第35話 東の砦。
ボルドビア軍では、指揮官の男がベルンシュタイン国の東の砦を忌々し気に睨みあげていた。
「なぜ、落ちない?! 『眠り病』は、すでに蔓延しているはずだ! どうしてこれほどまでに抵抗できるのだ?」
『感染力の強い病気を蔓延させ、抵抗出来なくさせてから攻撃をする』
この方法で、ローラン国の砦を赤子の手をひねるかのごとく安易に落としてきた。
だが、どうしたことか。目前にそびえ立つこの砦だけは、いまだ激しい抵抗を見せ、一向に落ちる気配を見せない。
さらに、攻撃すればするほどボルドビア側に犠牲が出る始末だ。
(………攻撃を開始した当初は、気取ったベルンシュタイン国の兵士達がハチの巣を突いたように慌てふためく姿に笑いが止まらなかったというのに、いつのまにか動きに統制がとれている。……指揮官をかえたのか?)
明らかに兵の数ではボルドビアが有利だった。
しかし、砦側の守りは思いのほか強固で、まとまった動きに無駄がなくなった分、隙を見つけることができなくなっていた。時間の経過とともに、男の苛立ちだけが募っていく。
(くっっ……。このままでは、ベルンシュタイン国の援軍が到着してしまうではないか!)
「ヴォーン指揮官殿! 大変です!」
殺気立つ男の背後から駆け寄って来た兵士が声を掛ける。男は不機嫌であることを隠そうともせず、振り向いた。
「何だ?」
「後方の補給部隊が襲撃を受けました! 壊滅との事です!」
「何?! ローラン軍か!」
予測していなかった事態に、ヴォーンは驚愕する。
「いえ、ローラン軍が動いたとの情報はありません! 王城に籠り、おそらく今もデミトリー将軍率いる本陣と交戦中のはずです」
「では、どこの軍隊が我が軍の補給部隊を襲ったというのだ?!」
「そ、それが、現場が混乱しているのか………」
「どうした! はっきり言え!」
「はっ! 敵は一人だと………」
「………一人?」
「はっ! 私はそう報告を受けております!」
「ふざけるな! たった一人の敵に、やられただと? もっとまともな報告をよこせ!」
「はっ!」
逃げるように走り去って行く伝令の背を憎々し気に見送り、ヴォーンはギリリと奥歯を鳴らす。
「くそっ! 補給部隊の連中は何をしていた! 遅れた上に、襲われただと! 補給が受けられねば前線にいる我々は飢えとも戦わねばならぬではないか! ニコライ! ニコライを呼べ!」
副官を呼ぶよう指示をだし、ヴォーンは砦を睨みつける。
「忌々しい! ベルンシュタイン国のこの砦だけはなんとしても手に入れねばならぬというのに! ……だが、時間がない。作戦を変更せねばなるまい」
『ベルンシュタイン国の王女となった精霊の乙女を必ず捉えるのだ』
ヴォーンの脳裏に国王からの命令が過ぎる。
「………小娘を誘い出すか。その女さえ手に入れれば、ひとつ目的は果たしたことにはなる。そうなれば、陛下もお怒りにはならぬだろう。もし、万が一手に入らずとも、災いの種を一つ残しておけば、この大国は内側から崩壊する。そう報告し、再び弱ったところを攻撃すれば良いだけのこと………」
ヴォーンはほの暗い笑みを浮かべ、目的を遂行するための策を講じはじめた。
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