百合乃婦妻のリアル事情

にゃー

高等部二年次

春 百合乃婦妻が出会ったら

01 V-バーチャル世界の百合婦妻


 天に開けた円形状のドームに、鳴り響く歓声。それはまるで、遥か古き時代にあったコロッセウムのよう。


 ……いや。まるで・・・でも、よう・・でもなく。

 熱狂する観客たちが見下ろす先、闘技場を舞う二組四人の姿は、紛れもなく戦う者のそれだった。



「くそっ……!」


 舞台の中心で戦う者たちの一人、大柄で筋肉質な男は思わず悪態をついた。

 それと同時に、正面に構えた大盾に隠れるようにして半歩後ろへと下がる。ごく僅かに遅れて、相対するうちの一人である金髪の少女が、両の手に握る二振りの剣を振り下ろした。

 しかしてこちらもそれを盾で受け、自らの後ろから飛び出した小柄な相棒バディが大鎌で反撃……するはずだったのだが。


 かん、という嫌に軽快な音。


 それと共に、今しがたの自分と同じように悪態をつく相棒の声が、隣から聞こえてくる。

 見れば、大鎌の先、反り返った刃の根元が小さな盾のふちに引っかかっていた。伸びた刃先は盾の持ち主――銀髪の少女の首の僅か手前でぴたりと止まっている。そして、その腕の中に包まれるようにして、金髪の少女が。相棒バディを守らんとする白銀の意志に、大鎌は阻まれていた。


「チッ……!」


 先ほどからこの繰り返し。こちらがどれほど攻め込んでも、この金と銀の少女たちは、ひらりひらりと入れ代わり立ち代わり、二振りの剣で、盾と剣で、ときにスキルでもって、その全てをいなし、受けきっていた。


 今の一撃だって、本来であれば武器種補正やSTR値の差から、スキルもなしに、ましてやあんなにも軽く、小盾で受け止められるようなものではないはず。


 ――完っ全に、軌道が読まれてやがる!


 金髪の少女の首をうなじのほうから落とすつもりで放った一撃。攻撃の意図も、それによって決定される攻撃の軌道も予測し、銀髪の少女は最小限の力でそれを防いで見せた。


 この一瞬の硬直のあいだに、金髪の少女が再び攻撃を仕掛けてくるのだろう。大柄な男バディはそれを防いでくれるだろうが、完全に無傷という訳にはいかないかもしれない。


 これもまた、先ほどからの繰り返し。合間に挟まれる少女たちからの反撃は、致命には至らずとも、少しずつ、着実に男たちのHPを削っていた。


 ――このままではジリ貧。いずれはこちらが競り負ける。


 ここまでの攻防で、嫌が応にもそう分からされていて。

 ゆえに、男たちには反撃の一手が必要だった。


 ――まだだ。


 受け止められた大鎌の刃先は、銀髪の少女の首の皮まで、僅かほんの数ミリ。


 ――このまま、力で押し切れば……!


 故に、その光景が小柄な男を逸らせてしまった。


「えい」


 冷静過ぎる掛け声とともに、銀髪の少女が盾を斜め下へと引き落とす。


「ぅっ!?」


 それと同時に、大鎌を握る両腕に力を込めた――あるいは、少女にそう誘導された――小柄な男は、ベクトルを変えられた自らの膂力によって、体勢を崩してしまう。転ぶようにして前につんのめった男は、しかし大柄な男バディの力強い背中によって、何とか転倒を免れた。


 通常であれば、まだここから巻き返せた。この僅かな隙を大柄な男が埋め、小柄な男もすぐに態勢を立て直し、今度は自分を守ってくれた相棒の隙を補う。近接バディ戦術の基本にして極意。


 だが、この少女たちを前にして。

 その隙は、致命と称するに余りある。



「『破刃ブレイク』」



 大柄な男が地面に突き立て構えた大盾に、銀髪の少女の剣が叩き付けられる。切断ではなく粉砕を目的としたそのスキルは、大盾を砕くには至らずとも、決して無視できない衝撃をその持ち主にまで与えた。


「ぐっ……」


 一瞬の硬直。

 その僅かな間に、金色の閃光が銀髪の少女の懐から飛び出す。


「やーっ」


 気の抜けるような掛け声とともに放った金髪の少女のタックルが、大盾を上向きに傾かせた。


「よっ」


 まるで、ちょっとした段差でも上るかのような気軽さで、銀髪の少女が大盾に足をかけ。


「ほいっ」


 二人の体重によりさらに傾いた大盾の表面を、金髪の少女が駆け上っていく。


「『弾刃ブリッツ』ー」


 数歩で大盾を踏み越え、上から差し込むようにして、二振りの剣の一方――右手に握ったレイピアのような細剣を突き出した。


 鋭い切っ先が狙うは、大盾に押しつぶされまいと踏ん張る大柄な男の、額。直撃してしまっては、戦闘不能は免れない。


「『鋼化アイアン』!」


 しかしそれは、決定的な一撃を予見しすでに半歩踏み出していた小柄な男の、スキルによって硬化された右腕で受け止められた。


「ぐっ……!」


 額への一撃はどうにか防いだ。だがその身代わりに、小柄な男の右手が貫かれる。


 上から突き下ろしたことによる物理威力補正と、貫くという性質に特化したスキルが合わさり。硬化のスキルを使ってもなお、男の右手に大きな部位損傷判定がかかる。その右手はもう、この戦闘中使い物にはならないだろう。


