第36話 涙。
ジェラルドは高熱を出していた。傷からによるものだ。
医師は他の負傷した兵士達の治療にあたっている為、ジェラルドの寝室ではリリアが一人で看病をしていた。
「──────シア……」
僅かに聞こえてきたジェラルドの声に、寝台のそばで皆の無事を精霊に祈っていたリリアは顔を上げた。
「ジェラルド?」
名前を呼んでみたが、返事は無い。意識が戻ったわけではないようだった。
「……どこ……だ……。どこに……」
再びジェラルドが呟く。それも酷くうなされながら。
リリアは少しでも彼の苦痛を取り除いてあげたくて、噴き出した汗を冷たい水に浸し固く絞った布で優しく拭っていく。
「……リリ……ティシア……ど……こに────」
驚くことに、ジェラルドは夢の中でリリアの事を探しているようだった。
リリアは、心臓をつかまれたように苦しくなる。
「ジェラルド! ジェラルド! 私はここにいるわ!」
熱いジェラルドの手を両手で包み込み、必死になって呼びかける。
「!」
リリアの手をジェラルドの手が弱々しく握り返してきた。苦し気に歪んでいた表情がふと和らぐ。ジェラルドの瞼が震え、濃褐色の瞳がゆっくりと現れた。
意識が戻ったのだ。
「ジェラルド!」
ジェラルドはぼんやりとしながらも、彼の瞳はリリアの姿を捉える。
「……リリティシア。……ここに、いたのですね……」
「ええ、ずっとそばにいたわ」
ジェラルドは緩慢な動作で手を伸ばし、リリアの頬に触れた。
そして、愛おしそうに柔らかな頬を撫でる。
「ジェラルド……?」
「……貴方がいれば、…………私は、………………認めてもらえ………………る」
「ジェラルド……」
「私の、王女──」
まるで零れ落ちるようなジェラルドの言葉に、リリアははっとする。以前、シュティルが教えてくれた彼の過去の事が脳裏に蘇った。
(今でこそご領主様だけれど、ジェラルドはアリビオン家の三男だったと言っていた。もしかしたら、私との婚約話が出るまでは、彼の存在は上のお兄様達の陰に隠れてしまっていたのかもしれない。だから………)
「ジェラルド、今あなたは誰もが認める立派なアルビオンのご領主様だわ。みんながあなたを頼りにしている。私なんかに、もうこだわる必要なんて無いのよ」
リリアは優しく話しかける。
だが、リリアの言葉がジェラルドに届いたのかは分からなかった。ただ、ジェラルドの瞳が切なげに揺れると、再びゆっくりと蒼ざめた瞼の奥へと消えてしまった。
リリアは眠ってしまったジェラルドの顔にかかる濃い茶色の髪をそっとよける。
彼が求めていたものは、王女であるリリティシアだった。何も持っていないリリアではない。
『………おまえと共に生きていきたい』
ふと、初めて心の内を明かしてくれたクロウの言葉が耳の奥で響いた。ずっと気付かないふりをしていた胸の痛みにリリアはぎゅっと目を閉じる。
クロウと出会った時、リリアはただの村娘でしかなかった。それも、髪は少年のように短く、服もティムから借りた物だった。そんなリリアに、クロウは『愛している』と言ってくれたのだ。リリアもクロウを愛した。その気持ちは今も変わらない。それどころか、会えない分、クロウへの想いはどんどん募っていくばかりだ。
「クロウ、あの時の言葉はもう忘れてしまった?」
零れた言葉は他の誰の耳に残る事もなく消えていく。
走り去って行くクロウの姿が今も目に焼き付いている。リリアの閉じられた瞼の隙間から溢れ出た涙が頬を伝い、一瞬キラリと輝いて流れて落ちていった。
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