第34話 ジェラルドの部屋。
ジェラルドの部屋は人が激しく出入りを繰り返していた。
「王女殿下⁈」
息を切らせたリリアが現れると、すぐさま侍従の一人が駆け寄って来た。
「王女殿下!」
侍従は蒼ざめた顔ですぐに部屋の奥にある寝室へと案内する。
「ジェラルド………」
リリアはジェラルドの名を呟き、そのまま言葉を失ってしまった。
寝台で横たわるジェラルドの頭には包帯が巻かれ、白い布が血で赤く染まっている。出血が多かったのか、彼の顔はあまりに青白い。その痛々しい姿に、リリアの胸を締め付けられるような痛みが走った。
「王女殿下、どうぞこちらへ」
ジェラルドの治療に当たっていた医師がリリアを呼ぶ。
「ジェラルド様は落馬された時に、頭を強く打ち付けられたようなのです。甲冑を身に着けておられたので、幸い傷は深くはなく、今は出血も止まってはおります。ですが、脳震盪(のうしんとう)を起こしておられ、意識が無いままなのです」
医師からジェラルドの容態を聞き、リリアは慄然(りつぜん)とする。昏々と眠り続けるジェラルドの整った顔を見つめる翡翠色の瞳が頼りなげに揺れる。
そこへ、二十代半ばの若い男が一人リリアの前へまろび出てきた。恐らく、彼もジェラルドと共に戦っていた侍従の一人だと思われた。ジェラルドに劣らず彼も腕や足に包帯を巻いている。
男はリリアと目が合うと、とても辛そうに顔を歪めた。
「王女殿下! ……ジェラルド様は策を練る時間も余裕もない状況の中で、敵の大軍を目の前にしても臆することなく指揮をとっておられました。我々は敵兵を一人も我らの領土を踏ませまいとして、橋を渡ろうとするボルドビア軍を矢と剣で応戦したのです。ですが、やがて矢も尽き、撤退を見極めたジェラルド様が自ら殿をつとめられ、後退しました。その途中、砦の目前でジェラルド様の馬が敵の矢を受け、落馬した時に地面に叩きつけられてしまったのです。砦からの矢で敵を足止めしている間に急ぎジェラルド様を砦の中へお連れしたのですが、未だ意識がお戻りになられないのです。私がそばに居ながら、こんなことに……」
唇を嚙み涙を流しながら語る若い侍従はおそらく初めての実戦だったに違いない。明らかに彼は体だけでなく、心からも血を流し続けているようだった。主君を守れなかったことを酷く後悔し続けている姿に、リリアの体が勝手に動いていた。
「……大丈夫です。自分を責めないでください」
自分より体の大きな男の身体をリリアは抱きしめる。
「……あなた方がそばにいてくださったお陰で、こうしてジェラルドは安全な場所で治療を受けることができたのです。それに、あなた方が戦ってくださったから、近くの村人達は皆無事にこの砦に逃げてくることが出来ました。感謝しています。ありがとうございます」
「王女殿下………」
侍従は感極まり、言葉が続かなかった。
「あなた方に守られていた村人の皆さんも、今はこの砦を守るために奮闘(ふんとう)しているのですよ。今この砦の中にいる者は皆、守り守られています。ジェラルドを守りながら良く死なずに戻って来てくれましたね。どうか、今は、あなたも少し休んで、傷ついた体を癒してください。ジェラルドのそばには私がいますから」
男はリリアに抱きしめられたまま咽び泣く。
「さあ、こちらへ」
侍従を医師が労わるように付き添いながら部屋から出て行った。
この戦いを恐ろしいと感じているのはリリアだけではない。皆、兵士であっても恐怖と不安の中戦っている。リリアは改めて、自分に何が出来るのか必死になって考えるのだった。
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