 ……いや。右手のどうこうに関わらず。

 一連の攻防で最早、戦いの流れは取り戻せないほどに傾いてしまった。


「『断刃スラッシュ』」


 大盾の右側から回り込んだ銀髪の少女が、通常時以上に研ぎ澄まされた一閃を放つ。

 走り込んだ勢いのままに振り上げられたその刃には、スキル効果のみならず、踏み込みと振り上げによる物理威力補正がかかり――未だ大盾を支えたままの大柄な男の左腕を、二の腕から切断した。


「グ、ガァァッッ!!!」


 男は獣めいた咆哮を漏らしながら痛みフィードバックに耐える。


「おい、大丈夫か!?」


 自らの視界の端で繰り広げられた凄惨な光景に、小柄な男も思わず悲痛な声を上げてしまった。


「それー」


 支えを失った大盾を今度こそ踏み倒しながら、金髪の少女が二刀による連撃を放つ。スキルに依らないその攻撃は、万全の状態であれば躱すなり、いなすなり出来たかもしれない。だが、それぞれ片腕ずつの機能を失っている今の男たちでは、致命傷を避け体を丸めるようにしながら耐えるしかなかった。


「よっ」


 続けざまに銀髪の少女によって放たれた、自分たちから見て左から来る薙ぎ払いを、小柄な男は肩のアーマーで受ける。


「『鋭刃シャープ』ー」


「、『鋼刃アイアン』!!」


 金髪の少女の文言によって鋭さを増した袈裟切りの一撃を、大柄な男が硬化した右手のククリナイフで受け止めようとし。


「グッ、ゥッ……!」


 勢いによる物理威力補正、左腕の損失による体力、重心の不安定化――様々な要因でもって、ククリは弾き飛ばされ、左手にも部位損傷ダメージが蓄積された。


「『閃光レイ』」


 銀髪の少女によって放たれた光線タイプのスキルは、ガードの隙間を縫うようにして小柄な男の腹部を焼く。アーマーの薄い腹部、及び至近距離で放たれたことによる威力補正でもって、HPはさらに減少していき。


「ほいっ」


「えい」


「『風刃ウィンド』ー」


「はっ」


「よいしょー」


「『攻盾バッシュ』」


「えへへー」


「ふふっ」


「『二振デュアル』ー」



 それはまるで、踊っているような。

 剣を振るうさまは、さながら優雅な舞踏の一幕。

 足さばきというには、あまりにも軽やかなステップ。


 立ち位置を入れ替えるたびに、束ねられ一筋になった銀髪と、緩く巻かれた長い金髪とが、一瞬だけ絡み、ほどけ、離れてゆき。

 かと思えば、ときに覆いかぶさるように、ときに下から顔を覗かせるように。銀が金を包み、金が銀を愛でる。


 囁くような掛け声も詠唱も、さながら二人だけの秘め言ヒメゴトのような甘やかさを孕んでいて。


 目を合わせてもいないのに、お互いしか見えていないのだと、その瞳は雄弁に語っている。


 血沸き肉躍るような決戦を見に来たはずの観客たちはしかし、いつしかしんと静まり返り。そのあまりにも麗しく尊いロンドに、ただため息を漏らすのみ。



 それに畏れを抱いているのはただ、対峙する二人の男だけだった。


 ――そうだ、そうだった。


 近接職二人による、互いの術後硬直クールタイムや攻防の隙を補い合う戦い方。


 ――この手のゲームの常じゃねぇか。


 バディで活動する上での基礎であり必修項目。そしてこれ以上ない最大の強み。


 ――最初に考えた奴が、一番強いってのは。


 今まさに、男たちにとどめを刺さんとする二人の少女。


「「いくよ――」」


「「――うん」」


 一筋の銀髪をひらめかせ、右手に握った剣『比翼』を振り上げるハナ。

 緩やかな金髪を揺蕩わせ、左手に握った剣『連理』を振り下ろすミツ。



「「『比翼連理ユナイト』」」



 この二人こそ、近接バディ戦術『無限舞踏ユニゾン』の始祖にして、極地。




 ◆ ◆ ◆




「と、いうわけでえぇぇぇぇぇ!!![HELLOハロー WORLDワールド]第五回バディ限定大会バディカップ優勝者はぁぁぁぁぁぁ!?!?」


 うおおおおおおおおおおおお!!!!!


「『百合乃婦妻』ことミツ選手・ハナ選手ペアでしたあぁぁぁぁぁぁ!!!!うん、知ってた!!!!!」


 いえええええええええええええええ!!!!!! 


「いえーい」


「どもー」


「見事五連覇を果たしたお二人さん!!!!何か一言ございますか!?」


「ハーちゃんすきー」


「私も好きだよ」


「はい、ありがとうございましたー!!!!!」


 わああああああああああああああああ!!!!!!!


 ひゅーひゅー!!!


 てえてえぇぇぇぇぇぇ!!!!


 いえええええええええええええええええ!!!!!!!




 かくして、超大規模VRMMO[HELLO WORLD]内バディ限定対人大会は、第五回も無事、幕を下ろしたのであった。

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