第38話 峠。
凄惨な現場から少し離れた山中に数人の男達が集まっていた。彼らはボルドビア兵の甲冑を装着していたが、ローラン国の民達であった。ボルドビア兵から奪った甲冑を身に着けて補給部隊の中に紛れ込んでいたのだ。彼らに囲まれるように立っている青年だけは、ありふれた旅人の服装をしていた。被っているフードの下から黒い瞳を男達に向けている。
クロウだ。
彼はベルンシュタイン国の東の砦へ向かう途中、ボルドビア軍に一矢報いようとボルドビア兵と争っている男達を偶然助け、そのままボルドビア軍の補給部隊襲撃に加わったのだった。
一刻も早くリリアの元へ向かいたいクロウだったが、ベルンシュタイン国を攻撃しているボルドビア軍に物資が届かなければ、早々に兵を引き上げるかもしれないと考え、焦る気持ちを押えて手を貸すことにしたのだった。
「あんた達は奪われた大切な食料や物をみんな崖下へ落としてしまったが、それでよかったのか?」
「ああ、もちろんだ。ボルドビアの兵達の胃袋を満たすくらいなら、崖下へ消え去ってくれたほうがせいせいするってもんだ」
クロウの問いかけに、体格が一番大きな男がすっきりした顔で答えた。一方のクロウの表情は暗い。
「なんて顔をするんだよ。荷車を崖下へ落とすと決めたのは俺達だ。あんたはたった一人で護衛の兵達と戦ってくれたじゃないか! 本当に助かった! ありがとな!」
「それよりも、あんたは何者なんだ? すげえ強かったよな!」
人の好さそうな若者がクロウの手を取り、強く握りながら喜びを伝えてくる。
「俺は、ただの旅人だ」
「ただの旅人なわけがないだろう? 現に、あんたを見たボルドビアの兵達の驚きようは尋常ではなかったぞ」
「あんたが何者でも、かまやしないさ。あんたのお陰で、溜飲が下がったんだ。本当にありがとう。ありがとう……」
男達は皆それぞれ興奮した様子でクロウに感謝の気持ちを伝える。
「俺達、ボルドビア軍に勝ったんだよね! 凄いことだよね!」
クロウより年若い男など、小躍りするほどの喜びぶりだ。
「……荷のことだが、案外大丈夫じゃないか? もしかしたら、崖下の木々に引っ掛かっているかもしれないしな。あのあたりは葉を落とさない木々が茂っている場所だからな」
「そうだな! では、早速探しに行くとしようか!」
男達は意識して声を落としているとはいえ、興奮が収まらないようであった。一方的に簒奪され、抵抗することも出来なかった者達だ。
それが、ボルドビアの兵士達に一泡吹かせることができたのだから、無理もないことだった。男達のどの顔にも満足そうな笑みが浮かんでいる。
「さあ、あんたはベルンシュタイン国へ向かってくれ。もう俺達は大丈夫だから!」
男達に背を押されるように、クロウは愛馬に騎乗する。顔にそばかすがある若い男が尊敬を込めた目でクロウを見上げている。
「本当に、ありがとう! もう少し、あんたと話をしたかったな………。でも、早く行かないといけないんだよね? じゃあ、この獣道を進んで行ってよ。そうすれば、すぐに渓谷に出る。そのまま川沿いの崖伝いに行けば、ボルドビアの兵士に見つかるないでベルンシュタイン国の砦の近くに出るから」
ボルドビア兵に見つからずに砦の近くまで行けることはとてもありがたいことだった。
「ああ、分かった。感謝する」
神妙な表情で律儀に礼を言うクロウの姿に、そばかす顔の男は思わず吹き出す。
「あはははは、感謝するのは俺達のほうだよ!」
「そうだ。そうだ」
「気を付けて行けよ。猟師しかしらない道だから険しいぞ」
「ベルンシュタイン国からボルドビアの奴らを追い出してやってくれ」
クロウはリリアの元へ向かうため、男達に見送られながら愛馬シェーンと共に険しい山道へと分け入ったのだった。
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