第49話 誓い。

 クロウは思わず息を飲む。

 リリアに望みを問うた時、クロウの腕の中で再び顔を上げたリリアの顔は、不安にただ震えていただけの少女のものではなくなっていた。

とても美しく、気高い。一国の運命を背負う者の顔。

 

「……私は、この国を守りたい」


 リリアの澄んだ瞳が潤み、瞼を閉じた途端、涙が一筋頬を伝う。


「でも、私には何も無いの。力も知恵も……」


 悲し気な呟きが花の蕾のような唇から零れる。

 だが、再びクロウを見つめると、真っすぐな眼差しでリリアは望みを口にする。


「それでも、私は砦へ戻ります。……クロウ、私を砦へ連れて行ってください」

「リリア……」


 クロウは目を閉じた。 

 当初、リリアが無理やり犠牲を強いられていると思っていたが、彼女自身が言うように、自ら危険に飛び込むような無茶な作戦は、本当に彼女の案なのだろう。

共に旅をしたクロウは、リリアがどんな人物であるかを知っている。自分が犠牲になることを厭わない。そんな少女だった。

 だからこそ、発案はリリアであったとしても、彼女を危険にさらすという無謀な作戦を実行に移させた阿呆な指揮官を一発殴らずにはおれないとも思っていた。

 だが、リリアに『私を砦へ連れて行ってください』とやはり無謀な望みを告げられて、正直否と言えない自分がいる。


『どこか遠くへ連れて行って』


 そうリリアが言ってくれたならどれほど嬉しかっただろうか。

そうすれば、何の躊躇いもなく、リリアを腕に抱き、誰も知らない土地へ向かってシェーンを駆けさせていた。

 リリアを連れて逃げるには、今この時が最大の好機だった。姿を消した王女は冷たい激流にのみ込まれ皆は死んだと思うだろう。

 しかし、彼女はブレなかった。あれほど恐ろしい目にあったというのに、おそらく修羅場と化している砦へ自ら戻ることを望んでいる。

 再びクロウが目を開くと、リリアの瞳が揺れていた。


「ごめんなさい」

「リリア………」

 

 突然謝罪され、クロウは困惑する。


「これは、私のわがまま。その我がままに、クロウを巻き込もうとしている……」


 クロウは言葉を失う。


「……でも、クロウにしかお願いできないの。守りたいって言いながら、私は剣さえ持つことができない。何の役にも立てないって良くわかっている。でも、砦に戻りたい。こんな私でも、少しは役に立てることを見つけることができるかもしれないから……」


(俺も、とんだ大阿呆だな)

「ついて来るな、と言われても、俺はもうリリアのそばを離れるつもりはない」

「クロウ……」

「ほら、そんな顔をするな」

 

 そう言うと、クロウは両手で瞳を潤ませているリリアの頬を包む。ひんやりとした肌がクロウの体温に触れてゆっくりと温もりを帯びてくる。リリアはその温もりを確かめるように目を閉じ、クロウの手に自分の手を重ねてきた。

リ リアを愛しいと思う気持ちは益々深まるばかりだ。もう彼女無しで生きていくことなどできない。

 クロウは彼女の鼻先に口づける。


「!」


 驚いたリリアが自分の鼻を押させて目を真ん丸にして見上げてきた。その唇に、再びクロウは口づける。真っ赤になったリリアの顔を見て、クロウは満足そうに微笑む。

 そして、小柄な体を抱きしめたままクロウは軽々と立ち上がった。


「きゃっ!」


 小さく悲鳴をあげたリリアは、クロウの首に慌ててしがみ付いてきた。その体を再度強く抱きしめると、クロウはリリアを地面にそっと下ろす。

 そして、足元に落ちてしまっていたマントで彼女の体を包んだ。


「クロウ?」


 リリアに背を向けた途端、不安そうな声がクロウの名を呼んだ。

 クロウは振り向く。


「リリアの服を取りに来ただけだ」


 そう説明すれば、途端にほっとした顔をする。

 また自分を置いてクロウがどこかへ行ってしまうと思ったのかもしれない。何も告げず置き去りにしたことでどれほど彼女を傷ついたか、思い知らされる。

 焚火の近くに広げていたリリアの服は不思議なほど乾いていた。クロウが焚火に視線を向けると、まるでその存在を見せつけるように、炎が大きくなる。

 リリアのことを心配していたのは、どうやら自分だけではないようだ。


「ありがとう。助かった」


 まるでクロウの言葉に反応するように、再び炎が大きく揺らめく。


(俺を信じ、リリアをゆだねてくれているということか)


 クロウは改めて、リリアを守り抜くと誓う。

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