩ほどまでの黒髪を緩くウェーブさせたその女生徒は、駆け込む、とはいっても精々が小走り程度の速さで、ゆるゆるーっとした雰囲気を漂わせながら教室の戸をくぐる。背丈は同年代の平均程度ながらも、それなりに豊かなシルエットを制服に包んだその少女は、そのまま席に着こうとして。


「「あ」」


 その左隣に座っていた女生徒――華花と目が合った。


「えと、これからよろしく」


「よろしくー」


 互いに名も知らないクラスメイト、とりあえず今はこんなものかと、軽く挨拶を交わし、丁度担任が入ってきた教室前方に目を向ける。


黄金こがねさん、廊下は走っちゃだめですよー」


「すみませんせんせぇー」


 駆け込むさまを教員に見られていたその少女――黄金こがね 蜜実みつみは、反省しているのかいないのか、ぽやぽやとした口調でそう口にしつつ。


(隣の子、ちょっとだけハーちゃんに似てるなー、雰囲気とか。ハーちゃん……ハーちゃん……昨日のハーちゃんも、可愛かったなぁー……)


 内心では昨夜蜜実――もといミツとハナのゲーム内プライベートルームで行われた祝勝会(という名の日常的いちゃつき)に想いを馳せていた。



『ハーちゃん』


『ミツ』


『ハーちゃーん』


『ミツー』


『……ハナ』


『……ミツ』


『ちがうでしょー?』


『……ミ、ミッ……ちゃん……』


『あはぁーっ』



 まあおおむね、こんな感じであった。




 ◆ ◆ ◆




「はーい、それじゃあ皆さん、二人組を作ってください……という言葉がワタシは死ぬほど嫌いなので、あらかじめ先生のほうでペアを決めておきました!」


 これ以上ないほどの、いい仕事してやったわ感。

 二年二組担任の美山みやま 和歌わかは、両肩に掛けられた黒髪おさげを小さく揺らしながら、生徒たちにそう声をかけた。なんなら心なしか、深緑色に縁どられたメガネも、きらりと輝いて見える。



 その日、最後の科目として今しがた始まったそれは、晴れ渡る空の下での体育……ではなく。


あっち・・・の方で二人組に分かれてもらいますので、取りあえず皆さん、まずはログインしてみましょうか」


 高等部二年次から本格的に始まる、フルダイブVR実習の授業であった。


「皆さんの中にはもうやったことがある、という方もいるでしょうけれど……今日は第一回目の実習ということで、ログイン手順から説明していきますね」


 和歌の言葉通り、生徒の中でこの手のものに慣れている人、いない人の比率は半々程度。

 教員からのレクチャーや級友たちからのアドバイスなどを交えつつ、10分とかからずに全員が、ヘッドホンのような形状のデバイスを使ってそこ・・への入場を果たす。


「それでは皆さん改めまして。ここが、フルダイブ型のVR空間……仮想現実バーチャルリアリティの世界です!」


 そうして仮想の世界に足を踏み入れた生徒たちの眼前に広がるのは、吹き抜けるような青い空と、どこまでも続くような一面の草原だった。


「わぁ……!」


「すごい!」


 一部の、まったくVRに触れたことのない生徒が感嘆の声を上げる。


「凄いでしょう凄いでしょう。なにせ我が校ではVR実習の教材として、最大規模にして最高峰のVRゲームである[HELLO WORLD]を採用していますからね!」


 先程以上のしたり顔でうんうんと頷く和歌であったが、実は彼女がこのゲームの開発に携わっていただとか、そういうわけでは別にない。ただ単に熱心なプレイヤーの一人、というだけである。


「[HELLO WORLD]、通称ハロワは、約七年前にサービスが開始された史上最大規模のVRMMO……えーっと、簡単に言うとフルダイブ式のオンラインゲームで――」


 明らかに高めのテンションで和歌は、[HELLO WORLD]について語り始めた。



 ――VR事業全盛期であった七年前、多数の大手VR企業が共同で開発した奇跡の産物。


 それがVRMMO[HELLO WORLD]。


 何か、革新的なブレイクスルーや、奇抜なアイディアがあったわけではない。ただ単純にそのゲームは、仮想現実として既存のものとは一線を画すクオリティを誇っていた。

 ただそれだけ。


 ただそれだけのことで[HELLO WORLD]は、登場直後からVRゲーム業界最大手のタイトルへとなり得た。


 あたかも現実であるかのような、五感へのフィードバック。

 HP、SP、クールタイム等といった基本システム、倫理コード、プライバシー保護以外のほぼ全てがプレイヤーによって拡張可能であるという自由度。


 この二点でもって[HELLO WORLD]は、他のVRコンテンツを一蹴し、世界最大シェアのVR媒体として不動の地位を獲得。

 それは最早ゲームという枠にとどまらず、現在では[HELLO WORLD]内での活動を生業とするもの、そちらの世界を生活の中心に置き換えるものなども数多く存在し、さながらもう一つの世界としての様相すら見せている。


 [HELLO WORLD]内で立ち上げられ、現実とVR、二つの世界で実績を上げ始めた企業なども存在しており、その新たな市場セカイとしての価値を見越して教育に取り入れた先進校は、何も百合園女学院だけという話でもない。


「――我が校では、ゆくゆくは中等部にも同様の授業を開講するとのことですが…………なんにせよ、実習という名目でこんな神ゲーに触れられるだなんて……!皆さん、自分たちがいかに素晴らしい時代に生まれたのかを奥歯が擦り切れるほど噛みしめてくださいね!!」


 鼻息荒くそう締めくくった教員、美山 和歌は、ただのヘビーユーザーである。


「先生、気合入ってんね」


「ね」


 かくして始まったVR実習。

 そこで華花と蜜実は、運命の出会いを果たすことに――いや、七年前にとっくに果たしているのだが。

 まぁ、要するにそういうあれである。

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